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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
黒鉄の天使編
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湖上の白翼

 “湖上の白翼”フィナ=ギド=アトル。彼女は四翼の中で、最も情報の少ない翼である。


 ルドーはその情報の伝達速度で名をあげた。瞬間移動何てないこの世界で、彼ほど優れた移動技術を身に付けたものはそういなかった。

 アリュートはその精神攻撃の能力で一躍有名になった。精神に直接痛みを感じさせる、なんてふざけたマネは、あの兄であったからこそできたこと。だが、それゆえに拷問官でしかない彼は、随分と戦略的に有用視され、一時国王命令に背いて牢に入れられた。……確かに、兄は軍人ではないのでそれでいいはずなのですが。

 ペネホイはそもそもにして、その奇行で有名だった。当時高名だった武人の息子で、炎の魔法の名手。その癖、その魔法を、お葬式の一儀式のためにしか使わない。奇行と呼ばれても仕方がないはずだ。

 しかし、私は知っている。兄は精神攻撃のおかげで四翼最強の名前を欲しいままにしていたが、本当はペネホイであることを。

 純粋な魔法の撃ち合いにおいて、ペネホイは決して誰にも負けないということを。四翼の中では最強であるということを。


 だから、私はワデシャ=クロイサという不確定要素を彼に任せた。もしも、私たちの戦いを左右するものがあるとすれば、きっとそれは彼だと思ったから。

「射て!」

アフィータの号令の元、弓から矢が放たれてくる。

「攻撃部隊、焼き尽くせ!」

ペネホイによって炎の魔法のコツを伝授された魔法攻撃部隊が、その飛んでくる矢を焼くために魔法を放つ。

「……なぜ!?」

炎はしっかりと矢に燃え移っている。しかし、それでも矢は、こちらに向かって飛んできた。

「防御魔法部隊、守りなさい!」

即座に想念の壁を貼り立てて全てを防いだ。

(どうして何もわからないの?)

彼女はさっき顕現させた湖に沈んでいる矢の情報が得られずに、焦る。

ありとあらゆる水を操る魔法使い、フィナ=ギド=アトル。彼女が展開する防御魔法は、それがひとつの湖として機能する。

 彼女の服の下に仕込まれた、いくつかの丸い球体。それの一つ一つが、フィナが圧縮した湖であった。

 湖であるから、矢は沈む。もちろん、湖である以上上限はあるものの、矢でなくともほとんどの遠距離攻撃は、湖に沈んで反射して、いつまでも飛び回りつづける。


 フィナは、かつて記録官であるとともに解析官だった。それが、フィナに湖の防御魔法を使っている間の、一つの魔法概念になる。

 魔法概念“哲学”。冠された名は“解析”。自分が取り込んだ魔法から、相手に付与された概念を読み取り、三念以下の想念で以て徐々に弱体化させ、相殺する。

 もちろん、相殺するために扱う魔法は、三念ではない。それがゆえに、相殺するまでには時間がかかる。

 だが、どんな強い想いであっても、小さくとも相反する想いを何百と向けられれば、相殺できるのだ。

(全く読み取れないです……)

