第一章 ~『時間停滞空間の修行』~
「クソッ、クソッ、何が勇者だ。ただのクズじゃねぇかっ!!」
アークライズが目を覚ますと、彼は何もない真っ白な空間にいた。どこまでも広がる地平線は終わりがないとさえ感じる。そんな場所でアークライズの真っ先に取った行動は、恨み言を吐き出すことだった。
「クラウディアの奴、今度会ったらタダじゃおかねぇ!! 絶対に復讐してやる」
どれだけ恨み言を口にしても、心に浮かんだ復讐心は収まらない。地団駄を踏んで、少しでも暗い感情を発散させる。
「ふぅ、とりあえずストレス発散はこれくらいにしておくか……それよりも現状の把握が優先だな。ここは結界魔法の一種か……時間も停滞しているようだから、時間魔法を応用したのかもな……」
アークライズはこの空間から脱出する方法に思案を巡らせる。結界から脱出するための手掛かりを得る最も簡単な方法は魔法の発生源である宝玉を調べることだが、内側に閉じ込められていてはそれも難しい。
「これが古代の魔道具だとすると、俺の能力では打ち破れないかもな」
魔法は大別すると二種類存在する。一つは古代魔法で、もう一つは現代魔法である。古代魔法は現代では失われた力であり、唯一魔道具に残された力の残滓によって発現させることができる。アークライズを閉じ込めた結界も、今では失われた時間魔法の技術を応用することによって生み出されたものだった。
「何もしないで手をこまねいているわけにはいかないよな」
アークライズは自信を持てないながらも、何も行動しないよりはマシかと、炎の魔法を白い空間に放つ。しかし目の前に広がる景色に赤が増えただけで、何の成果も得られなかった。
「やはり第二世代の現代魔法では打ち破れないか」
現代魔法。それは古代魔法と対になるもう一つの魔法種別で、現代人が使用可能な魔法をそのように区分している。知識の蓄積により新しい世代へと伝承されてきたため、魔法効力の大きさを元に世代数で区分している。
第一世代の魔法。それは才能がない者でも数か月あれば習得可能な魔法を指し、第二世代の魔法はその道のプロになって初めて習得可能な魔法を指す。そして魔法研究の最先端とされる第三世代の魔法ともなれば、使える者は一国に数百人しかいない。
アークライズは自分の属性である闇属性の魔法はもちろん属性外の魔法も第三世代まで使いこなすことができた。これは彼が優れている証左であり、勇者でさえ、自分の属性魔法を第三世代まで使うのがやっとだった。
「時間停滞空間でどうやって生きていくか……腹が減ったら召喚魔法で魔物を呼び出せばいい。風呂も水魔法と炎魔法を組み合わせれば何とかなる。生きていくだけなら特に困ることはなさそうだな……」
アークライズはそれからも生活に対する不安を思い浮かべるが、だいたいのことは魔法で解決できた。
「もしかして時間停滞空間に閉じ込められたのはチャンスなのではないか」
アークライズが閉じ込められた空間は外の一日が中での一年になる。つまり無限に等しい時間を与えられたのだ。
「この空間ならいくらでも魔法研究を進められる」
アークライズは自分を追放し、こんな空間に閉じ込めたクラウディアを憎悪していた。ここから出られたなら必ず復讐してやると誓うが、どうせ復讐するなら圧倒的な力で完膚なきまでに叩き潰してやりたい。
「俺は賢者の役職に就いている。魔法技術に関しては王国最強だと自負しているが、まだまだ伸びしろはある。俺なら第三世代のその先へと到達できるはずだ」
アークライズは最先端である第三世代を超えた先、第四世代、第五世代の魔法にも挑戦したいと考えていた。
「まずは基礎魔力の強化だな。魔力切れで動けなくなるのは避けたいからな。次に身体能力も上げておくか。近接戦で勇者と互角に戦えるだけの力を手にしておけば、敗北する可能性は限りなく小さくなる。そして何よりこの空間から脱出する術も探さないとな……」
どれだけ強くなろうとも、時間停滞空間から脱出できないのでは意味がない。やることは山積みだと、アークライズは笑うも、無限に等しい時間が彼に余裕を与えていた。
「復讐のための修行を開始する。待っていろ、クラウディア」
アークライズは魔力を練り上げて魔法研究を進める。強くなって復讐を遂げるための修行が始まったのだった。