叛逆の魔弓兵
矢の生成。弓の生成。生成できる矢の種類、その速度、連射性。弓を扱う魔法使いとしては、完成の域にある。それがワデシャ=クロイサという人物だ。
ペネホイと戦いながら、シーヌ、バグーリダがともに私に伝えたそのセリフを思い出す。同時に彼らは言った。だからこそ、弓兵であるだけでは足りないと。それだけで、自分たちと互角に渡り合い続けるには不足であると。
アフィータは、生まれ育ったセーゲルを守り続ける決意を示した。同時に番たる自分も守ると決意しているようだ。
あの日助けてくれた命を返したい。それが、この私に割かれた防御壁なのでしょうね、と独りごちる。しかし、だからこそアフィータには負担がかかりすぎているのもわかっていた。
自分の軍をすべて管理しながら、少し離れた位置にいる自分を護るための意思も割き続ける。それがどういう負担を招くか、考えるまでもなくわかることだ。
「強いな、ワデシャ=クロイサ。」
それがゆえに、ワデシャはペネホイが持ち込んできた拮抗に乗ることにした。その行動を良しとした。
必要なのは、イメージだ。別に弓は複数いらない。ただ、矢を放つ感覚を、自分の頭で再現できるだけでいい。
「私は、自分の分を弁えましたよ。」
そう。弁えた。分を弁えたうえで、そのうえで彼らに手が届くことを、自分の想いが届くことを願っただけ。
彼の人生を見たときに、弓矢を扱っていないことなどそうはなかった。どんなに兵たちを指揮していようと、どんなに体の鍛錬に邁進していようと、弓矢を扱っていないことはなかったのだ。
「弓の扱いであれば、大丈夫。」
大丈夫。できる。そう願いを込めつつ弓を引く。
ペネホイに向けて弓の先を向け、矢を放つ。同時にワデシャは、自分の立ち位置よりもはるか後方、アフィータのそばに弓を作り出して、引き放っていた。
「別に体に拘る必要はないということ。」
シーヌがワデシャに向けて教えた戦い方とは、体という枠組みにとらわれない弓矢の使い方だった。
魔法概念以下の魔法。それを、人は“想像力”と“意志力”という枠組みでとらえ、それが基礎であると教えている。
事実、ワデシャの扱っているこの、肉体に囚われない弓矢の魔法。バグーリダの扱う“重力矢”。ティキの十八番“剣の雨”。どれ一つとして、“三念”ではない。ただの技巧技術であり、それがゆえに個人差も大きい。
ようは、“三念”と違い想像力の違いなのだ。より現象をはっきりと思えば思うほど、わかりやすい現象として定着しやすい。
今回の場合、ワデシャが意識してアフィータのそばで弓を引く、という現象を意識しているからこそ、彼は複数の弓矢の並列顕現と並列操作を達成していた。
アフィータの助けに本当になっているのか。実のところ、ワデシャにそれを気にする余裕はない。そもそもにして、後方を振り返ったところでこの平原なら区別がつかない。
しかし、助けになっていると信じていた。アフィータはおそらく、ワデシャが何をしているのか気付いて、自身の手でどうにかするだろうという楽観、もとい信頼もあった。
それよりも、目の前の敵である。相当な威力を込めて放った矢が、通じない。腹立たしいほどに、止められる。
「ハァァァァァ!!」
それでも、攻撃に全てを割けているから戦えているのだということはわかっていた。そうでなければ、自衛手段が体術による回避と弓による迎撃しかないワデシャでは、とっくの昔に防戦一方に追い込まれている。
「速射性についても、認められましたね……それならば。」
攻撃を当てる方法を思いつく。それは唯一にして最終手段。あのペネホイを覆う圧倒的な熱量を吹き飛ばし、続く一射でとどめを刺すというもの。
単純な手だ。だが、同時に賭けだ。それに負ければ、ワデシャは向こうが完全に疲れ果てるまでただ耐えるという苦行を必要とするし、その間に全てが終わってしまう可能性もなくはない。
今はアフィータが粘っているからこその耐久戦だ。彼女が粘らなくなったその瞬間、彼女が敗北してしまったその瞬間、ワデシャは敗北を余儀なくされてしまうだろう。
「賭けはあまり得意なほうではないのですが!」
言いながらも、暴風をまとわせた槍のような矢を作り出す。それではとどまらず、次の矢を作り出すイメージもする。
この戦略がかなうかどうかのシュミレート。今まで放ってきた実物に即した矢より、これほどまでに自然現象に即した矢であるほうが、熱による魔法を取り払いやすいかもしれない。
「魔法である以上、予想はつかないでしょうか……。」
どうシュミレートしようと結論を導き出すことができない。なら、実際に試すしかないだろう。
「クトリスを倒すよりは楽かもしれませんが……。」