これは、奇跡だ。“三念”でも読み取れないなど、奇跡以外の何者でもない。ただの一兵卒が100人も、奇跡が扱えるわけもない。

 つまり、これは。ケイの扱う奇跡、“我、国を護る守護者”とは別の概念。別の在り方。

 彼が国賊に対して自身を強化するのに対する、真逆。共通の敵と戦う味方を強化する、他力本願。

「軍に使われるとここまで厄介なのですか!」

呟きながら、懐から圧縮した湖を手に出し、拳大の水に分裂させる。

 直径500メートル分はある湖の水量は、それを拳大まで増やすと膨大な数になる。

「いきます。」

飛ばした水。それは100人という敵勢力には明らかに過剰な量で。

「盾を構えなさい!大丈夫、死にはしません!」

一つ一つの水球の硬度、勢いは、硬く、はやい。本来なら、セーゲル代表団、いやセーゲル軍の盾で耐えられるのは3発が限度。

 しかし、盾一つ一つに少なくとも10は当たったにも関わらず、一つたりとも圧砕していなかった。

「へこみくらいはしてくださいよ……。」

恐ろしい。そう思いながらももう一つの湖を分裂させる。

「数を打てば、当たるでしょう。」

フィナは“魔法概念・奇跡”というものを誤解していた。“三念”と“奇跡”は、その強度からして違う。その発動条件、獲得条件からして、大いに違う。

 そのことを、ここにいる人間は、グレゴリー=ドストを除いて誰も知らない。

 結果として、彼女は4つの湖を消費したのちに、その戦闘方法をやめた。

「皆のもの!あれは、セーゲルの精鋭です!」

フィナは声をあげる。倒すべき敵を倒す手段は、もう1つしか残されていない。

「遠間での撃ち合いに、勝ち目はありません!」

お互いがお互いの攻撃を、手間をかければ相殺できてしまう。しかし、フィナたち王都軍では手数が多く、その間に第二波を放たれてしまえば対処に追われる。

 いつの間にか反撃できずに負けていた、なんてことが有り得るのが現状だった。


「今から乱戦に移る。槍を構えろ!」

響いた声が、この戦いを次の段階に移動させる。

 その中で、乱戦に対しての過去を、彼女は微かに思い出した。




 あれは、兄が一度、ペネホイを婚約者にどうだと聞いてきたとき。

 フィナは、私は、それを良しと思うと同時に、彼は断るだろうと思っていた。

 当時の彼は今以上に俗世から離れていて、興味がないというより自らの仕事を愛していた。


 あれは、30年以上前の話。剣を握って、私すらも戦わなくてはいけなくなった、悪夢の話。


 ペネホイが兄に婚約話を持ちかけられて断ってからはや数ヵ月。

 兄でが私たちの、いや、私の抱いていた気まずさを気づかって、遠いある領の小競り合いに私を出した。


 その軍で、私は相変わらずの記録官をしていたとき。王都で名を上げ始めていたルドーと出会ったのだ。

 彼自身の諜報能力はさして高くはない。だが、彼は常に新鮮な情報を持ち帰ってくる。

 ときには敵の軍に忍び込み、なんの変哲もない一般兵士として過ごしながら。

 ときには数多の部下を使い、情報を一気に収集して。

 彼が持ち帰ってくる情報は、どんな些細なものでも新鮮で、だからこそ大いに価値があった。


 その情報を受けとるときに、記録官たる私も常にいた。その情報量は多く、その魔法の技巧は優れていて、ペネホイよりも優しい魔法使いだった。

 彼は浮世離れしているペネホイと違い、きちんと地に足をつけていた。その扱う魔法によって、逃げ足だけは早く、死ぬ心配がいらなかった。


 ペネホイと早く昔通りに話せるようにするためにも結婚する必要性に駆られていた私は、彼を優良物件だと目をつけた。

 そう。だから、私は彼と個人的に話をし、その内面に触れ、その優しさに、兄に紹介することを決意したのだ。


 しかし、その小領の小さな小さな小競り合いはいつまで経っても終わらずに、半年近く拘束されていた。

 その分、ルドーと話す機会は多くなり、ペネホイと会う機会は伸びていく。

 それが、私に彼への好意を抱かせ、ペネホイを忘れるきっかけになった。もともと小さな、「まあいいか」であったため、受け入れるのも早かったのだと思う。

 だからこそ、もう婚約を断ったペネホイに対するわかだまりはきれいさっぱり失くなっていた。


「アオォォーン!」

狼の遠吠え。そう。ペネホイとの結婚を決めたのは、その小競り合いの終盤。それまではちょっとした「いいかな?」だったのに、それを決定したのは、あの事件。


 竜狼の襲来。竜を喰った狼。それも非常に大きな個体が、敵国の小領と自国の小領の争いに襲いかかったのだ。

 それは、時間はかかったが撃退された。私たちの必死の抵抗と、数人の兵士の死骸。それを食いつくした竜狼は、満足したかのように走り去っていった。

 しかし、走り去る間が悪かった。いや、悪かったどころではなく、最悪だった。

 竜狼のような脅威が訪れると、流石にその瞬間、両国の軍は共闘する。しかし、次善に定められた約束もなく、自然災害に共に立ち向かったからと言って、両国が戦争をしているのは変わらない。


 共闘の結果としてバラバラになった軍。自分の隣に敵国の兵士がいる状況。

 完全な、乱戦になった。指揮系統もなく、規律もなく、ただ目の前の敵を斬るという状況が完成した。してしまった。

「ア、アアアァァァァ!!!!」

既に湖の圧縮と展開に慣れていた、この身。私は、殺されることが恐ろしくて。ここには兄がいなかった。なんだかんだ言って私を守ってくれるペネホイもいなかった。

 そう、だから私は、無差別殺戮兵器に成り下がった。恐怖で意識が乗っ取られ、戦いたくないという想いのもとで、殺しまくった。


「フィナ!」

ルドーは。夫は。私が狂乱しても、助けてくれた。救ってくれた。

「起きなさい!フィナ!意識をしっかり保ちなさい!」

思えば、私が彼に惹かれたのは、彼が私と同じ丁寧口調だったのもあるのだろう。

「恐れることはない!私がいる!」

彼は私を、その魔法で戦場から移動させた。何発か私の攻撃は彼にあたっていたが、それでも彼は私を救うことを優先した。

「これ以上人を殺すと、君は後悔しますよ!」

戦場から遥か離れたところで、私を地面に押し付けながらいった彼に、私はあの時恋に落ちたのだ。


 お咎めは、なかった。竜狼という未曾有の危機に錯乱した。自然災害を恐れて発狂したからといって、戦士ではない私が咎められる筋合いはない。

 ルドーがそう主張し、国王もそれを認めたからだ。兄はその光景を見て、諦めたように肩をすくめていた。

「国王陛下に物申すのはいただけないが……フィナを護るためにそこまでしてくれたものを、邪険にはできん。」

兄はそう言って、私とルドーの結婚を認めたのだ。




 そう。それがルドーとの出会い。ルドーを殺したのは、この目の前の軍隊に味方する男。だからこそ、怒りはある。

 だが、同時に罪悪感もあるのだ。その復讐者が、私たちを殺そうとするのには理由がある。正しい理由が、ある。

 あの竜狼来襲時の乱戦は、阿鼻叫喚の地獄は、私の心の奥に、トラウマとして強く強く焼き付けられている。

 だから、クロウの滅びた日。『歯止めなきぼうぎゃくじけん』。

 竜狼来襲時以上の地獄を見せたあの様に、私は、再び暴走したのだ。完全に無差別に、駄々をこねる子供のように錯乱した。


 あの頃の記憶が甦る。シーヌという名の少年が、怒りの籠った目で人を殺す私を見たことを、思い出す。

 私は、怖かった。今から、乱戦の指揮をとる。

 再びあの地獄を産み出すのではないかと、恐れている。

「突撃しなさい!」

それでも。私は、今はネスティア王都軍のために戦わなければならなかった。

間違えて同じものを投稿していたので、片方消しました。


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