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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
黒鉄の天使編
95/314

皇帝と元帥

 『歯止めなき暴虐事件』。世界にとってその事件は大きな波紋を呼んだ、わけではない。それによって一つの傭兵が身を落とした。何人もの将軍、英雄がその価値観を変えた。しかし、それ以外には何もなかった。

 いくら偉大な英雄とて、人。一人が価値観を変えたところで、大勢に影響を与えるわけではない。

 ルックワーツ変化も、じわじわであった。ただガレットが外の強者たちとの戦いに焦がれるようになって、重荷だった街を捨てようとしただけ。


 ただ、それらの中でもこのネスティア王国中枢、王都シトライアだけは話が違った。何せ、最初から元帥であり、宰相であった二人である。その変化も大きくなる。

 とはいえ、周りの貴族の目があった。統治する住民たちの目があった。それがゆえに、二人の生き方こそ変わっても、政治方針は変わらなかった。

 話は変わるが、ケイ=アルスタン=ネモンとアグラン=ヴェノール、そして国王フェドム=ノア=アゲノスは幼馴染である。元の家柄、両親の功績以外にも、そのコネが彼らをその地位まで高めた理由である。

 ただ、それだけでなれるほど元帥、宰相という職は甘くもなく、彼らが優れているという点においては、間違いない。ただ、『歯止めなき暴虐事件』は、その優秀さを悪い方に加速させることになった。


 皇帝は知らない。あの地獄を、直接見てはいない。

「変わった。あの事件以来、貴様らは変わった!独断による我が国の敵の選定!我が味方の国賊化!ふざけるな!もはや我が国は、貴様の国ではないか!ネスティア王国は、貴様ら佞臣の手によって地に落ちた!」

それは、十年も溜め込まれた怒声だった。それは、国王として蔑ろにされ続けた彼の怒り。それに気付くこともなかった友人たちへの悲しみ。

「堕ちた貴様らには、せめて友の手によって引導を渡すべきだと余は信じる!」

そう叫んで、彼はじっと幼馴染らを見る。

「余は国王であり、余には貴様らを倒す力を用意するしか出来なんだが、それでも、だ。貴様らの罪の清算をさせぬほど、余も人でなしではない。」

それを人でなしと言うかどうかはわからない。それでも、皇帝の最後の情けであろうとしていることは、そこにいるシーヌの目にも映った。

「わたし、私は……。」

ケイは、完全に硬直して思い返す。国王が語った『歯止めなき暴虐事件』。あの日、自分の何が変わったのかを。







 冒険者組合直々の、出陣要請。歴史上滅多に見ないそれが発動され、シトライア軍は動いた。その戦場は凄惨ということばで表される様ではなく、民間人の一人に至るまで殺そうとする戦場は、地獄という言葉が最もふさわしいだろう。

「何をぐずぐずしている、ケイ!」

アグランが叫ぶ。アリュート、ペネホイともども部下たちを守り、次々と魔法で民間人に攻撃を仕掛け続けていて

「しかし、民間人だぞ、アグラン!」

叫び返し、部下に指示を出すのを逡巡する。

 いくつかの陣営は、この時まだクロウに攻め込んだだけで虐殺は行っておらず、シトライアの軍もその一つであった。が、アグランは攻撃に躊躇いがなかった。

「これが民間人だというのか!」

王都の兵士が、1対1では圧倒される。そんな民間人がいてもいいのかと、アグランは叫んだ。

 彼らは、群れて戦わない。軍ではなく、ただの村人に過ぎない彼らは、戦争に抗うだけで精いっぱいだ。

 しかし、だからこそアグランは恐れていた。訓練せずに訓練した兵士を倒せる民間人。いていいはずがない。

「いいか!放置すれば、必ず、必ずだ!我が国の敵、災厄となって我が国を襲うぞ!」

「私は、陛下より彼らの討伐命令を受けているわけではない!」

平時であれば、その主張はまかり通った。平時でなくても、アグランが興奮していなければまかり通った。

 しかし、すでに狂気に走った人間たちの戦場、常識では考えられない光景。そして、自分たちの命の危機。そんな状況に陥っているアグランに、そのセリフが聞こえるはずもない。

