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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
黒鉄の天使編
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飛んで火に入る

 魔法を教えるとき、五つの行程がある。

 まず、現象の発露。シーヌがテナに魔法を教えるときに、最初にコップの中に水を作らせたのはそれが理由だ。

 次に、発露の自在化。何もない空中に水を作らせたのも、その一環に過ぎない。大事なのは、どこでもいつでも魔法が使えることなのだから。


 第三に、発現させた現象の、形状の変化。シーヌがティキと協力してテナに教えた、水を猫の形に変えるというのは、その過程にあてはまる。


 そして、第四過程。魔法の、移動。

 二日ほど前、テナは精巧に作られた水の猫を、五十メートルにかけて駆けさせることに成功した。


 そして、今。テナに魔法を教えはじめて、七日目。ケイやアグランの待ち構える軍事演習が行われる、前日。

 テナは、最後の過程、魔法の移動中の形状の変化を、習得した。




 猫がシーヌの方へ向けて、駆けていく。おおよそ、20メートルの時点で少しだけ形がぐにょんと揺れると、10メートルを駆ける間にその姿が熊に変わり、シーヌの目の前までの残り20メートルを駆け抜けた。

「合格。もう君は、立派な魔法使いだ。」

あとは、土や火、風や光など、応用力をあげつつ適度に学習していけばいいのだ。


 シーヌはポン、とテナの頭を叩くと、その背をそっと押した。

「いいかい、テナちゃん。もう決して、ここには来てはいけない。」

冒険者組合シトライア支部は、これから戦争状態に入る。明日1日で決着するとはいえ、ここが安全であるという保証は欠片もない。


 泣きながら拒絶し、渋るテナを、シーヌは遠慮なく突き放した。元々、気まぐれと気晴らしで魔法を教えたのだ。シーヌに、最後まで責任を果たすつもりはない。

 喚く彼女に背を向けて、シーヌは支部の中に入っていく。

(彼女には恨まれたかな。)

それでもいい、そういう道を歩んでいるのだ。シーヌはそう割りきると、彼女の方に向けていた意識をすっぱりと切り捨てる。


 罪悪感は、復讐を決めたときに捨てた。だから、この感情は、この身の重さは、決してテナに対する罪悪感などではない。

 気まぐれに付き合わせて、人生を歪めてしまった少女への、謝罪の意思など、全く……

「すまない。」

もう互いの距離が十分に空いたときに、シーヌは溢した。いや、溢れた。

 グッと唇を噛みしめる。最近、自分が年相応の少年になりつつある。それが恐ろしくて、シーヌは頭を振ると、忘れるように自分の部屋へと戻っていった。




 そして、翌日。ケイとアグランの用意した、セーゲルの客兵たちを招いた軍事演習の実施日。

 シーヌと彼らの因縁を全く知らないものが見ても、その名目はおかしくて。

 何か、ある。ネスティア王国に仕える、大臣格の者たちは皆、それに気づきながらも探りすら入れられずにいた。

 何せ、ここ数年の元帥と宰相の横暴は目に余る。何人の重役が彼らに首を斬られたか、数えるのも億劫なほどに多い。


 おそらく、とんでもない怒りを買った愚か者が、セーゲルにいるのだ。彼らの中で、そういう評価に落ち着いた。

 自分達は関係ない。こんなところで首を打たれてたまるか。シトライアの者たちは皆、保身に走った。走らせるだけの悪名を、二人は既に築き上げていた。


 ティキの小手先の政治技術など、関係ない。長い年月が築き上げてきた、絶対的な実積差。ここ数日で、ティキがこの国の政治家相手に、どれだけ兵力を上乗せできるか、粘りに粘った。

 それでも、ゼロ。ネスティア王国においてケイ=アルスタン=ネモンという傑物は、倒すことのできない怪物として神格化すらされていた。

(そりゃ、中位の龍を撃退した、なんて記録があるくらいなんだから。)

冒険者組合最上位の実力者は、上位の龍すら退ける。だが、冒険者組合員ではない人間で中位の龍を退けられるというのは、神格化されるに足りる実積だ。


 シーヌはふぅ、と息を吐く。“不感知”の劣化コピーで自分の気配を完全に絶ち、少し早めに軍事演習場へと顔を出していた。

 何度も深夜に確認しに来たことではあるが、ここには隠れ場所がない。辺り一面の平野、という表現がしっくりくる、そんな“何もなさ”だった。

 本来は、指揮系統、号令、および調練に使われるのであろう、この場。この場でセーゲルの兵たちを質に、ティキを捕縛するという作戦は、ある意味正道だと言えるやり方だったろう。


