第二章 ~『ニックとの出会い』~
武器屋を後にしたアークライズたちは石畳の道で荷馬車を走らせていた。二人は流れていく景色を楽しむ。
「アーク様、このまま領主の屋敷へ向かいますか?」
「それもいいが、まだ時間もあるからな。もうしばらく街を楽しみたい」
「でしたらリバ銀行を見学しますか?」
「ここから近いのか?」
「ええ。数分で行ける距離です」
「それなら一度見てみよう。なにせ俺の銀行だからな」
アークライズたちは彼の所有物であるリバ銀行を目指す。数分、馬を走らせたところで、煉瓦造りの厳かな建物が見えてくる。
「ここがリバ銀行か」
アークライズたちは傍の馬留めに荷馬車を置いて、リバ銀行の扉を開く。扉を開いた彼の前に広がった光景は、客の姿が誰一人として見えず、カウンターで肩肘を突いた職員が暇そうにしている姿だった。
「クラリス、銀行はこんなに客が少ないものなのか?」
「いいえ、そんなことはありません。王都のメルシアナ銀行本店ではお客様がいっぱいで、建物の中に入れないときもあるほどです」
「それに比べて、このリバ銀行は酷いものだ」
客が来たというのに、職員たちは挨拶もしなければ、動く気配すらない。やる気のない態度に、アークライズは苛立ちを募らせた。
「おい、本当にここは銀行なのか!?」
アークライズが大声で叫ぶと、紺色の制服を着た青髪の青年がカウンター越しに鋭い視線を向ける。
「ここは銀行だ。ガキはお断りなんだ。帰ってくれないか」
「お前、名前は?」
「ニックだ。それがどうかしたのか?」
「いや、こんな馬鹿が職員だと思うと頭が痛くてな」
アークライズが頭を押さえて天を仰ぐと馬鹿にされたと感じたのか、ニックは立ち上がり、カウンターから彼の胸倉を掴んだ。
「この手はなんだ?」
「生意気なガキにはお仕置きが必要だろ?」
「…………」
ニックは胸倉を掴んだ腕に力を込める。その様子を傍にいるクラリスが呆れながら見つめていた。
「君のようなガキもそうだが……そこにいる魔人も……いいや、何も言うまい」
ニックは嘲笑の色を瞳に浮かべて、クラリスを馬鹿にする。その態度にアークライズは少なくない怒りを感じていた。
「クラリス、俺は呆れている。差別意識丸出しの男が職員では、客が来ないのも当然だ」
「ですがニック様は特別ではありません。彼のような差別意識を持つ人は、地方都市リバでは珍しくないのです」
「こんな奴が他にもいるのか?」
「はい。それにリバ銀行の前経営者は大の魔人嫌いでしたから。トップの思想に染められているのでしょう」
「こいつも不憫な奴なんだな」
アークライズが呆れていると、その態度に腹を立てたのか、ニックは手を振り上げる。
「俺を殴るつもりか?」
「……僕は君のようなガキが嫌いなんでね」
「そうか。なら遠慮はいらないな」
アークライズはニックの腕を掴むと、万力のような力を込める。彼は苦悶の声を漏らし、額に汗を浮かべる。
「そ、その手を放せ、ガキ」
「いやだね」
「ガキの分際で僕に反抗するつもりか?」
「しない理由がないな」
アークライズは身体能力向上の魔法でさらに腕力を強化し、ニックの腕を握りしめる。骨の折れる音が響くと同時に、彼の口からより大きな苦悶の声が漏れた。
「確か俺を殴るつもりだったよな?」
腕の骨を折られて、カウンターの上で呻き声を漏らすニックの首をアークライズは握りこむ。彼が何をしようとしているのか察したのか、彼は涙目になりながら、怯えた表情を浮かべる。
「や、やめてくれ、僕は痛いのが苦手なんだ」
「それは良いことを聞いた。より痛い手段を選んでやろう」
「お、お願いだ。僕が悪かった。二度と君に逆らわない」
「クラリスに失礼な態度を取った詫びもしてもらおうか」
「は、はい。僕は二度と魔人を傷つけることはしない。だ、だから……ゆ、許してください」
「クラリス、どうする?」
「反省しているようですし、許してあげましょう」
「だそうだ。優しい俺に感謝するんだな」
アークライズはニックから手を放す。すると彼は先ほどまでの泣きそうな表情を変貌させ、鬼のような形相で睨みつける。
「おい、この僕に手を出して無事で済むと思っているのか!?」
「許してやったとたんこれだよ……」
「聞いているのか! 僕の上司はメルシアナ家の御曹司、アーク・メルシアナ様なんだぞ。あの方はお前のような生意気なガキやエルフの魔人を消し飛ばせる権力をお持ちなんだ。そしてこの僕はアーク様の腹心の部下であり、全幅の信頼を寄せる男。つまり僕を敵に回すと言うことはアーク様を敵に回すということだ。これがどういうことか理解できたか?」
「いいや、理解できん」
「な、なんだと」
メルシアナ家という名前を出しても、引く様子を見せないアークライズを前にして、ニックは焦りの汗を浮かべる。
「それにこの展開は二度目だ。どうやら俺の部下は馬鹿ばかりのようだな。先が思いやられるよ」
「え? 部下?」
「俺がアーク・メルシアナだ。お前とは初対面のはずの、お前の上司だよ」
「…………ッ」
ニックはあまりの衝撃に涙を浮かべながら、白目を剥く。意識を失った彼が目を覚ましたのは、それから数分後のことであった。




