第三章 ~『アークライズと紅茶の味』~
「冒険者がどうして使用人を?」
アークライズの質問には言外に使用人より冒険者の方が儲かるという意味が込められていた。
「アークさんが不思議に思うのも分かります……ただ私の所属する【灰色の猫団】は冒険に出られる状態ではないんです……ですがお金は必要で……」
「それで使用人の仕事をしているわけか……見かけに依らず苦労人なんだな」
サラは陰鬱な表情で首を縦に振る。その表情には強い後悔の色が滲んでいる。
(事情は詳しく聞けそうにないな……)
アークライズは誤魔化すように傍にあった椅子に腰かける。すると流れるような動作でサラは戸棚からティーセットを取り出し、彼に紅茶を用意する。
「本当に新米の使用人とは思えない手際の良さだな」
「メルシアナ家の使用人は他の家の使用人よりお給金が良い代わりに、求められるスキルは高いですからねぇ。採用試験に苦労させられました」
「新米とはいえ選び抜かれたエリートということか」
「私が採用されたのは魔法が使えたからだと思います……なにせアーク様の教育係にも任命されましたから……しかしアーク様の実力を見る限り、私の出番はなさそうですね」
「その通りだ」
アークライズはサラの淹れた紅茶に口を付ける。苦みの強い味わいが口の中に広がった。
「なんだ、この紅茶。随分とマズイな」
「リバ領で採れる茶葉を使った紅茶です……帝国産の茶葉があれば良かったのですが、あいにく切らしていまして……」
「この味では碌に売れていないだろ?」
「残念ながら……」
アークライズは念のために金融魔法で価値を判定するが、銅貨一枚の価値すら生まない粗悪品だった。
「ふぅ、これでは産業にならない……リバ領は海産物以外だとどんな名産品があるんだ?」
「ありません」
「え?」
「だからありません」
「いくらなんでもないということはないだろう?」
「いいえ、ないのです。強いてあげるなら綺麗な街並みくらいのものでしょうか……だからご当主様がアーク様をリバ領の領主に任命した時、私は怒ったのです」
「…………」
「アーク様のご兄姉は皆、栄えた領地を任されています。例えばリバ領の隣にあるテスタリア領はアーク様のお姉様であるルリア様が治めていますが、魔道具の開発が盛んな栄えた領地です……魔道具開発で有名な【鉄の剣舞団】や【古の巨人団】も傘下に治め、その勢いは止まることを知りません」
「片や観光くらいしか特産品のないリバ領か……随分と差があるんだな」
「だからアーク様のためにも、もっと栄えた領地が欲しかったのです。私にもっと力があれば……申し訳ございません、アーク様」
「気にするな……それよりクラリスがそんなに俺のことを思ってくれているなんて、感動したぞ」
「私はあなたの専属メイドなのですから、主人のことを心配するのは当然です。それに……アーク様は私の大事な家族です。きちんと幸せになって欲しいのですよ」
クラリスの好意を心地よく受け取りながら、アークライズは苦味の強い紅茶に口をつける。その不味さが彼の頭を回転させる。次に行動すべき指針が形となって浮かび始める。
「リバ領も産業を作った方が良いかもな……」
「随分とやる気ですね」
「悠々自適なスローライフのためにも金は必要だからな。それに仕事も紅茶も少しくらい刺激がないと詰まらないからな」
アークライズはさらに紅茶を一口すする。苦みが彼の舌に強い刺激として残るのだった。




