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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
黒鉄の天使編
92/314

セーゲルの女将軍

 自分の隣に二本の弓が展開されて、私は心の奥で歓喜した。私はワデシャを護っている、がワデシャは私の敵を排してくれる。その関係性が、この弓矢であった。

 はためくセーゲルの旗をグッと握り、私は全軍に突撃命令を出す。部下を二人呼び寄せ、私の左右の弓の向く先を何度かずらさせ、攻め込む位置を微妙に変える。




 人は戦闘時、無意識に攻撃に想いを込める。斬る、護る、避ける。どんな行動であっても、想念は込められ、それが攻撃の威力となって顕れる。

 それをうまくコントロールすれば、“金の亡者”ガラフやデリア=シャルラッハ=ロートのような、魔法剣士と呼ばれ得る剣士、戦士が誕生する。

 アフィータの“奇跡”。“故郷を守る仲間と共に”。これは、後付けによる、魔法剣士と同格の力を与える能力だ。突撃にかかる歩行の力強さ、あるいは剣を振るその込められた想い。それを増幅し、兵士としての能力を底上げできる、軍隊としては破格の、そして魔法としては常識はずれな、圧倒的な奇跡。

 たとえ王都の軍とはいえ、兵の練度がいくら高かろうが、魔法を自在に使えるほどの兵士は少ない。いや、それができるようならば、この国ならば将官クラスには就けてしまう。

 ゆえに、セーゲル軍は、シトライアにいるすべての兵士よりも強かった。地力、技術、ともにセーゲル軍の方がつたない。あっぴろげに言えば、弱い。しかし、アフィータの“奇跡”が絡むと話は別物。いくら技術がつたなくても、軍としての連携は一級で、ルックワーツとの戦いで圧倒的な経験値を持ち、純粋な力が底上げされている。

 たかが四倍やそこらの兵力差と二倍にならない程度の兵士の実力差程度であれば容易に覆すことが可能なほど、アフィータの奇跡は強力だった。

 だから、アフィータは、軍の指揮を信頼する副官に任せた。彼女の周りに浮く二つの弓矢と、それの弦を放たせまいとする二人の兵士を引き連れて、彼女は王都軍の中心、“湖上の白翼”フィナ=ギド=アトルを目指す。




「アフィータ=クシャータ・・・・・・。」

うめき声を飲みこんで、フィナは浮く。“湖上の白翼”は、フィナは空中戦闘が出来るから、地上にいるフィナに攻撃手段はない。

 懐から圧縮した湖を一つ。自分を守るように展開されている三つ以外では、残りは8。そのうちの一つを操作し、アフィータの正面まで投げ入れる。

 魔法戦ではアフィータには勝てないかもしれない。そう感じたフィナがとった戦法は、あくまで自然現象による溺死。

 彼女が外敵と戦う時の戦法を、アフィータ個人に向けて放つことを決意する。

「溺れなさい!」

湖を展開する。圧縮したそれらを、圧縮していない湖まで、元に戻す。そのために、アフィータが窪地に、フィナの戦闘訓練のために作られた施設に入るまで攻撃をせずに見守ったのだ。湖に沈んで、そのまま溺れ死んでくれることを目論んで。しかし、そう簡単に転ぶならこの「軍事演習」自体が存在していない。アフィータは、しっかりとその湖の攻撃に対処した。

「あなたたち、弓を上空に向けて弦から手を放しなさい!」

隣で必死にワデシャの作り出した魔法の弓矢を抑えていた兵士たちが、指示通りにする。その瞬間、放たれた矢、二筋の閃光が展開し始めていた湖に大穴を開けた。

 アフィータは即座に兵士二人を抱え、その穴に向けて全力で跳躍する。もう兵士二人はいらないとばかりにくぼみの外へと投げ飛ばし、同時にティキから教わった想念の足場で湖の上に降り立つ。

 フィナも上空から水上に降り立ち……二人は、正面切って邂逅した。兵士の指揮で、アフィータはフィナには勝てない。しかし、それは兵士同士の実力差が拮抗していて始めて起こりうる勝負で、そもそもネズミの軍団とオオカミの軍団の勝負であれば前提条件としての勝負にはならない。

