止まない嵐
二週間。シーヌは、セーゲルの兵士たちと共に再び行動した。
前回のように過度な干渉はせず、ただ遠くから眺めていただけである。
しかし、セーゲルの街を覆う壁、それが視界に入ってくるまで、一度たりとも彼らはシーヌに突っかかってくることはなかった。
拍子抜けした、というのが彼の正直な感想であり、ティキも似たようなことを思っていると表情が伝えていた。
「で、まさか戦闘になるとは。」
それまで何もなかったからこそ、シーヌは予想外の展開に面食らう。しかも、セーゲルとの戦闘ではない。
「まさかまた共闘することになるとは。」
敵はクロニシア王国、央都聖人会の軍だった。
時はほんの数十分前、セーゲルの近くまで来た時のこと。
セーゲルの壁が見えたとき、兵士たちは目に見えて興奮した。その胸中は皆同じだったに違いない。「ようやくここに帰ってきた」と。
しかし、近づくにつれてその雰囲気は徐々に警戒するものへと変わっていった。何しろ、城門が開いていないのである。
まだ太陽は空で燦々と輝いていて、なのに城が閉じていることに怪しく感じていると、数百ほどの騎馬が代表団の元まで走ってきていた。
「お前たち!セーゲルの旗を掲げているな、所属を言え!」
その中で、一兵だけが抜け出してきて問いかけてきた。なぜか、当然のように命令口調だった。
「一兵卒がいきなり何を申しますか!」
アフィータが感情を感じさせない声で叫び返す。しかし、どうやらそれは彼らに対しては悪手であったようだ。
「我らは央都聖人会の使節である!そちらは頭を垂れて従うのが筋であろう!」
「我々はネスティア王国の庇護下にあるもの!あなた方の庇護下にはありません!」
ゆえに従う必要がどこにありますか。彼女は暗にそう告げた。
「野蛮な田舎者どもめ!後悔するなよ!」
どこに野蛮な部分があっただろうか。シーヌは思う。しかし、これでおおよその経緯はわかった。
セーゲルは変わった。多少強引ではあったが、変わらざるを得なくなった。
そこに来て、央都聖人会を名乗る者たちが偉そうにセーゲルの内部に干渉しようとしたのだろう。セーゲル側は反発し、一触即発状態になり、こうして城門は閉ざされている。
「アフィータ様、敵が来ました。」
もう、代表団は腹を括ったらしい。央都聖人会は、そこにいた数百で全力で突っ込んできていた。
「総員!出来るだけ殺さないように!当然、死なないようになさい!!」
今はまだ、傍観でいい。シーヌはそう思って宙に浮かぶ。自分の乗るペガサスの首を撫でながら、シーヌはじっと地上を見下ろしていた。
いとも容易く、代表団は突撃してきた騎兵たちを追い返した。ワデシャが馬たちの前に長大な壁を築き上げ、騎兵が立ち往生している間に兵士たちが壁を乗り越える。
そんなふざけた策略を持って、兵士たちをみんな縄で繋いでしまっていた。
シーヌはそれを見て、さて、どうしたものかと首を捻る。尋問する前に、まずセーゲルに帰らなければならない。
「とりあえず繋いでおきなさい。……ワデシャ、変えた地形はそのままにしておきましょう。」
「わかりました。……さて、シーヌさん。ちょっとそれに私を乗せて飛んでくれませんか?」
ペガサスは自分の認めた主しか乗せない。乗りたかったら屈服させなければならない。
「知らないわけじゃないだろう?」
「……そうですね。いったいどうすれば。」
ワデシャは軽く頭を傾ける。たった数百で国境線を越えるような暴挙を犯したわけはないだろうから、どこかにまだ兵士と指揮官がいるはずだった。
アフィータが縄で縛りあげた数百名をまとめて、代表団一人一人にひかせようとする。が、やはり彼らは強く抵抗し、セーゲルに入るどころではない。
「ティキ、僕を守れる?」
「わかった。お願い。」
言葉足らずの返事で、お互いが互いの言う事を理解したと伝わる。
シーヌは縄で縛られた彼らを魔法で持ちあげる。
「アフィータさん。」
ここまで見せたら伝わるだろう。シーヌはそう判断して、ツカツカと歩き出す。
「……ありがとうございます、シーヌ君……行きますよ!」
セーゲルへの土産は、ネスティア王国からの庇護の約束だけには留まらなかった。
ルックワーツとの抗争時にも使われた、会議室。そこに、シーヌは呼び寄せられた。
「正直、猫の手も借りたい。」
冒険者組合セーゲル支部の管理者、バグーリダは言う。シーヌはそのセリフに、前の時もそうだったんじゃないか、と思った。
「この都市は随分とやかましいですね……。」
今までの争乱を思い返しながら、ティキは呟く。確かに、シーヌが最初にここを訪れてからほぼほぼ二ヵ月の内に三つは大きな事と直面しているのだ。
騒がしい、どころの話ではない。
そこまで考えて、シーヌはふと違和感を覚えた。
「目的は?」
「セーゲルの悪人からの解放と言っておるな。……シーヌ、ティキ。これを読んでみよ。」
それは冒険者組合の紋が押された手紙であった。つまり、バグーリダに送られてきた手紙だろう。
