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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
黒鉄の天使編
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聖女の覚醒

「それではこれより、軍事演習を開始する!」

それは、彼らの私たちを制圧するための号令。シーヌ=ヒンメルとティキ=アツーアに関わっていたがゆえに与えられた、国からの試練。

 これを受け入れて、黙って敗北する道も、私たちはシーヌさんから与えられていた。


「貴様は我々の同胞を討ちすぎた。」

「我々は、貴様の粛清を命じられた。」

私たちの間に入った男の台詞。彼もまた冒険者組合で、上の意思に従って行動しているようだ。

 私は、ギュっとセーゲル代表団の旗を握る。シーヌに伝えられた、反撃の魔法を私が使えた意味を考える。

「セーゲルの兵士たちよ、聞きなさい。」

私は、静かに。気がつけば自然と、その口を開いていた。おそらくは、これが私の、聖人会という組織からの脱却だろう。そう遠くない未来、私はきっとそう思うのだろう。

「ここで、囚われるは、容易い。」

「ここで敗北するは、容易い。」

言いながら、思う。私は何を言いたいのか、何を伝えたくて、どう変わってほしくて、兵士たちに話すのか。

「しかし、ここで容易く恩人を売るような街を、国王が、国が救うと思うのか。」

あいつらを切り捨てても国から保護をもらえるならそれでいい。そう思っている兵士たちに揺さぶりをかけるように。アフィータは、声高に兵士たちに語りかけ続ける。

「セーゲルで生まれた者なら、セーゲルに骨を埋めようとするものなら、今すぐその剣を抜け!槍を構えよ、弓を引け!」

そこにあるのは、セーゲルの聖女として作られた道具ではなく、己の定めた道を行く指導者。

 己の信念を貫き、己の行く末を定めた、一人の地に足をつけた人間。

「このセーゲルの旗の本で、己の家を、守りたいものを、自分で護れ!」

“護りの聖女”、アフィータ=クシャータ。聖人会が作ってきた“護りの聖女”は聖人会のための道具であるが、彼女は違った。いや、変わった。


 彼女が護るものは、常に己が生きてきた土地。思いでの地。

 魔法概念“奇跡”。その区分は“願望”。冠された名は、“故郷を護る仲間と共に”。

 一人では、故郷を守れない。セーゲルには、自分以外にも七人の聖女がいた。

 だからこそ彼女は、自らの主張の元に集った兵士たちとともに、必ずセーゲルを守り通す。


 叫びが、宣言が終わると共に、兵士たちが雄叫びをあげた。守りたいものを、自分で護れ。至極当然のことでありながら、聖人会に護られているという安心感で忘れ去っていったもの。

 フィナは目を細める。本当に厄介なものが出た、と。

「ペネホイ。」

「わかっている。」

ムスッとしたようにペネホイが言った。この男は、いつもこうだ。ずっと、ずっと、不機嫌そうな男。

 それでも、フィナがすべてを言わなくても何でも察して、言葉少なに望むことをやってくれる、男。そんなことは(アリュート)でも(ルドー)でもできなかったこと。


 フィナはそれゆえに彼のことを信頼している。ペネホイ=テスターという男は、四翼における最大の他人にして最高の功労者。

 大量に浮かべた炎を、腕の一振りとともに飛ばす。そこに込められているのは、彼の圧倒的な力を持った三念。

 魔法概念“哲学”。その区分は“葬儀”。冠された名は、“死すべきものは皆灰なり”。


 奇跡ではない、魔法の極致。因果の逆転を起こすための三念が込められた炎が、彼の魔法。

 死んだ人を、灰にし続けた。死ねば屍。屍は燃やす。それが、彼のこれまでの在り方。そしてそれがゆえに彼は気づいたのだ。『俺が燃やした人は、既に死んでいるのだ』と。

 それが彼の魔法に込められたモノであり、力。ペネホイ=テスターという人物にとって、因果律の逆転は、起こるべき必然であった。


 その炎に触れてしまえば、いかな兵士であろうとも勝てはしない。必ず、起こるべき必然として灰になる。しかし、それを阻む弓兵が一人。

 ワデシャ=クロイサ。セーゲル軍にあって屈指の攻撃力を誇る将。

 全ての三念の炎は、ワデシャの想念で生み出された矢によって迎撃され、相殺されていく。どころか、お前よりも早いと言わんばかりに、ペネホイの所属する軍隊の中に次々と矢を射込んでくる。

