ネスティア王国元帥
蹂躙劇というのは、いつも唐突に始まって、唐突に終わる。私は、この国の軍の1隊長として収まったときから、ずっとそれを眺めてきた。
『歯止めなき暴虐事件』のときもそうだった。ただひとつの騎士団が全滅した。ただそれだけで、クロウでの蹂躙劇は始まり、そして全滅という結果を背負って終えたのだから。
いや、全滅というには、一人、獅子の子供を取り逃がしてしまった。それを殺すまで、クロウの蹂躙劇は終わっていなかったのかもしれない。
彼はドラッド=ファーベとガレット=ヒルデナ=アリリードを殺し、アリュート=ギド=メアとルドー=ゲシュレイ=アトルを殺した。
クロウで戦ったときから、気づいていた。アレは奇跡を持っている、ということは。そもそもにして、あの出兵は奇跡の量産を止めるためだったのだ。
シーヌという少年と戦って、少し圧されて、気づいたのだ。ここの人間は、子供一人に至るまで脅威である、と。
あの虐殺は、あの蹂躙は、正しかった。ネスティア王国のため、将来の世界のため、そして王のために、あの虐殺はしなければならなかった。
私はそう信じているし、他にも信じているものは多いだろう。奇跡とは、戦力比30倍程度であればひっくり返す能力を持っているのだから。
シーヌ=アニャーラ。クロウの天才。簡単な魔法であれば七つを平行操作してのけ、一つの新たな現実を作り上げる、幼いながらに創造の天才として、名前だけは伝わっていた。
昨日まで読み込んでいた資料には、もはや往年ほどの才能はなく、実力もなく、ただその技量が全て魔法の威力に分けられたかのように強いとあった。
シトライアの隣接する都市、グリュンデの冒険者組合員を恫喝して得た情報だ。信憑性はそれなりにあろう。
冒険者組合員がシーヌという獅子身中の虫をどうして飼っているのかはわからない。クロウを滅ぼすように命令した男は、冒険者組合員だというのに、だ。
彼らにとって脅威だったのが、街の住民全てが奇跡を扱えるようになることだったとしても、だ。シーヌを生かしておく理由が、よくからなかった。
「考えるだけ無駄ではある、か。」
相手は冒険者組合。その考えなど、読もうとするだけ無駄。強いこと。それだけが彼らの組織加入の絶対条件なのだから。
「それではこれより、軍事演習を開始する!」
普段行わない宣言を、私は行った。理由は明白だ。それを合図にペネホイとフィナ、その他数名の指揮官が、セーゲルの軍営へと突撃していく。
シーヌに対してセーゲルは人質としての効果はない。だが、ティキに対してはセーゲルの奴らは人質足り得て、ティキはシーヌにとって最大級の弱点だ。
我ながら迂遠な方法をとっているな、と思う。だが、これが最も最速でシーヌを討てる方法だ。
……そう。私は、そう思いたかった。これで彼らを捕らえ、彼らを餌にしてティキを捕らえ、さらにそれでシーヌを捕らえる。それが可能である、と思いたかった。
しかし、どれだけ望みを抱こうと、こんな露骨な方法が敵に気付かれないわけがない。私たちはある程度決戦を覚悟していた、が……。
セーゲルの軍と王都直属の軍の間に入った、四人の冒険者。そのうちの一人の顔だけを視認して、ケイは最悪だ、と思った。
「グレゴリー=ドスト……。」
“雷鳴の大鷲”グレゴリー=ドスト。ケイと戦って、どちらが勝つか、という傑物。
彼がこの場にいるのならば、残り三人はだれかわかりきっている。
“俊敏の小鷲”ジェールリード=ドスト。“無音の隼”プロルト=エメネス。“不動の巨樹”エルロンド=ネーニャ。いずれも国王がルックワーツーセーゲルを更地にしてしまおうと雇った冒険者たちであるはずだった。
「貴様は我々の同胞を討ちすぎた。」
絶対強者たる組織のうちで中堅を維持している、ありふれた冒険者組合員が言う。
「我々は、貴様の粛清を命じられた。」
中央に、であろう。シーヌがいるこのときと被っているのも、偶然ではないだろう。
「シーヌ=アニャーラは、逃げたのか?」
中央に命じられたのであれば、それを大義名分にして飛び込んでくればいいものを、彼の姿が見えずに困惑する。
「あれは、命令とは別でお前を討とうとしている。私事に公的な理由を持ち込みたくないのだそうだ。」
普通は逆の理論を聞くはずなのだが、驚いた。だが、逆に言えば、俺が討たれる前に奴は出てくるということだ。
「……興奮してきたな。」
俺は、戦闘狂なのだろうと思う。興奮で、若い頃と同じような口調に戻り始めているのだから。遠くに見えるあの敵たちと戦いたくてしかたがないのだから。
「ピュート、フレイ、カセル!各々1500を率いてあの四人と戦え!無茶はするなよ!」
「フィナ!ペネホイ!セーゲル軍を討て、滅ぼせ!」
俺とアグランが同時に命令を下し、それにしたがって全軍が動き始める。エルロンドが足場を固めるために土を塔状に形作り、残りの3人がそこを基準に空中機動戦闘を開始する。
冒険者組合4人と王都軍4500人。うちの軍は、二時間戦っていられるだろうか。
高みの見物を決め込もう。そう思ってアグランの隣に座り込んだときに、それは来た。
高速で飛翔する、碧い髪の女。髪に合わせた、水色と白の衣装。スカートをはいて、その下に黒いタイツをはいている、少女。
「ティキ=アツーア……。」
アグランに向けて、一直線に蹴りを向けて、飛び降りてきて。
背中に手を伸ばして、大剣に手を添える。アグランが勝てなかったなら、彼女は自分が相手せねばならない、そう思って。
迎撃に動こうと片足を地面から離した瞬間、地面が揺れた。さながら地震のような揺れのせいで、体のバランスが少しだけ崩れる。
「ケイ=アルスタン!」
下に目線が行ったときに地面から生えてきた、高速飛翔する足をぎょっとしつつも回避した、その瞬間。
聞こえてきた声に、聞き覚えのある、決して忘れられないその声に、私は歓喜した。
「シーヌ=アニャーラァァ!」
全身を黒い鎧が覆う。手に持った漆黒の大剣、そこからスラリとしたロングソードを取り出す。
大剣は鞘、兼盾。俺の戦装束は、この漆黒の鎧と黒い剣と盾。
黒い翼を広げた。ここにいるのは、一人の将。
「国を荒らした国賊よ!今をもって、貴様を討つ!」
魔法概念“奇跡”。その区分は“忠誠”。冠された名は“我、国賊を討つ守護者”。
天下に知られた、黒い悪魔。“黒鉄の天使”と。
世界の敵と切り捨てられた街、その場所の死者の怨念を背負う“復讐鬼”。
彼らは、ようやく、邂逅した。
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