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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
黒鉄の天使編
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鬼と元帥

 大剣から分離した、長剣と大楯。それをありとあらゆる魔法、身に修めた短剣術で回避しつつ、シーヌは思う。

(龍を殺したという割には、弱い。)

しかし、得たその情報が嘘であるという話は聞かない。むしろ、冒険者組合の情報にはこれが中位の龍を撃破したという情報がいかに誤りないものかということが詳細に描かれていたくらいだ。

「手を抜く余裕があるのか。」

俺には、こいつを殺すための道筋がいくつも見えている。その通りに攻撃していれば、必ず勝てると知っている。

 憎悪を込めて繰り出した剣戟。苦痛を押し込めて穿った炎。そのことごとくが回避され、しかしその悉くがこちらにとって有利な一手になる。

「なるほど。」

ふいに、ケイ=アルスタンが止まった。その瞬間、“仇に絶望と死を”の見る未来が急に狭まる。

「未来が現在を呼び寄せ、現在が未来に応える。貴様の奇跡は、それか。」

理屈は知らない。奇跡を得たその日から、奇跡と共に……復讐と共に歩んできたのだから。

「どちらが勝つかな、貴様の復讐と、俺の正義と。」

急に、ケイの飛行速度が上がった。晴天の中、全身黒装束の彼の体は非常に目立つ。それがゆえに、スピードの変化も読み取りやすい。

「お前の正義は、穴だらけだ。あの蹂躙劇が、正しいことだと思っているのか。」

一瞬、未来の筋が増えた。その増えた一つに体を滑り込ませ、流れるように剣を伸ばす。

「今思えば、あれは正しかった!」

大声で叫ぶその声を合図に、また未来の線が減る。同時に、滑らせた剣の道、攻撃の道が閉ざされて自分が死ぬ未来がいくつか描き出される。

 死ぬわけにはいかない。今死ねば、残る復讐が果たせない。それゆえに、生き残る未来に転がり落ちる。

「俺以外の全ての人間を殺した。それでも、正しかったというのか!」

「唯一の間違いは、お前を生かして逃がしたことだ!」

切り結び、離れる。その声の大きさ必死さは、まるで自分に言い聞かせているかのようで、自分の正義を信じ切れていないのだとはっきりとわかる。

「国のためを想うなら!国の害悪になる外敵は、必ず打ち滅ぼさねばならなかったのだ!」

あくまで国務に忠実であろうとしただけなのだ、俺は間違っていないと、そう声高に元帥は主張する。

 “黒鉄の天使”。ケイ=アルスタン。“忠誠”“我、国賊を討つ守護者”の奇跡を持つ男。国への想いと、自分がやってきた貢献への自信が、彼の力の源であった。

 その国のために、何千という人間が死んだのか。その光景は、今なお夢に見るというのに。

「殺す。」

グレゴリーは、まだか。そう思いながら、俺は、再び全力で剣を握り、最後の策を使う前にケイを討とうと足場を蹴り飛ばした。




「知っておるか?奇跡と奇跡の間ではどちらが有利であるか?」

もうそろそろ戦い始めて1時間が経とうという頃、ケイが問いかけてきた。その目には、ペネホイの死、フィナの死がともに目に映っている。

「知らない。知る必要もないな。復讐を果たし続ければ、おのずとわかる。」

「それだとも、シーヌ。……己の奇跡に、その想いに、いかに忠実であるか。忠実である方が勝ち、忠実でない方が負ける。」

ケイは興味深いことを言う。俺は奇跡に忠実に、復讐を、復讐だけを考えて、その念をずっと燃え立たせて生きてきたはずだ。

「お前は、『歯止めなき暴虐事件』のせいで奇跡に忠実とは言い難いな。」

「貴様も、ティキという同行者を携え、復讐を他人に任せた時点で、奇跡に忠実ではあるまい。」

声に詰まった。実際にその通りなのだ。俺は奇跡に忠実とは言い難い一面を、確かに有している。

「ゆえに、互いの力は拮抗している……と言いたいところだが。」

俺の視界に、グレゴリーが飛んでくる姿が見える。

「体力の問題で、俺が負けそうであるな。若ければ負けなかったものを。」

そんな言い訳の余地を残して、貴様を殺してやるわけがないだろう。口角をあげてそう云い放つ。

「やっちゃえ、お姉ちゃん!」

ティキの方へ、少女が駆ける。

「テナ?」

ケイが驚いたように叫ぶ。俺も、彼女がここに来たことは知らなかった。

 地上に落とされた、カラフルな天使が驚いたような目でこちらを見る。その目線の先は、俺たち。どうしてテナが、という動揺で地上に降りたケイの、その前に立つ国王フェドム=ノア=アゲノス。

