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第二章 ~『リーン村のティア』~


 アークライズたちが悲鳴の聞こえた方角へ向かうと、そこでは人相の悪い男が若い赤毛の女性に詰め寄っていた。


 女性は長い睫毛と整った顔立ちをしていた。擦り切れた衣服のせいで分かりづらいが、異性なら誰でも好意を抱くような美女である。そんな彼女が困り顔で男に言い寄られている。状況は一目するだけで明らかだった。


「た、助けてください、だ、誰かっ」

「こんなところに誰もこねぇよ」

「それが来るんだよなぁ」


 アークライズは人相の悪い男へと駆けると、彼に飛び蹴りを食らわせる。女性から突き放された男は突然の出来事に困惑の表情を浮かべた。


「な、なんだ、お前」

「俺はアーク。偶然通りがかった親切な男だ。女性が困っていたみたいだから助太刀した」

「余計なことを……ッ」


 男は恨めし気にアークライズを見据える。怒りが混じった視線に、赤毛の女性は身体を震わせた。


「恐れなくていい。俺が来たからにはもう安心だ」

「あ、ありがとうございます。私はティア。近くのリーン村に住む農家の娘です……」

「震えは止まったようだな。もう怖くはないか?」

「は、はい」


 ティアは口元に小さく笑みを浮かべる。アークライズの自信に満ちた態度が、彼女から恐怖を消し去ったのだ。


 その様子を傍で見ていたクラリスはアークライズの耳元に口を近づけると、小さな声で囁く。


「アーク様……随分とあのティアという女性に優しいですね」

「嫉妬したか?」

「うっ……悔しいですが少しだけ……やはりアーク様も男。美女には弱いのですか?」

「馬鹿を言え。俺の大事な領民――つまりは俺に税を届ける金蔓だぞ。だからこそ助けてやるんだ」

「アーク様のそういう素直になれない性格、私、実は大好きです」


 クラリスは人相の悪い男と視線を交差させる。すると彼はニタニタと下卑た笑みを浮かべて、彼女の身体を舐めるように見つめた。


「あー、あの顔は何を考えているか想像がつくな」

「アーク様もですか。実は私もです」

「何をこそこそと話してやがるっ!」

「気にするな。こちらの話だ。それよりもこれに懲りたら、嫌がる女性に言い寄らないことだな」

「お前は事情を知らないからそんなことが言えるんだ。俺はな、被害者なんだ!」

「被害者? どういうことだ?」

「チッ、いいだろう。教えてやる。そこのティアとかいう女は許せないことをしたんだ……見てみろ、この服を!」


 人相の悪い男の服には泥がびっしりと付いていた。


「そこの女とぶつかったせいで、俺は転んで泥だらけだ。この始末の責任をどうやって取るつもりだ!?」

「あ、あなたの方から私にぶつかってきたのに……」

「何か言ったか!?」

「ご、ごめんなさい」


 ティアは怯えるようにアークライズの背後に隠れる。彼は彼女を守るように、足を一歩前へと踏み出した。


「いまのでだいたい理解できた。要するにこの男が因縁をつけてきたってことだな」

「おい、俺が悪いっていうのか?」

「俺の独断と偏見でそう判断する。そもそも本当に転んだ時に汚れたのかどうかも怪しいもんだ」

「ぐっ……」

「そもそも責任を取れというが、ティアの恰好を見れば貧乏だと分かる。弁償も難しいだろ」

「金での弁償はそうだな。だが弁償の方法は色々ある。だろ?」

「そういうことか……なるほど、理解した」


 人相の悪い男がティアを手に入れるために因縁を付けたのだと知り、アークライズは小さく笑みを浮かべる。そして男の服に手を伸ばすと、金融魔法の一つである【装備換金】を発動させる。これは衣服や武具を金に換える魔法で、敵の戦闘力を奪う攻撃魔法の一種だった。


「な、なにっ!」


 人相の悪い男は全裸へと変わる。さすがに恥ずかしいのか、背中を丸めて視線から身を守っていた。アークライズの手には服を換金した結果の銅貨三枚が握られている。


「俺に何をしやがる!?」

「お仕置きさ……あとお前みたいなクズの相手をしないといけない精神的苦痛の慰謝料を貰ったのさ。随分と安かったが、これで勘弁しといてやる」

「ク、クソッ」


 人相の悪い男は裸では何もできないと、逃げ出すようにアークライズたちの元から去る。その背中はあまりに哀れであった。


「どうだ、クラリス。弱きを助け、強きを挫く。俺のことを敬ってもいいんだぞ」

「アーク様は実に尊敬できる主人です。特に山賊のように手際良く身ぐるみを剥ぐ手腕も、私の中で評価が高いですね」

「……本当に尊敬している?」

「しておりますとも。それはティアさんも同じようですよ」


 アークライズに助けられたティアは恭しく頭を下げる。赤毛の髪がはらりと舞った。


「アークさんとお呼びすればよろしいですか?」

「ああ」

「アークさん。この度は助けていただき、本当にありがとうございました」

「気にするな。人として当然のことをしたまでだ」

「アークさんさえよろしければ、私の村が近くにありますから、お礼をさせていただけませんか?」

「……いいだろう。感謝を受け取ってやる」

「では私に付いてきてください」


 ティアは迷いのない足取りでアークたちを案内する。彼女の口元には小さな笑みが浮かんでいた。



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