シーヌとティキは並んでその手紙に目を通し、驚愕したようにバグーリダを見た。
「正直、まずい。」
書いていたことを要約すると、クロニシア王国が冒険者組合と戦い始めた、ということだ。クロニシア王国は央都聖人会がある。というより、国王を傀儡にして政治を操っている。
「聖人会は敵ではない、と?」
「いや、セーゲルは敵ではない、じゃな。……それに、セーゲル聖人会は解体が決まった。」
流れでそうなったのだ、と彼が言う。
「わし、カレス、ワデシャ。この街の中枢に聖人会ではないものが多くての。」
それに、冒険者組合と戦うのは遠慮したい、と決めたのじゃと言う。
「何があった?」
「お主じゃ、シーヌ。セーゲルの者たち、特に聖人聖女たちはお主と戦いたくないのじゃよ。」
そう言うと、もう一枚の紙を差し出してくる。
周りのセーゲルの中枢たちは、カレスを除いて皆怯えたような表情をしていて、ああ、自分はこれほどの影響を与えてしまったのかと気づく。
目を逸らすように渡された紙を読み……驚き呆れた。
「なんだ、聖人会は冒険者組合になりたいのか?」
ネスティア王国が欲しい。攻めるための拠点となれ。バグーリダ=フェディア=セーゲル、カレス=セーゲル=アリエステン、ワデシャ=クロイサは聖人会にとって邪魔だから始末しろ。要約するとそんな内容が書いてあった。
つまり、だ。冒険者組合、ネスティア王国。両方と戦争をする。聖人会の端くれなら無条件で力を貸せ。そんなところだろう。
「これで力を貸す都市が……いるのか。」
聖人会の偏った教育方針を思い出す。人のために、人のために。それを聖人会が主張するなら、冒険者組合はどうやっても敵だ。
「同じ役割を求めてきた。央都聖人会の使者は?」
セーゲルに求められている役割がわかれば。シーヌはそう思って問いかける。
おおよそ、使者が誰かでセーゲルに求められている役割、あるいは央都がセーゲルに為したいことはわかるものだ。だからシーヌが聞いたそのセリフに、全員が絶句した。
「……何も言わないのですか?」
ティキが問いかける。その静かな問いかけに、彼らは再び沈黙で応じる。
「では、なぜ言わないのですか?」
質問の方向をティキが切り替える。何かを詰問するとき、「なぜ」はタブーだ。それは、「言えない」ことに直接かかわるから、「答えられない」。
しかし、この場合はタブーではなかった。セーゲルたちは、言えない理由をはっきりと持っていたから。
「セーゲルを再び戦場にするわけにはいかん。」
カレスが言った。他の聖人たちがサッと顔を青ざめ、止めようとする中で、だ。
「これ以上戦いを続けては、兵士たちの体が持たない。住民たちの不満もたまる。」
兵を出せない。言い換えると、兵を出さねばならない。
「敵の規模は?」
ここでシーヌは、央都聖人会でも使者でもなく「敵」という表現を用いた。それに対して何の反論もなかったことから、もうセーゲルは彼らを敵とみなしているとシーヌは判断する。
「三万だ。」
三万。その言葉を聞いて、シーヌはおおよそ直感した。
聖人会で、ネスティア王国を攻めることを目的に、三万の兵士を指揮するもの。
目的はケイ=アルスタン=ネモンの説得、および王位簒奪、あるいは属国化。
「敵将の名は、ユミル=ファミラ。」
セーゲルの者たちがいっせいに下を向いた。それで、彼らが言いたくなかった理由が大体わかる。
ティキも、思い出したように、言った。
「ルックワーツの戦いの借り、返してもらってもいいですか?」
そう。間違いなく戦争になるのだから。
アフィータがいる以上、戦争は早期に終結する。ティキはそう主張した。
それを信じられないというのであれば、仕方がない。住民に選んでもらおうと、ティキはそう提案する。
「それなら、まあ……いいでしょう。」
ガセアルートは渋々ながら頷き、ティキは満足したかのように大仰に首を振った。
「では、アフィータさん。どうしますか?」
「セーゲルの敵ならば、蹴散らします。……まずは語ればいいのですよね?」
「ええ、無理なら私とシーヌ、二人で行きますので。」
安心して、語りたいことを語ればいいのです。ティキは笑って言うと、アフィータの隣で腰をおろし、悩む彼女を黙ってみていた。
バグーリダはシーヌを隣室に呼び出した。頼みたいことがある、と。
「いったい何を頼むのです?」
言いながらも、薄々と察していた。シーヌの復讐には関係ないことがと飲まれるのだと。
「エスティナ。」
「おう、バグーリダか。……シーヌ=ヒンメル=ブラウ。」
元気そうな姿をしていた。エスティナは、笑って、言った。
「将だけを殺して、俺を央都まで連れて行ってくれねぇか?それなりの報酬ははらうぜ?」
“清廉な扇動者”ユミルのみの討伐。そんな無茶な要求をしてきた老爺は、ニヤリと不敵な笑みを刻んだ。
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