第三章 ~『サラと使用人』~
『第二章:リバ銀行再生編』
リバ銀行を後にしたアークライズは領主の屋敷を訪れる。外周を囲む低木と見渡す限りの広大な芝生、そして庭には権力を誇示するように噴水が設置されていた。
「ここが俺の屋敷か」
アークライズは屋敷の扉を開けて中に入る。まず視界に広がるのは大理石の床と曲線を描く階段だ。彼はクラリスと共に階段を昇る。
「メルシアナの屋敷ほどじゃないが、悪くない邸宅だな」
「きちんと手入れもされているようですしね」
クラリスは階段の手すりに指先を当てるが、埃一つ付かない。
「誰か使用人を雇っているのか?」
「見習いメイドを雇ったとは聞いています……ただ屋敷の状態を見ていると、見習いとは思えませんね」
「だな。これはもしかしてクラリスを超えたか?」
「アーク様、馬鹿を言ってはいけません。私のメイド歴を何年だと思っているのですか?」
「……あれ? そういやクラリスは何歳なんだ?」
「うふふふ、秘密です」
「そんな隠すようなものじゃないだろ」
「……エルフは人間と歳の取り方が違うのです。アーク様は覚えていないと思いますが、幼き頃のあなたに年齢を伝えた際、オバサンと呼ばれたのがショックで、枕をびっしょりと濡らしたこともあるのです……」
「それは悪いことしたな」
「それ以来アーク様には何度も何度も、私はお姉さんだと叩きこんできました。その甲斐あってかあなたは私のことを美人のお姉さんだと思い込むようになりました。エルフ族千年の知恵が発揮された瞬間です」
「あまりにくだらない千年だな」
アークライズたちは階段を昇り、ずっしりとした重さを感じさせる扉を開く。そこには執務用の机と本棚、そして窓辺で掃除をする金髪の少女がいた。
少女は膝下まであるエプロンドレスに犬耳、そして大きくつぶらな瞳が特徴的で、そんな彼女にアークライズは見覚えがあった。
「もしかしてあの時の……確か名前はサラだったか……」
「わ、私のことを知っているのですか?」
「武器屋で商品を扱ってほしいと頼み込んでいただろ。あの場に俺もいたんだ」
「そうだったのですね……ところで……」
「ん? どうかしたか?」
「あなたはいったい……」
「そういや自己紹介がまだだったな。俺はアーク。リバ領の領主であり、サラの雇い主だ」
「あ、あなたが……」
「主人が俺のような美少年で驚いたか?」
「いえ、それよりも、領主様ってアークさんのようなちびっ子でも務まるんですね」
「ちびっ子?」
「し、失礼しました。つい本音を……あ、いえ、失礼しました」
サラは勢いよく頭を下げる。アークライズはその様子を呆れた目で見つめる。
「おい、クラリス。喜べ、ポンコツメイド二号が仲間になったぞ」
「二号ってまさか一号は私じゃありませんよね?」
「ははは、その答えはクラリスが一番知っているはずだろ」
「それなら私はポンコツメイドではありませんね。サラ様にはメイドの鏡である私の背中を見て、成長して貰いましょう」
クラリスが柔和な笑みを浮かべると、サラも釣られるように小さく笑みを零した。
「だがまぁ、サラの掃除の腕は見事なものだ。この大きな屋敷を一人で手入れしているんだからな」
「私、一人ではありませんよ」
「他にも雇われている使用人がいるのか?」
「いえ、そういう意味ではなく。私、魔法使いだから召喚魔法が使えるのです」
サラはブツブツと魔法を発動させるための呪文を唱える。何もなかった空間に水が集まり、人型の精霊と姿を変える。
「これは第二世代の水精霊を召喚する魔法か?」
「アークさんはこの魔法を知っているのですか!?」
「俺も使えるからな。ほれ」
アークライズもサラと同じように空中に水の精霊を作り出す。しかし彼は彼女と違い、無詠唱での召喚だった。
「無詠唱で、しかも杖も持たずに! アークさんは何者なんですか!?」
「リバ領の領主だ」
「あ、そうでしたね。貴族様はやはり魔法の腕も一流なんですね」
「そういうサラこそ何者なんだ? ただの使用人が水精霊の魔法を使えるとは思えないんだが……」
「使用人の仕事は副業ですから……私の本業は冒険者なのです」
サラは重々しい口調でアークライズに宣言する。その声音には過分な悲しみが込められていた。