第二章 ~『サラという少女』~
リーン村を後にしたアークライズたちは荷馬車に揺られて地方都市リバへと辿りついた。
地方都市リバは人口が多くもなければ、極端に少ないわけでもない観光都市で、海産物が美味しいので有名だった。
「アーク様、潮風が気持ちいいですね」
クラリスは荷馬車の御者をしながら、鼻をピクピクと動かす。アークライズは荷台の隙間から顔を出して、キョロキョロと風景に視線を巡らせた。
「綺麗な街並みだな」
「観光都市ですからね。もっとも観光客の数は年々減少傾向にあるようですが……」
「そうなのか? 俺の記憶だと地方都市リバは、リバ領の中で最大の税収だったよな……」
「アーク様の認識は正しいです。ですがそれは他の村と比べるとマシだというだけです」
「リーン村も酷かったからな」
アークライズはリーン村の枯れた小麦畑を思い出す。穀倉地帯があれでは税収も期待できない。
「アーク様、そろそろ商店通りに入ります」
「へぇ~」
アークライズの眼前には山吹色の煉瓦造りの街並みが広がる。石畳の道を挟み込むように、客引きの声が彼の耳に届いた。
「客の数が減っているにしては元気がいいな」
「なにせ観光客への売り上げだけで成立している街ですから。客引きに力が入るのも当然です」
「……領主として街の様子を見て回るか」
「ただ遊びたいだけなんじゃないですか?」
「その気持ちがないといえば嘘になるな」
「うふふ、アーク様もまだまだ遊びたいざかりの子供ということですね」
「なにせまだ十歳だからな」
アークライズたちは馬留めに荷馬車を置いて、商店通りを歩く。名産品である海産物はもちろん、近くの畑で採れた野菜や果物、そして焼き立てパンなども売られていた。
「試しにパンでも買ってみるか」
アークライズはパン屋へ入ると、中にジャムが詰まったパンを二つ購入する。その内の一つをクラリスに手渡した。
「アーク様、まさか私のために……」
「遠慮せず食べてくれ」
「遠慮はしませんが……ありがたく頂きます」
クラリスはパンをジッと見つめながら、それを口に入れようとしない。
「もしかしてジャムは苦手だったか?」
「いいえ。大好きです。ただ……」
「ただ?」
「このパンはアーク様から始めて頂いたプレゼントですから。瞼に焼き付けておきたいだけです」
「……これが俺の初めてのプレゼントなの?」
「そうですよ」
「今度別のモノをプレゼントするから、このパンはノーカウントで頼む」
クラリスは小さく笑みを零すと、パンを小さく齧る。この味を忘れないようにと何度も咀嚼を繰り返した。
「アーク様、あれを見てください。武器屋ですよ」
「この街にも冒険者はいるからな。そいつらが客なんだろ」
「中を見てみるか」
アークライズたちは商店通りの武器屋を訪れる。広いスペースの店内には盾や鎧、剣や杖が並べられている。
数々の武器に目移りしていると、アークライズの目に一人の少女が映る。腰まである金色の髪と、可愛らしいつぶらな瞳、そして魔物の血が混じっているのか二つの犬耳が目を惹いた。
その犬耳少女は店主と思わしき男に頭を下げている。困り顔の男は傍にいた人相の悪い男に視線を送る。
「お願いします、私の発明した魔道具をこの店に置いてください」
「だから駄目だと言っているだろ。なぁ、店長?」
「……この店は信頼ある冒険団からしか商品を卸していません。残念ながらサラさん、あなたの魔道具を置くことはできないのです」
「さぁ、理解できたのなら帰れ」
「うっ……あ、あなたは、なぜいつも私の邪魔をするのですか?」
「それは言わなくても分かるだろ」
人相の悪い男はニヤニヤと笑みを浮かべる。サラは目尻に涙を貯めながら、店を後にする。
「店長、またあいつが来たら俺に連絡をくれよ。金は弾むからよ」
「ありがとうございます」
店長は男から金を受け取ると、小さく頭を下げる。そのまま男も武器屋を後にした。
「なんだか嫌なものを見たな」
「帰りましょうか?」
「ああ」
アークライズたちは店を後にする。この時出会ったサラという少女が、彼の人生に大きな影響を与えるとは、この時の彼は想像さえしていなかった。