「相殺せよ!」

フィナの叫びに兵が応じ、皆一様に目の前に魔法の壁を作り出す。ワデシャの矢はそれらに次々と亀裂をいれながら、しかし一旦射つのを止めた。

 想念の壁は作り上げた兵士たちの想いに答えて次々と修復される。ワデシャの力では、それを破壊するのは簡単なことではなく……

「フッ」

同時に、出来ないことでもない。さっき放った矢よりも強い矢を想像して、創りだす。

 込める想念、攻撃の意思はさっきよりも遥かに高く。ワデシャはなるべく早くこの戦いを終わらせようと、すでに戦う覚悟を決めていた。


「矢を番えよ、標的は国賊、ケイ=アルスタンの軍!」

アフィータが叫ぶ。ここで、彼らにもう一つ、戦う理由を投げ掛ける。

「我が夫ワデシャは、あれと戦うよう勅命を受けている!命の恩、ここで報いろ!」

ネスティア王国国王フェドムによって与えられた、元帥及び宰相殺害命令。これは、体裁としてワデシャ個人に与えられたものでありながらも、シーヌを含む全代表団に与えられたもの。

 そうでなくとも、セーゲルの兵士たちは弁えている。


 たとえ外部のものであるシーヌとティキのことが気に食わなくて、災厄を呼び込んだものであったとしても。

 ワデシャは、彼らと共に戦った仲間であることを。彼なくしてセーゲルとルックワーツの抗争に停滞はなく、セーゲルは3年と保たずに敗北していたことを。

 セーゲルの兵士たちは、しっかりと、弁えていた。

 その恩があるがゆえに、セーゲルを永らえさせたその功績と、10年共に戦った信頼があるがゆえに、セーゲルの兵士たちは彼を裏切ることができず。むしろ彼の為ならばと、率先して剣を執る。


 ワデシャは、まだ自分が余所者であるという考えを捨てきれない。だが、セーゲル側はもうとっくに、ワデシャを仲間として受け入れていた。

 10年。10年である。ワデシャの中での10年と兵士たちの中での10年の価値は、それだけ違ったのだ。


 ワデシャが弓を構え、ギリギリと引き絞る。指を放すと同時に響き渡った轟音と、それに続く破壊音が、王都軍の魔法の壁を破壊したことをわかりやすく示した。

「放てぇ!」

続くように放たれたアフィータの号令と、一拍遅れて聞こえてくる矢が風を切る音。

 それらの向かう先はただひとつ。ワデシャの手によって作られた、身を護れない無防備な軍……。


 しかし、そうは問屋がおろさない。そんな簡単には勝てるような軍なら、ネスティア王国はとっくの昔に滅びている。

 セーゲル軍の矢は、合計三度放たれた。その一度目を、フィナは自らの魔法によってどこかに送る。

 二度目の矢の雨は、迎撃体制を整えたペネホイが、大量の炎によって一本残らず燃やし、灰にしつくした。

 三度目の波は魔法の壁によって、阻まれた。一度目、二度目と上司によって時間稼ぎがなされたおかげで、兵士たちは三度目には自力で間に合わせることができるようになっていたのだ。


「ペネホイ!」

「わかっている!」

ペネホイは真っ直ぐにワデシャの元に飛んだ。アリュート、ルドーとは違いペネホイとフィナはちゃんと空を飛べる。

 ワデシャがいなければ、軍略でフィナがアフィータに負ける可能性はない。フィナとペネホイはそう考えて、ワデシャをペネホイの手で殺させにかかったのだ。

 ペネホイもフィナの求めに応じて、セーゲル軍の中に侵入してワデシャを討とうとした。ペネホイの魔法は熱を操る。どんなに細かく制御しても、味方への被害は免れ得なかった。


 しかし、敵軍の中心であればどんなに周囲の被害を撒き散らそうが、自軍に損害はない。

 よってペネホイは近接戦に移行しようとし……ワデシャはそれを見てすぐさま自軍から離脱した。

 ワデシャは、弓兵である。近接戦は、得意ではない。敵が近づいてくるなら遠ざかるのは当然である。


「構え、狙え!」

アフィータは号令を出す。ペネホイが、指揮官がひとり、敵から消えた。100名の代表団で500名の正規兵を相手取るなら、怪物はなるべく追い出しておいた方が都合がいい。

「射て!」

号令に応じて、全員が弓を放つ。誰一人として魔法を使っていないにも関わらず、それらはとんでもない音を鳴らしながら、王都軍の中へと突入していった。

 アフィータが目覚めた奇跡。それは、シーヌのものとも、ティキのものとも決定的に異なるもの。


 自分の命令に追随する全ての軍の、全ての行動にたいして“三念”に匹敵する意思力を付与するというもの。

 アフィータは、セーゲルのための指導者として、ある種、独裁政治を行えるような奇跡を手に入れてしまっていた。


 そして、それを知りもしないフィナたちは、無謀な戦いに身を投じて、しかも勝つ気概で満ち溢れていたのだった。

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