 フィナは、ここでセーゲル軍の力の根源を討たなければ勝てないことを確信していた。そして、それがアフィータ=クシャータであることも、もうわかっていた。

「まさかあなたが奇跡を得ることになるとは思ってもいませんでした……。」

フィナはなにも読み取らせない無表情でそれを呟く。

「どうして、私が奇跡を得たと思うのですか?」

「私の魔法概念です。冠された名を“解析”と“水操者”。私があなたの能力の概要を見抜けないならば、それは奇跡としか考えられません。」

“三念”である“庇護”は、国王謁見時に見抜いていた。そして、彼女が前回使った反撃の魔法は三念でないことも知っていた。

 しかし、今アフィータが使っているものがどういうものか、全く読み取ることができないのだ。そうなったのは、『歯止めなき暴虐事件』の時に出会った何名かと……やはり、“黒鉄の天使”ケイ=アルスタン=ネモンだろう。

 それに匹敵する力を、アフィータは持っている。フィナはそう確信せざるを得なかった。

「そして、あの兵士たちの力の上昇具合……あなたの奇跡は、他者に関連する圧倒的な想いの付与……自分の想いを、他人に分け与えるという奇跡であることは間違いありません。」

そう言い切ると、フィナはさらに一つ懐から取り出した湖を、今ある湖の中に放り投げて水嵩を増やした。

「その奇跡が他人への想いの……力の付与である以上、あなた自身は大きな力はない。」

ゆえに、勝てます。フィナは途中で言葉を切って滑り出す。ギュッと握りしめた短剣を振りかぶり、全く足を動かさないままアフィータの元へと駆け込み、剣を振り下ろす。アフィータは一歩も動こうとはせず……しかし、剣一本でその攻撃をいなし、フィナをそのまま自分の背中側へと送り返した。




 正直、焦りました。ティキは私に、『ワデシャさんが勝つまで、時間稼ぎをしてください』と言っていた。フィナを倒すように、とは決して言われていなかった。

 私は出来ると確信してこの戦いを挑んでいたけれど、しかし私は指揮官であって戦士ではない。実のところ、勝てるかどうかは五分五分でした。

 ティキさんが教えてくれた、想念で足場を作る魔法技術。しかしそれは付け焼刃で覚えたもので、私はこの水上で戦えるほど足場の広さを保つことはできなかった。だから、この場で、今いる場所から全く動かずに勝つ。私はそれを必要だと要求されていた。

 旗をしっかりと握り、剣を軽く握り、左右の弓をチラリと眺めやり……私はフィナをキッと睨みつけて言った。

「国賊ケイ=アルスタン=ネモンに味方する敵“湖上の白翼”フィナ=ギド=アトル!私はこれより、あなたを討つ!」

堂々と宣言する。しかし、一歩も動かない。なぜなら、攻撃は私が望まずともワデシャが、彼が私を助けるために作り上げた弓がやってくれるからだ。

 回避に次ぐ回避をしながら、彼女は私に向けて水塊を放つ。彼女の足元にあるこの湖。私が張っているこの想念の足場以外は、すべてが彼女の領域だ。だから、その水塊の数、方向、すべてが湖から急に飛んでくる以上、私はそれらを勘と反射神経で避け続けるしかない。

「ハァァ!」

剣を振り切り水塊を掻い潜り、突き出した旗で水塊を突き壊す。そうしながら戦い続け、振り続け……何分もした頃に、ピタリと止んだ。

「どうして、あれほどの攻撃を受けていながらその剣と旗は壊れないのです?」

フィナの言葉に、私は言葉を飲み込んだ。当然、種はあるのだ。だけど、それを話してしまうと負ける可能性が大いにあった。今の彼女は武器破壊を狙い、私の無力化を狙っていたが……私個人を狙ってこられると、少し厳しかった。

「キリがありませんね……。」

私は彼女の質問を無視して、自分の話を始めた。早く攻撃を再開させ、早く戦闘を終了させて、ワデシャの戦いに駆け付けたい。激しい争いから静かな争いに移行したらしいワデシャの戦闘音を聞いて、私はそう思っていた。




 それでも、自分から動けない私はただワデシャの弓から矢が放たれるのを黙って見届けるしかない。ただただ、彼女自身の周りで舞っている湖がその矢を吸収するのを眺めているしかない。