 人の気配を、探知魔法のうちに感じた。シーヌも、人の人数や方角などを度外視して、『人が近くにいるかどうか』だけを探れば、五百メートル四方程度なら頑張れば探れる。

 だから、反応を感じた瞬間に予定していた隠れ場所へと身を翻した。これから、このネスティア王国における、すべての復讐が終わりを迎える。




 セーゲルの代表団は、不満たらたらであった。退屈していて、苛立っていて、そして恐れていた。

 ずっと部屋で軟禁状態、娯楽もなければ王都に来たという実感すら得られない中、急に外に出られたと思えば軍事演習への連行だ。

 さらに言うと、命令した相手が辺境のセーゲルにまでその名の轟く“黒鉄の天使”だというのだから、恐れて当然。


 結果、誰の目からも明らかにセーゲルの兵士たちは士気が低い。シーヌの復讐に付き合わされて戦争をするのは、もう二度目。

 巻き込むのはやめてくれと叫びたい兵士など、ほぼ全員に近しかった。


 ケイたちは敵の味方がここまで敵を嫌っているとは思っていなかったのだろう。ティキを誘い出す罠としてはいささか以上に足りなかったかもしれない、と思う。

 人質に人質の価値があることは、人質をとる上で絶対の条件だ。

 アフィータ、ワデシャ。あるいはセーゲルは、ティキにとっては十分に人質足り得る。だが、セーゲル側から見ればどうだろうか。


 ティキという人物は、セーゲルにとって救世主足り得る大事な存在では、ない。ティキの伴侶である男が、それを承知していないとも、思えない。

 シーヌが妻の敵となりうるセーゲルを、放置するとは到底思えなかった。ティキ自身もセーゲル代表団とともに歩いてこそいるものの、自身が邪魔だと思われている現状くらいはわかっているだろう。

(優秀なものなら、セーゲルは切り捨てる。愚か者ならわからないが……)

復讐鬼。復讐以外のあらゆる理念、感情を押さえつけた、敵。

(優秀でなければ、ドラッドやガレットは殺せない)

だから、シーヌとティキは『セーゲル代表団を切り捨てても自分達を攻撃してくる』可能性が、彼らの思っていたよりも高い。

「セーゲルと彼らとの関係性、もう少し調べてから計画を練るべきだったか。」

ケイが呟いた台詞に、アグランは軽く頷きを返す。ここ最近失策続きですね、とフィナは内心嗤った。


 彼らがここまで失策を続けるのは、ここ数年一度もなかったことだ。計略をいかに成功させるかは、どれだけ多くの関連情報を持っているかにかかってくる。

 ルドーが真っ先に、誰の手も届かないところでひっそりと死んでしまったことは、ケイたちにとって今、最も困った事態を引き起こさせていた。


 それでも、すでに計画は立て、兵士たちをここまで連れてきてしまった。今さら後には引けない。ゆえに、彼らの計画は即時に変更がかけられる。

「フィナ、ペネホイ。二人で軍の指揮を執り、ペネホイ軍、ひいてはワデシャ=クロイサとアフィータ=クシャータを殺せ。」

アグランはケイに聞こえないようにそっと二人に耳打ちする。

 正直、アグランは焦っていたのだ。シーヌに負けたあの一戦以来、自分達が敗北する映像ばかりがまざまざと頭のなかに思い浮かべられ、怖くて怖くて仕方がなかった。


「私もケイも、しばらくは二人を圧倒できるはずだ。ゆえに、必ず。必ずだ。全軍でもって、加勢にこい。」

私たちが劣勢に変わる前に、決着をつける。アグランはそう力強く語る。

 セーゲル軍の前を進む、圧倒的な数の軍。


 セーゲル軍、もといセーゲル代表団、総勢百。その前を進む王都軍は、総勢、五千。

 防衛軍は残し、ネスティア王国から各地に派遣している侵略軍はそのままにして……今、アグランたちの動かせる、最大戦力にして最精鋭が、そこにいた。


(負けて、なるか。死んで、たまるか。)

アグラン=ヴェノールは、目の前に迫ったシーヌという恐怖に立ち向かい、これを乗り切るために、必死であった。

 それがゆえに、シーヌという恐怖が大きくなりすぎたがゆえに、忘れていたのだ。いや、気にすることがなかったのだ。


 セーゲル代表団を指揮する、“護りの聖女”アフィータ=クシャータ。あるいは“英雄に比肩する弟子”ワデシャ=クロイサという、侮ってはいけなさそうな脅威の存在を。




 そして。彼らが戦う理由。乗り掛かった船、毒を食らわば皿まで。それ以上の、本当の理由。


 ネスティア王国国王フェドム=ノア=アゲノスからの、『元帥と宰相を討て』という勅命があるということを。

 自ら死地に赴いているのか。それを知るのは、存在しない神のみである。

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