第三章 ~『クラウディアの震え』~
【灰色の猫団】の拠点を後にしたクラウディアは震える自らの肩を抱きながら、石畳の道を行く当てもなく歩いていた。
「アークがあんな怪物に成長するなんて……」
クラウディアはアークのことを絵に描いたような貴族の子供で、苦労なんて何も知らない甘やかされた無能だと、いままで侮っていた。
それも仕方のないことで、アークは魔法も剣術も何をやらせても人並み以下の実力しかなかった。唯一の長所である人懐っこい性格のおかげで、周囲の人間から愛されてはいたが、当主の器ではないと内心見下していた。
「さすがはメルシアナ家の嫡子ということかしら……それにしても十歳であの実力……しかも序列は私よりも上の四位……まずいわね……」
アークの存在はクラウディアにとってどの兄弟よりも邪魔だった。彼女はいままで心のどこかで余裕を持っていた。それは経営力などで劣っていたとしても、勇者としての実力だけなら誰にも負けない自信を持っていたからだ。
しかしアークは勇者であるクラウディアを遥かに超える実力を有している。序列一位と二位の兄姉ですら有していない実力を、まだ十歳の子供が保持しているのだ。
「成果を出さないと……アークよりも、誰よりも」
クラウディアはイライラを抑えるために唇を噛む。彼女は焦っていた。一概に年齢だけで決まるわけではないが、若ければ若いほど伸びしろがあると判断される。歳が上のクラウディアは、アーク以上の成果を出さなければ同等の評価は与えられない。
さらに序列が四位と、クラウディアより上なのも問題だった。同等の評価の場合、序列で当主が決定することを考えると、アークの何倍もの成果を挙げる必要がある。結果を出さなければと、彼女は念じるように心の中で決意を反芻した。
「なんで私の邪魔をする奴はこうも化物ばかりなのよ……」
クラウディアは怪物じみた実力を有する弟に、かつて追放した賢者のアークライズを重ねていた。彼もまた彼女以上の実力を有する怪物だった。そして敵わないが故に封印したのだ。
「時間停滞空間に閉じ込めることができる宝玉はもうない。切り札は失われてしまった。私は自分の実力だけでアークを倒さないといけない」
クラウディアは決意を形にするように、やらなければならないことを口にする。
「アークはきっと何らかの手を打ってくる。どんなことをしてでも魔道具の権利だけは確保しないと……」
クラウディアが【灰色の猫団】に固執する最大の理由は、裏にメルシアナ家と取引のある冒険団が控えているからだった。彼女は魔道具の権利を欲しがる冒険団に必ず手に入れると約束していたのだ。
「もし魔道具の権利が手に入らなければ、取引を打ち切られるかもしれない」
そうなれば当主の椅子から遠のくことになる。逆に見事、権利を手に入れることができれば、奪い取ったものを右から左に流すだけで高額な報酬が手に入る。
「私の人生を邪魔するアークは必ず排除する。私はあの人のためにもメルシアナ家の当主にならないといけないのよ」
クラウディアは震えを止めて前を向く。彼女は自分の目的を果たすため、しっかりと歩み始めた。