9.ティキの初戦
「シーヌ、どういう状況?」
膠着状態に陥り始めた状況を見て、ティキはシーヌの手助けをするつもりで、空から降りてきた。
彼女が無音で自分の隣に降り立てたことに、シーヌは驚愕を表情に浮かべる。まだ、シーヌはティキの技量を知らない。
「僕と赤組の女の子がこの状況を打破しようとしてて、ドラッドに阻まれている。」
実際と少しだけ外れている説明を彼はした。シーヌは十分に整理した説明を、この状況で行えるほど器用ではなかっま
「……わかった。副団長を攪乱すればいいの?」
ティキは何でもないかのようにそう言った。シーヌは無意識に軽く頷き、えっ、という風にティキを振り返る。
彼女はすでに、ドラッドへ向けて走り出していて、シーヌは驚いたまま彼女を見つめた。
信じられない。それをやろうと思えたことも、できるという自信があることも。そして、現状を見てそれをやろうとするその判断も。
もしこんな状況でなければ、シーヌはティキにとことんまで追及していただろう。「どうしてそんな無茶をするんだ!」と言っていたに違いない。
しかし、その心配は杞憂に終わる。ティキは、本当にシーヌが思っているよりは強い。
魔法での速度強化だろう。尋常ではない速さをたたき出してドラッドに迫る。その間に、いくつもの彼女自身の幻影を出現させて、その幻影一つ一つのまわりに火、氷、光などを象徴したような魔力の玉を出現させた。
「……うっそー。」
棒読みのようにシーヌが呟く。その現象は、生半可な想像力で出来るものではない。
同時にシーヌの想いは奮い立った。。想い人に負ける自分であってはいけない。決してティキの前で口にできるようなことではないが、その感情だけは譲れない。
シーヌは足を振り上げ、踵からえぐるように足を振り下ろした。抉る様に振り下ろされた踵が足元のレンガを砕き、浮いた石がシーヌの想像力のもとで、四方八方からドラッドに迫った。
ティキもそれぞれの魔力弾をドラッドの方向へと放つ。
「……魔法技量、第一位から第三位の実力。この程度か。」
ドラッドは軽く笑って魔法を切り替える。石一つ一つに向けていた魔法をすべて、彼個人を守るための透明な壁を作る魔法に切り替えた。
「ティキ=アツーア。威力が低い。」
そう言いつつ、彼女の後ろにドラッドの幻影が現れて魔法で作り出された剣を振るう。
彼女はすぐさま、それへの対応に追われ始めた。個人の壁の魔法と、少女の床移動の魔法を食い止めたまま、ティキの元へ幻影を作り攻撃できる……。名の知れた傭兵らしい、明らかに次元の違う男だった。
「アリス=ククロニャ。もっとしっかりどういう行為を起こしたいのか想像しろ。」
少女がうまく床を移動させられないのは、彼女が床を動かす、という現象をうまく想像できていないかららしい。彼女の名前はアリス=ククロニャというのか。
シーヌはそこまで聞いて、アリスがやっていた行為にも手を出した。床の移動。それくらいなら、容易に想像できる。
「シーヌ=ヒンメル。お前は周りに合わせすぎだ。。状況の過度な観察も含めてな。」
どうやらやっていたことを全て把握しているらしい、とシーヌは薄ら寒さを覚えた。
「なら、そろそろ手を入れさせてもらう。」
無意識にスイッチをオンにして、シーヌは駆け出す。石に向ける意思を強めて、ドラッドを貫通させるという想像まで込める。
しかしながら、反発してくる意志力の上昇も確認した。つまり、こちらが攻撃力を上げたから、向こうも防御力を上げてきた。
タッ、タッ、と助走をつけて、その壁に向けて跳躍する。壁なら砕けばいい。貫通できないなら、壁ごと粉砕してしまえばいい。
そういうつもりで、衝撃を叩きつけるイメージで膝蹴りを打ち込んだ。空中全てにその衝撃は響き渡り、どうやらドラッドが構成した壁を越えて、彼の元へも届いたらしい。
ドラッドがまるで酔ったかのように頭を押さえた。ティキもしゃがんだ。ドラッドが生み出した魔法も、彼女が生み出した幻影も、消えた。残っているのは、ドラッドを守る堅牢な壁のみ。
(あれだけは残しているのか。いや、残せているのか。ふざけたような実力だよね)
シーヌはドラッドの才能に、軽い嫉妬すら覚えた。高すぎる能力を見上げるように。その壁を前に、勝てないと思わせられたかのように。
しかし、ドラッドはシーヌの蹴りの衝撃に酔わされている。他の受験者たちも、ティキも、アリスも。
酔っていないのは、衝撃に気付けないほど激しく立ち回っていた剣士二人と、衝撃を起こした張本人のみ。
彼はガラフと赤組の少年の足元の地面に意識を向けた。今なら抵抗は弱っていて、おそらくアリスという少女の方も魔法を弱めているだろう、と思ったから。
案の定、剣士たちの足元は、完全に安定していた。その場に向けられた魔法は、弱まっているどころか誰も地面に魔法を向けていなかった。
今だ、と思いシーヌは自らの近くまで地面を一気に移動させる。ガラフ、そして赤の少年ともにシーヌの目の前までグッと移動させられてきた。
そうして、門の前には誰もいなくなった。衝撃に酔って気持ち悪そうな受験者たちも、這うように門に向けて進んでいく。
アリスという少女が真っ先に門の外へと飛び出した。ティキはシーヌに目線で語られ、門をくぐろうと駆けていく。