「アフィータ様!敵戦力、掃討を終了しました!」

副官からの報告、動揺するフィナ。うねうねと私の足元の湖がうねり、彼女の周りの水塊の大きさがブレる。

「なら命じます!あそこにいるフィナ=ギド=アトルへ向け、各々矢を放ちなさい!」

これが、私の勝機。軍隊を強化し、軍隊で勝った私たちは、軍隊で敵将に勝つ。

 私は、セーゲル聖人会の聖女。セーゲルを守るのが役割であり、セーゲルの所属するネスティア王国を守るのが役割です。そして、その役割を、私は軍の指揮という形で果たしています。

「私は、一人で勝つのではありませんから。」

フィナは自身に向けて飛んでくる矢を、次々と圧縮湖で絡めとり、自分の身を守っている。しかし、それには限界があることくらいは、アフィータにもわかっていた。害がなくなった矢は、フィナは湖から吐き出している。湖に入る敵の攻撃にも容量があり、それをすべて抱え込みつつさらに攻撃を受ける、なんてことは限度がある。

 アフィータが狙っているのは、フィナの脳処理の限界だ。ティキが魔法の並行使用で気絶したように、すでに大量の魔法の意識を割いているフィナの魔法処理を限界にしてしまおうという魂胆だった。

「そういう、狙いですか……!」

1つの水塊が抱え込める限界の攻撃をすでに受け取っていたことに気付いたフィナが、もう一つの水塊を懐から引っ張り出す。

 そしてそれを大きく振りかぶると、彼女は兵士たちの方へ向けて全力で投げ飛ばした。

「まさか。」

その行為を見た瞬間、アフィータはフィナの狙いを見て取って

「兵士たち、下がりなさい!そのままだと溺れます!」

声を聴いた彼らが反転し駆け出すのと、フィナの水塊が彼らの頭上を飛び越えるのは、ほぼ同時。

 彼らの先に躍り出た水塊は、急にその質量を元の大きさからは想像できない大きさにまで広げていって……

「これで、どうですか!」

セーゲルの兵士たちを湖の中に流し落とそうと、とんでもない量の水が解放された。

 アフィータを溺れさせようとしたものと同様、セーゲルの兵士たちをも溺れさせようとしたフィナの目論見は……失敗した。アフィータの奇跡。“故郷を守る仲間と共に”のおかげで流されまいとする兵士たちの意思がドーピングされ、濁流に流されまいと逆らって進む。

 アフィータもフィナも予想だにしていなかった光景に二人は軽く息をのみ……

「ならば!」

すべての水塊を投げ、圧倒的な質量で押し流そうと水を投げる。それに対して、アフィータは慌てて矢を水塊に向けた。

「一つ、二つ、お願い、なんとか!」

それを見たセーゲルの兵士も、残っている矢をすべてまだ小さな水塊を撃ち落とそうと躍起になる。残り二つという状況で、フィナは水塊を元の大きさまで戻した。

「逃げなさい!」

叫ぶと同時に、反射的に旗を振る。そこには何度も何度も叩き落とした水塊が彼女をめがけて飛んできていて……

「そちらがその気なら、私にも考えがあります!」

アフィータは、水塊を叩き落とすのではなく叩き返す手段を取った。これまで攻撃の手は使ってこなかったが、兵士たちに攻撃を仕掛けてきた以上、そして全ての水塊を使い切ってきた以上、切り札のない彼女に対してアフィータが行うことは、ただ攻めあるのみだからだ。

 後方をチラリとみて、何人かの兵士が水に呑まれてしまったことを確認する。また部下を殺してしまった。その後悔はグッと心の奥にねじ伏せて、叫んだ。

「これで敵将は虫の息です!矢を……しまった。」

矢はすでに、水に濡れて使い物にならない。これでは、彼女ではなく私が切り札を失った状態であると、気がついてしまった。

「……嘘、ですよね?」

そして、アフィータの見た、とんでもない水の渦。龍の形を象ったそれは、じっとアフィータの方を見下ろして。

「……!ペネホイは負けたのですか!」

水龍の形を象ったそれを消し去った光の矢。それが、私の心に希望を灯し。

「ええ。はやく本気を出さなかったあなたの負けです。」

その声が聞こえ、同時に私の左右から放たれた、今までよりもはるかに強く輝く矢がフィナを目指し。

 フィナが自分を護ろうと作り出した水柱を貫通して、フィナの体を、その髪一本と残さずに焼き尽くしたのを見て、私は結局彼女を討てなかった、というため息を吐いた。


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