幕間 ~『崩壊の序章』~
『勇者冒険団瓦解編』
アークライズがリバ銀行の頭取となる半年前のこと。薄暗い土の壁に覆われたダンジョンに、クラウディア率いる【黄金の獅子団】の姿はあった。
先頭を歩くのは炎の勇者クラウディアである。燃えるような赤い瞳で、前を見据えながら足を進める。その足取りに怯えはなく、自信に満ち溢れた動作だった。
そんなクラウディアとは対照的に、彼女の背後に水色の髪の少女、エルリアがいた。水の勇者として王国でも有数の実力者である彼女は、年齢が若いためか、その幼い顔に自信のなさが見受けられる。オドオドとした態度で、ギュッと腰の剣を握っていた。
エルリアの隣には、柔和な笑みを浮かべて、彼女を安心させようとする緑髪の少女の姿がある。彼女はリゼロッタ。風の勇者でありながら、かつては聖女の職にも就いていた実力者だ。回復魔法と風の魔法は右に出る者がいないとまで称され、不自然なまでに膨らんだ胸部と、すべてを包み込むような優しい雰囲気が男性人気を集めていた。
「お腹空いたね……」
エルリアが腹の虫を鳴かせながら、ボソリと呟く。ダンジョンの中にいるため、その音は反響して、大きく響いた。
「ごめんなさい、エルリアさん。私、食料を持っていませんの」
リゼロッタが頭を下げる。彼女はエルリアを助けてあげたいとは思うものの、ないものはどうにもならないため、悔しさを噛み殺すことしかできなかった。
「リゼロッタのせいじゃないよ。食料を最低限しか持ってこなかった私のせいだよ」
「それなら私も同じですわ。お金がないのがこんなに大変だとは思いませんでしたわ」
エルリアとリゼロッタは食料を買う金もないほどに、金銭面で窮地に追い詰められていた。
「ねぇ、このままだと飢え死にするよ。一旦戻ろうよ」
「それはできないわ」
クラウディアはエルリアの提案を拒絶する。しかしエルリアは簡単に引き下がらない。
「お腹が空いて、動けなくなっちゃうよ」
「でも地上に戻っても同じよ。私たちには資金がないんだもの。ダンジョンで何か成果を持ち帰らないと」
「……ねぇ、クラウディアは金融魔導士の銀行員でもあるんでしょ。銀行からの融資再開をお願いしてくれない?」
「現状のままだと難しいわ……」
【黄金の獅子団】はメインバンクであるメルシアナ銀行からの融資がストップし、資金不足に陥っていた。
融資が止められたのには理由がある。一つは出向する銀行員には銀行の窓口役としての役目と、冒険団の経営を正しい方向に正す役割が課せられるのだが、クラウディアには経営に関するセンスが絶望的になく、【黄金の獅子団】に赤字を生み出し続けていた。
またアークライズを追放したことにより、メルシアナ家の当主であるユリウスと揉めたことも大きな要因だった。融資がストップした理由を、クラウディアは【黄金の獅子団】の仲間に説明していないが、彼女たちは薄々ながらにクラウディアに原因があると気づいていたため、彼女への不満は高まる一方だった。
「こんな時にアークライズ様がいればなぁ…」
故にエルリアはこんな言葉を口にしてしまう。その言葉の裏には冒険団のリーダーとしてクラウディアよりアークライズの方が優れているという意味が含まれていた。
「エルリアさん、アークライズさんはもういないのですよ」
「そうだけど……アークライズ様はいつだって冒険団がピンチにならないように先読みして行動してくれていた。あの人がいれば、今頃お腹一杯にご飯を食べられたはずだし、資金不足に陥ることもなかったはずだよ」
「それは……」
リゼロッタも口にこそしないが、アークライズを失ったことが冒険団の危機と結びついていることに気が付いていた。そのためクラウディアを庇うような言葉が続かない。
「ねぇ、クラウディア。本当にアークライズ様は自分から出ていったの?」
「何が言いたいの?」
「クラウディアはアークライズ様のことを邪魔者扱いしていたよね。本当は追い出したんじゃないの?」
「いいえ。アークライズは勝手に出ていったのよ」
クラウディアは【黄金の獅子団】が不甲斐ないために、アークライズが見切りを付けたのだと説明していた。冒険団の直面している危機と、尊敬していたアークライズに見捨てられたのだという思いが、エルリアの瞳を涙で濡らす。
「アークライズ様……会いたいよぉ……」
エルリアは腕で涙を拭う。彼女は真っ赤に充血した瞳で、いなくなった仲間のことを思うのだった。
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