「国王陛下、おいでになられましたか。もうしばしお待ちください、国賊を排して参ります。」

その目に驚愕、呆然、そして戸惑いが見られたまま、しかし慌てたようにそう言う。

「その必要はない、元帥ケイ=アルスタン=ネモン。」

重々しい口調でフェドムが口を開き、彼の俺を討とうとする背に待ったをかける。

「シーヌ=アニャーラ、と言ったか?」

「今はシーヌ=ヒンメル=ブラウを名乗っております。初めまして、国王陛下。」

「事情は“雷鳴の大鷲”グレゴリー=ドストから聞いている。我が部下が悪いことをした。謝罪が必要か?」

いや、必要ない。そう言うかのように首を振る。俺が欲しいのは、謝罪の言葉などではないのだ。

「やはり、首か?」

「陛下の首を頂いても、死した者たちの供養にはなりませぬ。」

遠回しに、ケイとアグラン、その首をくれと要求する。

「グレゴリー=ドスト。そなたは、わが国が持つ鉱山の権利を望んでいたな。」

「そこからでる鉱物の、ほんの半分ほどを分けていただくだけで構わない。」

冒険者組合に彼らがいた理由だろう。本部からの指令に違いない。

 ついでに、国王に対して敬意を払わないその在り方は、世界最強組織たる冒険者組合の人間のものとして、立派の一言であった。

 チラリと視線を向けられたのを感じる。これからは、このようにふるまえ。そういう合図であると感じて、目をあげ、立ち上がった。いつの間にか臣下のように膝をついていたようだ。

「ルックワーツおよびセーゲル、その侵攻への報酬として約束していたそれらを与える。」

セーゲルは侵攻対象であった。遠目でそれを聞いているセーゲル代表団に遠回しにそれを告げつつ、彼はグレゴリーを見つめていった。

「代償に、国の体制を作り直すまでの一年間、抑止力として国に協力してはくれまいか。」

その間の功績の多少の融通はする、むしろ増やす。それくらいの気持ちで言っているのだろう。冒険者組合員を国政問題に従事させるということは、国を乗っ取られても文句を言えないということだ。それを避けるために言っているのは、誰でもわかった。

「のこり二名の滞在について、その待遇についても保証しろ。」

もう一人は冒険者組合支部に留まるという形をとるため、最初から好待遇が約束されている。

 この期に、ネスティア王国から搾り取って豪遊するつもりでいるのがわかるグレゴリーに、国王は一瞬頬をひきつりかけ、取り繕うように笑った。

「保証しよう。」

「ならば、その願い、“雷鳴の大鷲”グレゴリー=ドストの名において引き受けよう。」

全ては、彼個人の些事。冒険者組合が出張ってくるには至らないとの宣言。それを聞いて、安心したかのように国王は言った。

「冒険者組合員シーヌ=ヒンメル=ブラウよ。そなたの復讐に、手を貸すことを許してもらえるか?」

望み通りの展開だ。そう俺はほくそえむ。

 “復讐”はこの道が唯一の、“仇に絶望と死”、両方を与えられると囁いていた。だから、仕方がない。あの苦しみ、あの悲しみを彼らに与えて見せるには、人の手を借りなければできないのだから。

「誰か、誰ぞ……ぐっ。」

何を言われるか察したアグランが叫びをあげようとして、ティキに蹴り飛ばされる。それを感じ取って、ケイは何か、というように首をかしげた。

「やはり、“盟約の四翼”たちは決して漏らしはしなかったか。」

国王の呟き、グレゴリーの嘆息、ワデシャの目の泳ぎ。それらを全く目にいれず、ケイ=アルスタン=ネモンは、自らの帰属を疑いもせずに声をあげる。

「国王陛下!早く私に国賊を討つ許可を!」

それは、できないだろう。そもそも、どうやってその国賊を討つつもりだろうか。

 そんなことを思いながら、俺達は、皆がフェドムの方を見て。

「あ。……もちろん、構いません。」

返事をしていないことを思い出して、慌ててゴーサインを出す。

「ならば。シーヌ=ヒンメル=ブラウ。そして、ティキ=アツーアよ。」

「ティキ=アツーア=ブラウです、国王陛下。」

しれっとティキが訂正をいれる。国王はまた口をつぐみ、「ティキ=アツーア=ブラウよ」と言い直した。

 冒険者組合員が合計六人もいれば、皇帝の権威などあってないようなものだが……この様を見ていると、それはそれで国王が可愛そうだ、などとつい感じてしまう。

「国賊、“黒鉄の天使”ケイ=アルスタン=ネモン元帥及び国賊“盟約の四翼”アグラン=ヴェノール宰相を討ってくれ。」

その依頼に、俺は首肯した。元より、そのつもり。国賊になるはずが、国の英雄になった。それだけの違いでしかない。

「……へ、陛下?」

「……『歯止めなき暴虐事件』。」

ポツリと、フェドムは呟く。

 その一言。されど一言。アグラン=ヴェノールとケイ=アルスタンが揃っているこの場でのその台詞は、シーヌに大きな感情の揺れを与えた。

「貴様を行かせなければ、貴様は国賊にはならない、良き友であったであろうな。」

それは、離別の言葉。今の自分の言葉を間違いではないと、死ねと命じた、その証左。

 アグランがやられたというように額に手を添える。ケイが呆然としたように国王を見る。

「さて。お前の奇跡は失われた。」

国にとっての正義であること。それが彼の

存在意義であり、人生であった。それがゆえの“我、国を護る守護者”であったわけで。

 もちろん、彼は独自の裁量で国の守護者たることはできる。野に降りて、国のために戦うこととて、できる。

 しかし、それではダメだった。前提条件となる“忠誠”は、国に、王に仕えてこそのもので。


 ネスティア王国元帥ケイ。彼は、その力の大部分を失った。

 機を逃すシーヌではなく、公的に認められたこともあって、遠慮なくケイを殺しに走る。

 本能的にケイは回避し、無様に転がりながらも数歩下がった。

「始めようか、ケイ=アルスタン。ようやく、俺は望みを果たせる。」

シーヌは、おぞましい笑みを浮かべてケイを値踏みするように、じっと見つめた。

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