先ほどガラフが捨てた丸太を、シーヌが魔法で浮かせた。ガラフの上に落ちるように、その真上まで持っていく。
赤組の少年が、それを見てガラフから飛び退った。離れると同時に、彼は今度はドラッドの方へと駆け始める。
シーヌは魔力弾を次々にガラフとドラッドに浴びせつつ、門の近くへゆっくりと近づき、逆に剣士の少年は門の内、ドラッドの元へと近づいていく。
魔力弾を作るのを止め、ガラフの真上へと運び終えた丸太を落とした。同時にシーヌは門へと駆け出す。
剣士はドラッドに近接戦闘を仕掛け、全力で蹴飛ばしたのだろう、山なりに空へと飛ばすと、魔法を使っているかのような速度で門へと走ってきた。
(副団長なら、蹴り飛ばす前なら僕らを足止めさせられた。この場に限って言うなら、間違いなく彼は恩人だろう。)
シーヌは何か歯噛みするかのようにそう考えると、その思考を振り切るように走る速度を上げた。
赤の剣士と青の魔法使いは、ほとんど同じタイミングで、門の外へと飛び出した。
「シーヌ=ヒンメル。さっきの作戦には敬意を示す。」
「デリア=シャルラッハだ。助力を感謝する。」
「その必要があったからね。そうしないと、試験をまともに受けることすらままならなかったからね。」
隣を駆けながら、二人は初めて自己紹介をした。お互い、確実に合格するための同盟者として、目をつけやすい実力者だった。
「試験合格の後のことは考えているの?」
シーヌたちは、ティキやアリスと合流するために森の中を歩きながら、同盟のための腹の探り合いを始める。
「ああ。そのためにも、ガラフを俺は倒したい。」
デリアは率直にそう言った。腹の探り合いをしようとしたのはシーヌの方だけだったようだ。
「……僕の目的はドラッドだ。ティキはそんなこと知らないだろうけれど。」
「あの技量に反して実力が追い付いていない少女か?……そうか、即席のペアか。」
デリアは彼らの当時の状況を思い出したらしい。それなら納得だ、という目をシーヌに向けた。
「あれでも十分だよ。信用できない人とペアを組むよりはね。」
惚れているからいいんだよ、なんてことを口に出しそうになって、まずいと慌てて建前を口に出した。
ティキは今のシーヌにとっては弱点だ。人質にでも取られたら彼はティキを見捨てなければいけない。
薄情なことではあるが、シーヌはティキのために脅迫者の言いなりになるという選択肢を持ち合わせていなかった。彼はあくまで彼の目的のために動いていたから。
デリアは少しだけシーヌの言葉に目を閉じた後、「違いないか」と呟いた。
デリアがアリスとティキを見つけた。なかなか悪い状況で。彼女らは、戦っていた。受験者同士の足の引っ張り合いではなく、傭兵と。
「おい、デリア。」
「……押されているな。しかしシーヌ、お前のペアの実力を見るいい機会じゃないのか?」
見るからに少女たちが押されていた。近接戦になった魔法使いは、近接戦をしている剣士に負けるとは限らない。シーヌにはわかってはいれども、その状況にハラハラしていた。
「はあぁぁ!」
アリスが全力で剣を振るう。ティキは、自分ならきっとその気迫に押されて、斬られるイメージを持ってしまっていだろう、と思う。
「魔法使いの剣くらい、受け止められるわ!」
傭兵が哄笑を上げながらカウンターの一撃を返してくる。しかし、ティキという魔法使いがいる限り、そんなものを通させやしない。
「っち、魔法盾か!」
弾き飛ばされた剣と、吊られてあらぬ方に動いた腕の感触に気づき、慌てて剣を持つ手を制御し直した傭兵は、やはり熟練と呼ぶに差し支えないに違いない。
「どうしていきなり襲ってきたのです?」
彼女はどうしてもそれが気になった。ティキたちはまだ、金のカードを所持していない。つまり、合格を阻止するにしても、今襲う理由がわからなかった。
「そりゃ、戦いてぇからだ。じゃねぇと傭兵やらねぇよ。」
男は素直にそう答えた。彼にすれば、別に答えても答えなくても構わなかっただろう。ただ興が乗った。だから理由を話したにすぎない。
「戦って、殺せれば、俺たちはなんでもいいんだよぉぉ!」
男は剣をティキに向けて投げ、すぐに横の木に立て掛けていた槍を抜いた。
シーヌがガラフを上品と評した理由が知れた、そうティキは感じた。すぐに自分の姿を魔法で複数作り出す。
「さっさと終わらせる!」
アリスが叫んで、再び剣を振った。彼女の剣は、デリア仕込みのものだ。魔法使いといえども、剣を使って弱いというわけでもない。
アリスの剣は、傭兵の槍に受け流された……訳ではなかった。彼女は剣を魔法で作っている。槍に触れる一瞬、魔法を消して腕を槍の軌道の横、傭兵の顔の前に突きだした。
「……!くそが!」
そこから起こる現象、剣の再創造と突き穿たれる顔面という予想図を思い描いた傭兵は、それは食らうかとばかりに少女たちから距離を取る。
距離をとって下がった先に、魔法で作られたティキの幻影がいるとは予想していなかった。
ティキは、傭兵の立ち位置を絶妙に計算して、彼のそばに幻影を作っていた。
傭兵のポケットに入れられていた金のカードは、ティキによって『盗まれた』。
そして、同時に、どこからともなく降り注いだ黄色い魔力弾が、傭兵の意識を刈り取った。
読了、ありがとうございました
次は明日更新したいと思っています