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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
黒鉄の天使編
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妻と教え子

 ティキは、教師としては上手くなかった。いや、天才すぎた、というべきなのかもしれない。

 テナに話が全く通じていない目の前の惨状を見て、シーヌは純粋にそう思った。


 ティキは、何気ない想像力でも、シーヌが思っていた以上に群を抜いていた。空を飛ぶことができるというのは、それだけ圧倒的な想像力があるということなのだと、改めて思い知らされる。

 だが、想像力が豊富だということと、具体的に教えられるというのはまた別物のようだった。それも当然、想像力というのは理論立てて説明できるようなものではないからだ。


 それに、シーヌはティキの想像力の豊富さの理由に、おおよその当たりをつけていた。想像力が豊かなのは、子供に多く、大人に少ない。

 その差は単純明快、世間を知っているか知らないか、である。魔法使いの適正は、幼い頃が最も高く、歳を経るごとに落ちていく。


 ティキは世界を知らない。常識も知らなければ、過酷さも知らない。

 知らない、ということは「こうなったらいいな」が想像しほうだいであるということだ。それならば、想像など、いくらでも楽しめるだろう。


 そして、それが、ティキという少女の魔法の才能の理由だ。魔法戦闘はさておき、魔法技術の巧緻はいかに脳内お花畑かという、それによって決まるのだ。

(それならテナちゃんの方が上手い方が当たり前なんだけれど……)

ティキも、この一ヶ月でお花畑からは抜けつつあるはずなのだ。しかし、テナよりティキの方が魔法技術は高い。

「慣れかなぁ……。」

シーヌはポツリと呟く。


 大人になると魔法適正が落ちるのであれば、シーヌのように魔法以外で生きる術を持たない者が生きてはいない。

 なのに、どうして魔法使いになろうとする子供が後を絶たず、魔法使いを推奨する親が後を絶たないかといえば、当然理由があるのだ。


 端的に言えば、慣れである。使い慣れた妄想、使い慣れた魔法であれば、想像力が乏しくなろうと、いくらでも使える。

 それは、火を灯す魔法一つとってもどれだけ役に立つか、という点もあり、魔法使いが決して減らない理由であった。




 ティキは、必死になって魔法のイメージについて伝えていた。どういう風になってほしいか、どういう現象をここに作り上げたいか。

 それを考える、といえば簡単だが、簡単ではない。

 言葉で伝わるのは、コツではなくやり方で、創意工夫では全然ないのだ。

 ティキにとって、魔法とは息をするようにできるものだった。考える必要はなく、悩む必要はなく、「こうなって」と願えば済む話だった。


 魔法戦闘だけは、少し違った。相手の動きを見て、それに合わせて魔法を発動しないといけないのだから。

 でも、それでも反射となんとなくで戦えた。やっていけた。だから、テナが何をわからないのか、ティキにはわからない。


 シーヌが水で作った猫をこちらにティキとテナの方に歩ませてくる。テナはそれをじっと見て、真似をしようとグヌヌ、と唸る。

 彼女が作り出した水塊が、グネグネと形を変えようとうねる。

 なのに、彼女はいつまで経っても、それを猫の形にはできないのだ。

(どうして?どうして?)

私も何度も何度も同じことをした。確かに、最初の一時間くらいはできなかった。でも、テナちゃんほど時間がかかったわけではなく、だからティキはどうしてできないのかがわからない。


 第一、ティキは、猫を最近まで見たことがなかった。猫のイラストを見て、こんなのかな、と想像して作ったのだ。

 だから、実物まで見てどうしてできないのか……と考えて、ティキはハッとした。

 思い出すのは、シーヌの“幻想展開”。この間戦ったアリュートが、空想を展開したのに対して、シーヌは別の手段で幻想を展開した。

 あれは、巧妙な現実の展開だ。ティキは、セーゲルからこちらに来るまでに何度か展開練習をしているシーヌを見ていて、その本質に気がついていた。


 あれほどの現実を展開するには、本物を見るだけでは足りない。その溶岩に足を突っ込み、魔法で身体を護りながらも生の感覚を体感し……という、発狂しそうな『現実』と向き合う必要がある。

 そこに必要なのは、体験ではない。どれほど精巧に本物を作り出そうとするか、という意識だ。そう、ティキは“やったことがない”からこそ“そうであろう”という当たりをつけていた。


