第三章 ~『権利書購入』~
アークライズは【灰色の猫団】の魔道具の権利を売却するため、クラウディアに譲ってやると通知を送る。その知らせ受け取った彼女は、餌に飛びつく獣のように、彼の元へと姿を現した。
「クラウディア。あんなに情けない姿を晒したのに、購入に手を挙げるとはな」
「あなたが私に連絡してきたんでしょ。それに私以上に魔道具の権利を欲している人間はいないもの」
クラウディアは恨めし気な目でアークライズを見据えると、ギュッと拳を握りしめる。
「……あなたの狙いは分かっているわ。【灰色の猫団】の価値は魔道具の権利に支えられている。その権利を売却し、私に手を引かせることが目的ね」
アークライズが選択したのは自分の価値を落とすことで、相手の購入意欲を削ぐという防衛手法だった。この方法は万能ではなく、自分の大事な資産を失うので冒険団としては大きな損失となるが、肉を切らせて骨を断ち、敵対する相手に強烈な一撃を叩きこむことができる。
「あなたの狙いは大正解よ。私は権利さえ手に入れば、【灰色の猫団】から手を引くわ」
「ははは、それは何よりだ」
「それで、私に売ってくれるのよね」
「さて、どうするかな……」
「悩んだ振りをして有利な条件を引き出そうとしても無駄よ。【灰色の猫団】が経営を維持するためにはお金が必要になることは分かっているもの。私より高い金額を払う人間がいるとも思えないし、選択の余地はないと思うけど」
「……悩む余地はないか。いいだろう。交渉成立だ」
クラウディアは契約を成し遂げた達成感で拳をグッと握りこむと、懐から白金貨が詰まった革袋を取り出す。
「これが代金よ。持っていきなさい」
「随分と準備がいいんだな」
「私は勇者であると同時に一流の銀行員でもあるのよ。この展開は予想していたわ」
「あのクラウディアが随分と成長したものだ」
「それはこちらの台詞よ。アークには随分と苦戦させられたわ。でもこれで終わりね」
「確かに、これで終わりだな」
アークライズは成功を喜び、口角を少しだけ吊り上げる。契約書と魔道具の権利書を手渡し、代金を受け取る。
「これにサインすれば魔道具の権利は私のものね。ではさっそく――」
「魔道具の権利書リストを確認しなくていいのか?」
「私の調査力を舐めないで。どんな権利を持っているかはすべて頭の中に叩きこんでいるの」
「そうか……」
クラウディアは権利購入の契約書にサインすると、嬉しそうに契約書と魔道具の権利を抱きかかえる。
「アーク、あなた失敗したわね」
「俺が失敗?」
「この魔道具の権利、欲しがっている冒険団があるの。右から左に流すだけで、私に莫大な仲介手数料が入ることになっている。もしあなたがこの権利をその冒険団に持っていけば、より多くのお金が手に入ったのにね」
「…………」
「私はアークに勝った! 私の方が優秀だと証明されたわ! これで私はまた一歩、メルシアナ家の当主へと近づいたのよ」
クラウディアは勝利の笑みを漏らしながら、【灰色の猫団】の拠点を後にする。その背中は喜びで満ちていた。
「…………」
「アークさん、元気出してください。アークさんは私たちのために十分頑張ってくれましたから」
「サラちゃんの言う通りですよ。私たちはこの結果で十分です」
「ふふふ……クラウディアの奴、相変わらず思慮の浅い奴だ」
「え?」
サラとマイアはアークライズの予想外の反応に驚きを見せる。彼の表情は勝利の愉悦を楽しんでいるかのように朗らかだった。
「魔道具の権利書、実はあれには罠が仕込んである。クラウディアの驚く顔が楽しみだ」
アークライズは不敵に笑う。彼の復讐の一手は放たれたのだった。