第三章 ~『ユリウスの失望』~
魔道具の権利書を手に入れたクラウディアは馬を走らせ、地方都市リバを後にする。焦るようにメルシアナ家の邸宅へと帰宅した彼女は、手にした権利書をギュッと握りしめ、頬を緩ませる。
「これでお父様は私を認めてくれるはず」
クラウディアが当主の座を手に入れるためには、父親であるユリウスに自分の価値を認めさせる必要があった。
「メルシアナ家の連中はみんな私のことを馬鹿にする。私はこんなにも優れているのに!」
愛人の娘だと嘲笑され、序列も十歳のアークより下に設定されている。この不遇な待遇を脱するための切り札こそ、【灰色の猫団】から奪い取った魔道具の権利書だった。
「この権利書を欲しがっているのはメルシアナ銀行の重要取引先。いまからお父様の喜ぶ姿が目に浮かぶわ」
クラウディアは屋敷の中に飛び込むように帰宅すると、使用人たちが一斉に頭を下げる。彼女は傍にいた使用人にユリウスの居場所を訊ね、彼のいるダイニングへと向かった。
「お父様、ただいま戻りました」
「クラウディアか……」
ユリウスはクラウディアを認めると、食事のためのナイフとフォークを止め、嫌悪を含ませた表情で彼女を見据える。
「私に何か用か?」
「お父様の欲するモノを手に入れました。これが魔道具の権利書です」
クラウディアは魔道具の権利書を手渡す。ユリウスは冷たい表情のまま、それらの書類を受け取ると、ペラペラと中身を確認する。
「どうですか、お父様? あなたが無能だと馬鹿にした娘は、きちんと成果を出せる人間なのです」
「成果か……お笑い種だな」
「なっ!」
クラウディアはユリウスの予想外の反応に、目を見開く。彼女は称賛の言葉を期待していただけに、その反応は予想外だった。
「な、なぜですか? 私の何がいけないのですか?」
「クラウディア、お前は権利書の中身を確認したのか?」
「いえ、ですが【灰色の猫団】の保有している権利はすべて頭の中に入っています」
「やられたな。重要な魔道具の権利が抜かれている」
「え……」
クラウディアは信じられないと、権利書に目を通す。その中に彼女の欲していた権利は一つも含まれていなかった。
「え、え、どういうこと……」
「どうやら騙されたようだな」
「ぐっ……アークゥッッ!!」
クラウディアは騙されたことを知り、怨嗟の唸り声を漏らす。そんな彼女とは対照的にユリウスは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「アークにやられたのか?」
「…………ッ」
クラウディアは失言だったと額に玉の汗を浮かべる。
「アークはお前の思慮が浅い性格を利用したようだな。さすがは俺の息子だ。上手く立ち回るものだ」
「うっ……」
「それに比べてお前は……もしお前が娘でなければ、メルシアナ家から追放しているところだ」
「うぅ……ぅっ……」
クラウディアは目尻に涙を浮かべて、ダイニングを後にする。彼女は瞳を濡らしながらも、目は死んでいない。怨嗟に満ちた表情を浮かべている。
「アークッ! あなたのことを絶対に許さない!」
クラウディアはメルシアナ家の屋敷に響き渡る大声で叫ぶ。その負け惜しみが彼女の評価をさらに落とすのだった。