「現実を見ろ!陛下は今、ここにはいない!」

崩れ始める前衛、なお一層生産になっていく戦場。それを見ても、ケイは答えを出しかねていた。

「自分で考えろ!ケイ!護るべきものは国だ!」

暗に、放置すれば国を守れないといった。現実を見ればそれは何よりも正しい主張で。

「これは国を護るための戦いだ!見ろ!」

炎が上がり、家々が燃える。逃げ惑う子供、兵士と戦う一般人。

「次は我々の国だ、ケイ元帥!」

その叫びが、ケイの判断を導いた。ケイは、元帥として己のなすべきことを、己に定めた。

「全軍!クロウの民を殺せ!一人も残すな!」

そうだ。俺は、元帥だ。国を護らなければならない。自分の意思で、自分の判断で。

 そうだ。きっとこのころに、国王の指示よりも自分で判断するという価値基準が出気上がったのだ。地獄絵図とも呼べる争いが、ケイの考え方を根底から覆したのだ。

「やめろぉぉ!」

少年が一人、戦争に参加しようとするケイたち王都軍に突撃する。

「これ以上、僕たちの街を傷つけるなぁ!」

ペネホイよりも熱い、業火と呼ぶべき直情的な炎が、王都軍を何人も焼き殺し

「貴様ぁ!」

その光景に、子供に部下を殺された怒りに激昂したアグランが、その少年を殺した。

 シーヌ=アニャーラは、そのとき、もう一人いた少女と共にその光景を見ていたのだ。

「「ビネルゥゥ!」」

屋根の上から、少女が跳んでその死体を抱え起こそうとする。その前に、ペネホイがその死体を焼き、その骸は消えてなくなって。

「あんたたちが!あんたたちが攻めてこなかったら!」

少女は次々と兵士たちの首を刈り取りながら言う。

「私たちは、平和に過ごせたのに!」

その言葉は、もう手遅れだという現実と共にケイに大きな衝撃を与えた。

 しかし、兵士たちに与えられている被害も尋常ではなく、彼は彼女への対応を余儀なくされる。

 その声をこれ以上聞いていたくない。それ以上不都合なことを言わないでくれ。そんな想いもあって、ケイは無意識に、全身全霊の一撃を彼女に対して放ち、影も形もなく消滅させてしまい。

「……あ。」

シーヌは、膝をついた。父が死んだ。叔父が死んだ。母が、叔母が、兄が、妹が、死んだ。

 そして、目の前で。幼馴染みの二人が、無惨に、屍すら残さずに死んだのだ。シーヌが我を忘れて、怒り狂っても仕方がない。

「シャルロットォォ!」

シーヌは、怒り狂った。怒りで我を忘れて、暴走して、彼は。


 ケイは、いや、そこにいた誰もが、その結果に驚愕して、目を疑った。何がどうなったのかはわからない。攻撃されたケイ自身にもわからない。

 ただ、みなが等しく気絶していて、、兵士たちは何人もが死んでいて、シーヌは、すでにその場から去っていて。

 クロウにおいて、シーヌが戦ったのは彼らが最後だ。しかし、ケイは思った。

 あんな、よくわからない化け物を産み出したのは、クロウだと。そして、それを放置しようとしてはならなかったのだ、と。


 ケイが堕ちた理由は、終局的にはシーヌのせいだ。自分の正義を国のためと頑なに信じ、すこしでも自分の命を奪われると思った者は排す。

 シーヌという、謎の怪物と出会ってしまったからこそ、ケイはその道を、ただひたすらに歩いてきた。

 もとより国のために生きることが彼の存在意義であった。その主体が、国王の治める国から自分の信じる国へ変わっただけ。

 のちに、『歯止めなき暴虐事件』の記録をもらったケイは知る。ビネルいう少年、とシャルロットという少女を幼馴染とする少年、シーヌ=アニャーラが、既に奇跡を得ていたことを。

 それが、彼を気絶させた少年の名だと確信するためには、十分な資料だった、といえるだろう。





 あの日から、自分が国王を蔑ろにしていたことに気が付いた。ケイは、だからこそ、それでも国のためを思ったのだと声高に主張する。

「ケイ。それでも貴様は、もはや佞臣だ。」

バッサリとケイを切り捨てて、フェドムは言う。

「シーヌよ。よろしく頼む。」

「御意。」

シーヌは、再びケイに躍りかかった。

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