第一章 ~『旅立ちの日』~
アークライズが地方都市リバに引っ越すと決まり、屋敷の中はその準備で泡立たしくなる。馬車の用意に、道すがらの食事、地方都市リバまでの地図など、使用人たちは忙しなく働いている。
「出発は昼からだ。新しい街での生活が楽しみだな」
「それよりも私はアーク様との思い出が残る屋敷から離れるのが寂しいです。お漏らししたアーク様、虐められたと泣いて帰ったアーク様、好きな女の子に振られたアーク様。可愛いアーク様との思い出がいっぱいです」
「随分と悪意ある思い出ありがとう。最低の思い出ともこれでオサラバだな」
アークライズは自室の荷物をまとめると、クラリスと共に部屋を出る。転生してから、たった一日しか過ごしていない屋敷だが、それでも離れることに寂しさがないといえば嘘になる。
「アーク様は新天地での生活に不安はありますか?」
「ないさ。俺はどんな困難も乗り越えられるだけの力を有しているからな」
「実は私も不安はありません。アーク様と一緒ならどんな苦難も乗り越えられると信じていますから」
アークライズたちは玄関の扉を開けて、屋敷の外に飛び出す。すると玄関前には屋敷中の使用人たちが集まっていた。
「アーク様、お元気で!」
「アーク様のおかげで魔物から救われました。この御恩は忘れません!」
「アーク様、必ず戻ってきてくださいね!」
使用人たちは涙ながらにアークライズたちを見送る。送別の拍手が鳴り響いた。
「アーク!」
ブリーガルが屋敷の中から叫ぶ。傍にいた冒険者たちもヒラヒラと手を振っている。
「お前、地方都市リバに飛ばされたらしいな」
「耳が早いな……だがその通りだ。これからはゆったりとしたスローライフを満喫さ」
「ふん。ぼんやりとしたお前にはお似合いだな」
ブリーガルは目を拭うと、真っ赤にした瞳でアークライズを見据える。
「おいおい、泣いているのかよ」
「だ、誰が泣くものか」
「ブリーガル、元気でな」
「アークこそ、新しい街でも頑張れよ」
アークライズは馬車へと続く石畳の道を歩く。彼の背後から鳴り響く拍手の音は消えない。
「アーク様、ご当主様はあなたのことを劣っていると評価しましたが、この喝采を耳にしたなら、きっと考え方を変えていたでしょう。あなたは誰よりも人から愛される才能を持っているのです」
「ふふふ、こういう追放なら悪くないな」
アークライズは新天地に旅立つ馬車に乗り込む。彼のスローライフはここから始まるのだった。
これで第一章完結です。ここまで付いてきてくれた読者の皆様、本当にありがとうございます。
次から第二章が始まります。楽しんでいただけたら幸いです




