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第二章 ~『村長代理の苦しみ』~


 アークライズはティアによって、藁造りの小さい家々が並ぶリーン村へと案内される。すれ違う村人たちは荷馬車に乗るアークライズたちへと興味深げな視線を向ける。村人たちは一人の例外もなく、みすぼらしい恰好をしていた。


「リーン村は随分と貧しいんだな」

「私がもっと頑張らないといけないんですけどね」

「ティアが?」

「実は私、リーン村の村長代理なんです」


 ティアはそう口にすると、村の中央にある藁作りの家へとアークライズたちを連れてくる。吹けば吹き飛びそうな不安を感じさせる安普請だった。


「我が家へようこそ」


 ティアの家の中には小さな暖炉と横長のテーブルが置かれている。彼女に椅子に座るように促され、アークライズたちは遠慮なく腰かけた。


「改めて助けて頂きありがとうございました」

「たいしたことはしてないんだ。気にするな」

「……アークさんは貴族様なのに良い人ですね」

「俺が貴族だと分かるのか?」

「それはもうすぐに……なにせこんな美人エルフの使用人を連れているのですから。アークさんが貴族でないなら、誰が貴族なのですか」


 ティアはアークライズの隣に座るクラリスへと視線を送る。人間とは異なる完璧な美貌は貴族の権力の象徴だった。


「アーク様、これで私の価値が理解できましたか?」

「いいや、クラリスがいなくても一緒さ。俺からあふれ出る気品さえあれば貴族だとすぐに気づかれたはずだ。ティアもそう思うだろ?」

「……心苦しいのですが、クラリスさんがいなければ、アークさんが貴族だとは思えませんでした……だってあんな怖そうな男の人を蹴ったりするなんて、普通の貴族なら考えられませんから」

「とのことです。アーク様、私の価値、ご理解頂けましたね」

「納得いかねー」


 アークライズは拗ねたように頬を膨らませる。その光景を微笑まし気に見つめながら、ティアは台所からパンとスープ、そして干し肉を運んでくる。


「貴族様では満足できないかもしれませんが……よければ召し上がってください」

「いいのか?」

「もちろんですとも」


 ティアは笑顔を浮かべて机の上に食事を並べる。そんな時、彼女の腹の虫が鳴った。


「腹が減っているなら食べていいぞ」

「いえいえ、私は大丈夫です。それにこれはお礼ですから……」

「本当に気にしなくていいんだぞ。なにせ俺は貴族だからな。いつでも旨いものが腹いっぱい食べられる」

「ふふふ、アークさんは優しい人ですね」

「ティアさん、勘違いしないでくださいね。アーク様はただ舌が肥えているだけですから」

「俺の優しさが台無しになるからそういうことを口にするのはやめてくれ」

「……やはりお二人は仲が良いのですね」


 ティアはアークライズたちを寂しげな目で見つめる。その表情にはどこか影があった。


「どうかしたのか?」

「……なんだかお二人を見ていると父と暮らしていた頃を思い出してしまって」

「父親か……そういや村長代理だと言っていたな……父親はどこにいるんだ?」

「分かりません。ある日、突然山から帰ってこなくなりましたから……でも私、父が生きているって信じているんです。あんなに元気だった人が死ぬはずありませんから」

「…………」

「私のことよりお二人はリバ領に何を?」

「仕事だ」

「こんな辺境の領地に来ないといけないなんて、お仕事大変なのですね」

「まぁな」


 アークライズが頷くと、それに応えるようにティアの腹の虫がさらに大きく鳴る。彼女は恥ずかしそうに耳まで顔を真っ赤にした。


「なんだか恥ずかしいところを見せてしまいましたね」

「俺のことは気にせずに、冷めない内に食べてくれ」

「……では失礼して」


 ティアはスープを啜り、パンを咀嚼する。その嬉しそうな顔は見ていると、アークライズまで笑顔になっていた。


「そんなに腹が空いていたのか?」

「ええ。なにぶん、ここ三日ほど何も口にしていませんから」

「……村長代理なのにそんなに貧しいのか?」


 アークライズの疑問にティアは小さく首を縦に振る。


「村長代理も大変なんだな~」

「アーク様、違いますよ。ティアさんだけではありません。リバ領は都市部こそ観光都市として栄えていますが、畑を耕す農民たちは皆、日々の生活にも苦しんでいるのです」

「そうか……それは何とかしてやりたいな……」

「私も同じ気持ちです。空腹の苦痛は私もよく知っていますから」


 クラリスは昔を思い出すように遠い目をする。その瞳には悲しみの色が含まれていた。


「ティア、教えてくれ。どうしてリーン村はこれほどまでに貧しい?」

「その答えは……原因を直接見た方が早いですね」


 ティアは食事を平らげると、二人についてくるように告げる。彼女の背中をアークライズたちは黙って追いかけるのだった。



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