第三章 ~『銀行を飛び出すサラ』~
ニックから話を聞くため、アークライズは再びリバ銀行を訪れる。最初の訪問とは異なり、客が頭取であるアークライズだと知ると、職員たちは背筋を伸ばして、彼を出迎える。特にニックは我先にとアークの前に揉み手をしながら駆けつける。
「これはアーク様、戻ってこられたのですね」
「俺が戻ってくると都合が悪いのか?」
「いえいえ、そんなことはありませんとも……魔人も一人増えていますね……」
「こいつはサラ。俺の使用人なんだが、何か文句でもあるのか?」
「いいえ……別に何も……」
ニックは無理に作り笑いを浮かべる。ぎこちない態度に彼の心中が現れていた。
「それにしても本当に客がいないな」
「お昼時の一番忙しい時間のはずなのですがね」
クラリスは呆れたように銀行内を見渡す。職員たちは客が来ないのが分かっているからか、入口の方に視線を向けている者は誰もいない。
「このままだとマズイですね」
「預金客が現れないと、貸し出す金がなくなるかもしれないからな」
「いえ、それ以上に融資客が現れないのが問題です」
銀行は預金客から預かったお金を融資することで利益を得ている。しかし預金だけが溜まり、融資する客がいなければ、利子を払う分、銀行の払い損になる。
「融資客を増やす方法が何かあればな……」
「融資の金利を落とすのは悪手ですしね」
「だな。逆に預金者に払う利息を下げる手もあるが、貸し出せる金が少なくなるのは間違いないからな。そうなれば融資客を厳選する必要に駆られ、銀行の売り上げは低下する」
「負のスパイラルに陥る前に手を打たなければなりませんね」
「何か妙案があればいいんだが……」
「ふふふ、お困りですね、二人とも」
ニックが薄気味悪い笑みを浮かべる。彼の表情には自分に対する絶対の自信が含まれている。
「私なら現状を打開できるアイデアを提案できますよ。どうです、聞きたくないですか?」
「いいや、どうせ浅知恵だろうし」
「いやいや、聞いてくださいよ。私のアイデアを聞けば、アーク様も、やはりニックは優秀な男だと再認識するはずですから」
「再認識も何も、初対面からずっとお前のことを優秀だと思ったことなんてないんだが……」
「ははは、ご冗談を!」
「……まぁいいや。そこまで自信があるなら話してみろ」
「では――」
ニックはゴホンと喉を鳴らし、周囲の注目を集める。暇そうにしていた職員たちが、彼の話に耳を傾ける。
「私の提案するリバ銀行再生案は、その名も奴隷再生計画です」
「聞く前から聞く気を失くしてくれる、時間を効率化できる素晴らしい提案だな」
「ま、待ってくださいよ。きちんと聞いてください」
「どうせ職員を奴隷のように働かせる計画なんだろ」
「ははは、そんな馬鹿な。この私も職員の一人なんですよ。楽して働くことを信条にしている私が、主義に反することをするはずがありません」
「うわ~こいつ、リストラしてぇ」
「私の提案する奴隷再生計画はアーク様のような浅知恵ではありません。画期的なビジネスアイデアなのです」
「すっげームカツクが、話だけは聞いてやる。続けろ」
「ふふふ、私の奴隷再生計画は、魔人の奴隷を購入して、鞭を打ってでも働かせる計画です」
「さっきと同じじゃねぇか!?」
「違いますよ。私の提案は薄汚い魔人を働かせるビジネスです。人間ではないところがポイントですね」
「…………」
「魔人であるが故に職員にはできないこともできます。例えば過労死寸前まで働かせるとか、奴隷たちに冒険団を組ませて、危険なダンジョンに挑ませるとか。くぅ~我ながら、自分のビジネスセンスに戦慄してしまいます」
「戦慄したのは俺の方だよ。こんな恐ろしい発想、常人だと絶対に出てこねぇよ」
「お褒めの言葉、ありがたく頂戴致します」
「褒めてねぇよ」
アークライズは頭が痛くなると、目頭を押さえる。ニックは会心のプレゼンができたと、傍で嬉しそうに笑っていた。
「で、どうです? 私の案は採用でよろしいですね?」
「却下だ、馬鹿野郎」
「なぜですか?」
「色々と問題はあるが、第一に奴隷は高級品だ。食事と住居費だって馬鹿にならない」
「ははは、相手は奴隷ですよ。近くの公園に掘っ立て小屋でも作ってやり、残飯を食わせてやればしぶとく生きていけるはずです」
「だとしても購入資金を回収できるのは当分先だ。収益化までに長期間を必要とするビジネスには安定が求められる。病気や逃走のリスクがある奴隷は、金融商品には最悪の商材だ」
金融商品は大きく分けると二つある。短い期間で大きく稼げる代わりに、損をするリスクが高い商品と、長い期間で小さく稼げる代わりに、損をするリスクが低い商品だ。そのどちらの属性も満たさない商品は、必ず何らかの欠点を抱えている。
特に今回のニックの提案はリスクが高い上に長期間保有しなければならない最悪の金融商品だった。故にアークライズが首を横に振るのも自然な反応である。
「それに何より奴隷を扱き使ったりしたら、ただでさえ悪化しているリバ銀行の印象がさらにダウンすることになる」
「別にいいではないですか。どうせリバ銀行の評判なんて地に落ちているんですから」
「それが問題大ありだから、客のいない現状に繋がっているんだろ」
銀行のような信頼の上に成り立っているビジネスは、印象がそのまま仕事の成果に繋がる。巷に流れる悪い評判をなんとか払拭しなければ、リバ銀行はそう遠くない未来に経営破綻することになる。
「アーク様、話は分かりましたが、代案はあるのですか?」
「それを今考えているところだ」
「なら私の案を採用しましょうよ。絶対成功しますから~」
「駄目なものは駄目だ。きっと何か――」
アークライズが案を生み出しために、思考を巡らせていると、外から女性の悲鳴が聞こえてくる。
「まさか今のは……」
悲鳴を聞いたサラが顔を真っ青にして、銀行を飛び出す。
「アーク様、私たちも追いかけましょう」
「そうだな」
アークライズはクラリスと共にサラの背中を追う。職員たちは欠伸を漏らしながら、彼らを見送るのだった。