そういえば、あれと同じような威力を放てばどうなるのか、という疑問がわく。これが失敗したら試してみよう、と思った。
「そんなことを考えるから、これだけでは終わらなくなるのです。」
呟いて、意識から取り払う。
「終わらせます。」
「やらせん。」
私のつぶやきと、ペネホイの答えが響く。ペネホイの周りに渦巻く熱気の結界の密度が上昇したように感じた。
実際、熱気だけであれば私のもとにもかすかに届いている。ペネホイの作り上げた熱気がなんでもない空気に伝わり、温度を上昇させて私のもとに送ってきているのだろう。
世界的に有名なものの、本気。それを感じ取った私は、覚悟を決めた。
「あなたたちからすれば反逆者ではあるのでしょうが……それでも、あなたたちには敬意を示しますよ。」
「勝手に殺すな。」
ペネホイが巨大な炎を投げつけてくる。それを視界に入れつつも、私は弦をギリギリと引き絞る。まだ。まだだ。彼がそういう対処に出てくるとは思っていた。
炎によってこの風の威力を弱体化させられたらたまらない。そう思って、私の目の前に来るのを目を見開いて待ち受ける。
アフィータの防御壁に、“庇護”の三念に、炎が触れた。
「今!」
目の前で爆発し、熱気が拡散しきる直前に、弦から、矢から手を放す。
風を押していくかのような、そんな音が響く。ワデシャは、クトリスに放った光の矢、それと同等の威力が出ているのではないか、という感触を得ていた。
しかし、その感触に甘んじるわけにもいかない。ワデシャは当初の予定とは切り替えて、袖口から一本の矢を引き出した。
それは、アオカミ殺しのために用意した極細の一本。強風が周りの空気を奪って凪のように静寂になった、その合間に滑り込ませる、殺傷力に優れすぎた一矢。
まっすぐに、ただまっすぐに。飛べという意思を込めて矢を放つ。
もともと殺傷を目的に作った矢だ。それが一頭のハイエナになったか、一人の人間になったか。その程度の違いしかない。
暴風が、熱気を吹き飛ばしながら去っていくのは見えた。それが見えたからこそ、小さな小さな一本の矢の行方は見えなかった。
ペネホイと私が、上空と大地で見つめあう。頭の中ではアフィータのもとで矢を放ち続けてはいるが、この場では話し声もなく、ただ完全な静寂が場を支配していた。
「……負けだ、負け。」
ペネホイの呟きは、かろうじて聞こえる程度だった。同時に、後方に展開していた翼がフッと消え、体が急に落下し始める。
私は走って、彼の体を支えた。抱きかかえるように受け止め、膝を曲げて力を逃がす。
心臓の部分から、わずかに矢の尻が飛び出ていた。ほとんど見えないということは、それだけ深く突き刺さったということだ。
見つめあっていた時間は、一分にも満たなかったはずだ。だが、心臓を貫かれてなお、それだけの時間浮いていられるほど、生きていたかったのだ。生きている、負けていないと思い込んだ。
「あなたのその意思力に、敬意を。」
意思があれば、死にかけなのに何時間も生きている、ということがある。本当に稀なことではあるが、それでもそれだけの想いを持ち続けているものだけが、わずかな生存時間を得られることがある。
「フィナ……。」
かろうじて呟いたその一言が、女性を想うものであることに驚く。彼女は“伝達の黄翼”ルドー=ゲシュレイ=アトルの妻だったはずだ。それなのに、彼は彼女のことを想っていた。
「私は、あなたほど妻を想えるでしょうか……。」
「愛は、自然現象ではないさ、ワデシャ……。」
ペネホイの呟きが、私をはっとさせた。
「愛は、意思だとも。愛そうという意思が、そのまま愛だ。」
それなら、愛がなくなるということは愛そうという意思がなくなるということか、と思う。今教えてくれてよかった。そう思って、感謝の念を込めて彼の目を見る。
もう、虚ろだった。その目が、もう彼は長くないことを示していた。今彼が生きているのは、ひとえに意思の力に他ならない。
「ああ、一度くらいは、想いを……。」
もう叶わぬ願いを口にした。慰めの言葉をかけようにも、もう聞こえてはいないだろう。
「誰が、私を、灰に……。」
悲しみの混じった声で彼が言った。ああ、恋愛以上の彼の後悔なのかもしれない。そう思った。
本当は言わなくてもいい一言を、私は口走った。どうしてかはわからない。言いたいとも思わなかったセリフである。
「私は、炎の矢は、使えないのです。申し訳ない。」
言ってから、後悔した。聞こえなかったと思いたい。こんな、人の想いを踏みにじることは言いたくなかった。
言い切ったころには、ペネホイ=テスターという老人は、既に息絶えていた。
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