復讐するということ
シーヌは、ケイを討った。ケイを含む6人の仇は、国の英雄であるがゆえに国葬が行われた。
彼らを殺した犯人についても、紛れない事実が……遠征時に殺された兵士の息子がやったということが告げられる。
それは事実であって、真実ではない。国王は、一言たりとも、自分がケイ殺害を依頼した人間だとは言わなかったのだから。
本当は、国葬すらもすぐに行われる予定ではなかった。恨みがあるシーヌが去るまでは控えようという話は、シーヌは断った。
「別に生きているから復讐したんですよ。『死ねばただの屍』です。」
復讐を終えたシーヌの顔は晴れ晴れとしていて、国王はだからこそ彼の台詞を信用した。
その葬式の場に、シーヌはいない。彼はすでに、冒険者組合の支部に帰っていた。
「テナちゃんはどうなったの?」
「それが……セーゲルが身柄を預かることに……。」
はい?とシーヌはすっとんきょうな声を漏らす。まさか、国王でも母親でもなくセーゲルが、とは。
「……母親は、服毒自殺したと発表されたよ。」
ティキがわざわざ発表されたというからには、事実は違うわけだ。
「反乱?」
元帥と宰相が死んだことで、国王が権勢を盛り返した。
この事実を見たら、誰が黒幕なのかは明らかなわけで。
「ついでに言うと、彼女は、その……バカな人だったらしくて、復讐なんかされるはずないって。」
うわぁ、とシーヌは頭を抱えた。どうやら夫、兄ともに優秀すぎたゆえのバカらしい。
世界ってうまくバランス取れてるね、なんて思ってしまう話だった。
「国王が育てるわけにもいかないもんね、現状……なら、当事者たちのなかなら、セーゲルしかいないか。」
冒険者組合員が誰かの子供を育てるわけにはいかない。それは、最強の子供を意図的に育てることに他ならず、組織としては受け入れられない事態だ。
ならば、セーゲルしかいない。幸いアフィータとワデシャはこれから結婚しようというのだ。子育ての練習にちょうどいいだろう。
ティキの頭を撫でる。シーヌはその行為で心を少し落ち着けながら、呟いた。
「次は、クロニシア王国に行く。聖人会の央都ミレイユで、“清廉な扇動者”ユエル=ファミラを討つ。」
この戦いで、セーゲルが味方となるか敵となるか。
アフィータの“奇跡”が強力すぎて、彼女らに敵にならないでほしいと思う。しかし、敵対することになっても、彼女と戦わずに復讐を為す術を探そう、とシーヌは思う。
ティキはまだ、戦友を殺せるほど、スレてはいないのだから。
セーゲルの帰還日。そこには、少し何かをふっきったような兵士たちの姿があった。
シーヌはそこに混じるわけにはいかないと、道端で眺めるだけにしている。
もちろん、彼らの後を追うつもりではあるが、今すぐ追う必要はないだろう。
「シーヌ様。」
そう思って眺めていると、兵士の一人が彼の前まで歩いてきた。
「これまで、仕様もないプライドを押し付けて悪かった。」
シーヌはその言葉に、愕然とその目を見開いた。
「セーゲルを護ってくれて感謝する……が、これからは俺たちが自分で守る。」
そう言うと、力強い足取りで先へと歩いていった。
「……何があったんだ。」
ただ、王都軍と戦ったときのアフィータの台詞が効いているだけである。が、シーヌは彼らが変わったことに、少しだけ安堵を覚えていた。
自分で守る。それは、彼らが地に足を着けたといえる台詞であったし、それからやることにも文句を言われなさそうだったから。
「これで、央都聖人会に喧嘩を売れる。」
呟くと、ティキのひいてきたペガサスに鞍を乗せた。
あとは、この都市を出ていくだけ。回りにも、ティキ以外には誰にもいない……。
ゴンッ、と、頭に衝撃が走った。頬にツウッと血が流れる。
シーヌは足元に落ちた石を拾い上げ、投げてきた方向に投げ返した。
「ハァッ!」
それを軽々と回避して、その少女は家の中、塀の裏から飛び出してくる。
振り下ろされたのは氷の大槌。一目で魔法で作られたとわかるそれ。
振り回す少女は、迷いなく一直線にその槌をシーヌにめがけて振り下ろす。
シーヌは風の鎧を纏ってその槌を体で受け止めた。少しだけ、両足が地面にめりこむ。
「……名前は?」
「キュリー。キュリー=アトル。」
シーヌより数歳分年上。23歳ほどの少女。
「復讐、だね。」
シーヌは溜め息を吐きつつそう言うと、力強い回し蹴りを放つ。
少女は槌から手を離して全力で逃げ、着地先で槍を造り出して投擲してきた。
短剣を抜いてその攻撃を反らし、そのままじっと敵の目を見る。
この数合で、シーヌは確かな力量差を見てとった。絶対に勝てる。それを感じとり、だからこそ手を降ろす。
「殺す気はないよ。」
「私にはあるんだ。」
被復讐者になったシーヌは、目の前の少女に自分の姿をつい重ねる。
しかし、そんなことをしたところで彼女には何の慰めにもならない。
「僕が憎い?」
シーヌはわかりきっていることを尋ねる。ゆえにその返事はそっけないものだった。
「憎くない、とでも?」
「……だよね。それはわかるよ。」
暢気に会話をしながら、シーヌは少女の両手両足を魔法で完全に拘束して。
「……復讐するなら、死ぬ覚悟でやりなよ。命に執着を持つなら、人殺しなんてしちゃいけない。」
呟く。シーヌは、自分にずっと言い聞かせている。全てが終われば、自分は死ぬと。
「君が僕を殺しに来ることに、文句は言わない。復讐は、更なる復讐を呼ぶから。」
門に向かって歩きながら、シーヌは笑って言った。
「自分も復讐されるかもしれない。復讐するときは、ちゃんと、その先のことも決めておきなさい。」
復讐するということは、死に近付くことだと、死と隣り合わせで生きることだと、シーヌは、笑った。
シーヌはペガサスに乗って走る。少しずつペガサスが地面から離れ、空を駆けはじめた時、シーヌは、笑っていた。
「シーヌ?」
「ティキ。……僕は、あんなこと言ったけど。」
そう言いながら、空を眺める。
「全てが終わって、死ぬつもりだけど。……死ねるのかな。」
その言葉の意味を、ティキは理解できない。でも、わかることがただ一つ。
「まだ、たくさんいるんでしょ?全部終われば、わかるよ。」
死なないで。その台詞がいかに空虚か、ティキはなんとなくわかっていた。
だから、そう言う。ただ、過ぎ行く時間の中で彼の考えが変わることを信じて。
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