第二章 ~『野生の葡萄』~
地方都市リバへと向かう道中。アークライズを乗せた荷馬車が荒れた道を走っていた。従者のクラリスは慣れた手つきで馬を引いて進む。
「随分と馬の扱いに長けているんだな」
「忘れたのですか? 私はエルフですよ。つまりは自然の申し子。馬と心を通わせることなど造作もありません」
「へぇ~、馬と仲良くなれるなんて凄いな。馬以外の鳥や牛なんかとも仲良くなれるのか?」
「もちろんですとも、エルフですからッ」
「それにしては他の使用人と親しくなかったような……」
「そ、それは、ほら! 私はアーク様、一筋ですから。他に友人を作ってはアーク様に寂しい思いをさせてしまうと思い、常に一人孤独を貫いてきたのです」
「え、まさか俺以外に友人がいないのか?」
「地雷を踏んだと後悔する顔を止めてください!」
「後悔はしてない。ただ哀れでさ……俺を除けば、実質、友達ゼロじゃん」
「うふふ、アーク様は本当に人の心を抉るのがお上手ですね……」
クラリスは悲しい目をして虚空を見つめる。釣られるように彼女が引く馬も悲しみを瞳に滲ませた。
「そういや、この辺りはもう俺の領地なんだよな?」
「ええ。リバ領の外れにある穀倉地帯ですね」
「そうなのか……それにしては畑が見えないが……」
「ですが地図だとこの辺りのはずです」
アークライズは荷馬車の窓から顔を出して周囲に視線を巡らせる。荒れ道の周囲は緑一色に包まれ、小麦色の景色は一向に訪れない。
「こんな荒れた道で本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫とは?」
「この道は王都と地方都市リバを繋ぐ大事な交通網だろ。そこが整備されていないなら、流通にも障害が出るだろ」
「リバの人たちが私ほどの馬乗りばかりとは思えませんし、間違いなく支障が出るでしょうね……」
「解決しないといけない課題はたくさんありそうだな……」
流通が整備されていなければ物資が街に届きづらくなり、物価を上げることに繋がる。領民の幸せな暮らしと交通網は直結するのだ。
「それに実家の屋敷は王都と地方都市リバの中間にあるからな。道が整備されれば、俺が帰省する時、荷馬車の揺れに苦しまずに済む」
「うふふ、アーク様、もしかしてもうホームシックですか?」
「馬鹿言え……ただ俺がいないとブリーガルの奴が寂しがるだろ。たまには顔を見せてやらないとな」
「アーク様は素直じゃないですね」
クラリスは嬉しそうに笑みを浮かべて、荷馬車を引く。二人の間に静かな時間が訪れた。
「アーク様、あれを見てください」
「あれは葡萄か……」
アークライズたちが流れていく景色を楽しんでいると、突然、緑一色だった光景に紫が混じり始めた。その正体は紫の実を実らせた葡萄の木だった。
「野生の葡萄でしょうか?」
「分からん。だが折角だ。馬車を止めてくれ」
アークライズは荷馬車を止めると、道路脇の木に実る葡萄へと手を伸ばす。紫色の実に太陽の光が反射し、輝いて見えた。
「アーク様は品性こそ山賊以下ですが、一応の身分は貴族なんですから。道に生えている果物なんて食べないでくださいよ」
「いいんだよ。俺の領地なんだから、この葡萄も俺のもんだ」
アークライズは葡萄を口の中に含むも、一口噛んですぐにそれを吐き出す。
「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ。問題ない。あまりに渋かっただけだ」
「もう、心配させないでください。毒かと疑ったではないですか」
クラリスはふぅっと小さな息を漏らす。心配で青ざめていた顔が、いつも通りの平静さを取り戻していた。
「残念だな。もう少し甘ければ、ジャムにできただろうに……」
「ジャムですか……まさかアーク様が作るんですか?」
「馬鹿な。俺が作るはずないだろ……領地の経営をするなら、特産品は多い方が良い。野生の葡萄も何かに利用できると思ったんだが、駄目だったな」
「アーク様はそこまで考えて、葡萄を口にしたのですか?」
「当然だろ。まさか俺が食欲に任せて口にしたとでも思ったのか?」
「うっ……じ、実は、ほんの少しだけ……で、ですが、おかげでアーク様のことを見直すことができました。やはり私の教育が良かったのでしょう。さすがは私ということですね」
「結論には納得できないが、誤解が解けたなら何よりだ」
アークライズは渋みの強い葡萄をジッと見つめる。
「アーク様、どうかしましたか?」
「この葡萄を見ていると何か活用法が思い浮かびそうなんだが……クソッ、駄目だな。頭に霧がかかっているみたいだ」
「アーク様、それなら――」
クラリスの言葉尻を遮るように、女性の悲鳴がアークライズたちの耳に届く。
「若い女性の声ですね」
「行ってみよう」
アークライズはクラリスを率いて、声のする方へと向かう。彼の背中を見送るように、葡萄たちは風に揺られるのだった。
第二章開幕です!!
ここまで読んでくれた人、本当に感謝感謝です
おかげさまで執筆を頑張れます