「ねえ、シーヌ。」

テナにどういう教え方をしたのか、どういう手順を踏んでもらったのか。ティキは彼に事細かに聞いていく。

 そうして、ティキは彼女の陥っているスランプの原因について、はっきりと理解した。


 テナは、猫を形作れないわけでも、やり方がわかっていないわけでもない。

 ただ、実力と目標が乖離しすぎているだけだったのだ、とティキは、気づけた。そう、シーヌの教え子であるテナは、シーヌと同じように、“水で作られた猫の完全再現”を目指していた野だ。

「ねぇ、テナちゃん?」

「うん?なぁに、お姉ちゃん?」

かわいい。一瞬、何を言おうとしていたのかわからなくなるほどに、かわいい。


 自分達も娘ができたらこんな娘がいいな、と少し思う。

(まあ、シーヌが復讐を終えてくれないと、そういう話にならないんだけどね。)

どうせ彼は、あのときに子種だけは、と言ったことなど忘れているに違いない。ティキも叶うとは思っていないし、と呟く。

 逸れまくった思考を元に戻すかのようにブンブンと頭を振ると、ティキはなるべく優しく聞こえるように、言葉を選んで言った。

「あまり、丁寧じゃなくてもいいんだよ?こう、フワッとした感じで思い浮かべてごらん?」

まだ五歳か、六歳か。そんな少女に、魔法の精巧さは大して必要ないし、シーヌも教えようとは思っていない。

 肝心なのは、魔法の使い方を覚えること。そして、一人でも研鑽できるように、技術の磨き方を知っておくことだ。


 言われて、テナは不服そうに、それでも言うことをきちんと聞いた。

 言われるがままに、粗削りな猫を作り上げる。精巧に欠け、よくよく見なければ猫だとは思えないものの、彼女は“水の形を変える” ということには成功した。


 よし。シーヌとティキは軽く頷き、次の行程に入ろうとする。つまり、水で作った猫を、歩かせるという行程に。

 シーヌが「じゃあ今日は帰ろうか」と言ったことに、なんで、と思いティキは彼の方を振り返った。

 シーヌが見ていたのは、空。太陽が西に傾き、そろそろ沈もうとしているその空を、じっと眺めていて。


 今日は1日、猫の形を作る作業に没頭していた。そんなことに気づいて、ティキははぁ、と溜め息を吐く。

 テナという少女とは、もう解散の時間だった。彼女の素性も知らない。どこに住んでいるのかも、どうやってここまで来たのかも……どうして魔法を使いたいのかも。

 ただシーヌに「教え子なんだ。見てくれないかな?」と言われて、シーヌにいいところを見せたくて、魔法の使い方を教えようとして。

(一体何をしているの、私?)

結構真剣に、ティキは自分の行動にツッコミを入れた。

 どうして、どうして?だが、シーヌの手前、テナを怪しいと声高に主張するわけにもいかない。


 結局テナは帰り、シーヌとティキは並んで冒険者組合の支部に帰る。怪しさ満載だったテナのことを、「まあ、子供だから」と納得させると、ティキはシーヌと机の上で向き直り、今後のことについて話し合いを始めるのだった。




 グレゴリーの義弟、ジェールヴァイト=クレオシュテンは怒声をグッと飲み込んだ。

 ここはデートスポットじゃねえ、その声は、本物の声になることなく飲み込まれた。


 シトライアに滞在する、シーヌを含めた6人、全員が、ここで在中している冒険者ではない。

 ここで骨を埋める予定だった冒険者組合員は、ケイによって殺されてしまった。だから、グレゴリーたち現役は、もう引退する冒険者組合員がここに来るまでの繋ぎとして、ここにいた。


 あと、7日でそいつがここに来る予定だった。去る前に、ケイとアグランに少しだけお灸を据えて、そのまま再びあてのない旅を続ける予定だった。

 シーヌを眺めていて、思う。妻を持ち、子供に魔法を教えているくせに、あいつは復讐以外の何も、目に見えていないのだ。


 あれが、奇跡を得るために必要な価値観。生き方。そう考えると、自分よりも一回り年齢差がありそうな少年が、自分より強く見えてくるから不思議だった。

「シーヌ。」

気がつけば、かたきのように思っていた気持ちも少しだけ晴れていた。

「戦闘訓練を積みたいんだろ?手伝ってやろうか?」

よろしくお願いします。ティキともども頭を下げる彼らに好感を持ってしまったことを、彼が後悔するのは、もう少しあとの話である。

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