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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
黒鉄の天使編
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世の魔法

 テナに魔法を教え始めて、3日経った。彼女の魔法の才能はそこまでではないかもしれないけれど、想像力がすごかった。

 たった、3日。たったの3日で、コップ一杯の水を生成するに至った彼女の想像力は、驚嘆に値した。


 魔法を使うものとして、想像力というのはとても重要な要素だ。どんな現象を起こすか、起こせるかは、純粋に想像力の豊かさとその形の具体的さによって決まるのだから。


 シーヌは次に、コップがないところでの水の生成に取りかかった。ガラスのコップに水が入っているというのは、ガラスが透明である分、視覚的にとても分かりやすい。

 それゆえに魔法の初歩として重宝される教え方であるが、同時に諸刃の剣でもある。


 水を作るというイメージがコップへの生成で固まってしまえば、それは他の場所での水の生成が出来ないということに繋がりかねないためだ。

 まして、ガラスのコップは高価である上、持ち歩きするわけにもいかない。

 木の器にすら転用不可能な想像力など、あったところで便利とは到底言えない。


「ほら、ここに水の塊をね。ほら。」

まずはシーヌが作って見せる。木のお椀。スープを入れるようなお椀に一杯、水を作るようにシーヌは言った。

「はい!」

ポン、と、すぐさま彼女はやって見せる。うわっ!とシーヌが驚くのも無理はなく、シーヌはこの行程が終了するまでに6日を見ていた。半分で終わらせて見せた彼女には、脱帽するばかりである。


 ……ちなみに、世の中一般ではこれを為すまでに一月かける。火や風を想像するより簡単なのが常に身近にある土や水だが、それでもそうポンポンと作り出せるような想像力で、魔法が扱えるわけがない。

 慣れれば色付きの水や陶器の生成すら可能ではあるが、慣れない限り簡単には使えない。それが魔法なのだ。

「ま、その代わり誰でも使えるんだけど。」

プカプカと今度は空中で水を作り出しつつ、シーヌが呟く。

 コップ、お椀、鍋という行程を得て、その日の正午にはテナは空中に水を作り出すということに取り組みはじめていた。

 ふぬぬぬぬ、とまたもや女の子がしてはいけないような顔になっている。だが、その甲斐あってか、一滴、二滴、水の雫が宙に現れ始めていた。


 パン、パンと手を鳴らす。そこまで、と声をかけて、シーヌはそこそこ上質な布で彼女の額に浮いた汗を拭ってやる。

「ご飯にしようか。」

冒険者組合支部に近いから、この辺の飲食店は国王ではなく冒険者組合に心を寄せてくれる一帯だ。

 だから、遠慮なくシーヌは昨日入った店とは違う店に入り、パンとシチューを注文した。


 冒険者組合特典で、少量の肉がついてくる。テナは教養を感じさせる食器使いでそれを取り、お手本のようにきれいに食べている。

「美味しい?」

「うん!うちのより美味しい!」

その所作には何の疑問も抱かず、シーヌはテナと会話を楽しみながら食事を続ける。

 そういえば、こうしてゆっくり腰を据えて食事をするのも久しぶりだな、とシーヌは思った。


 魔法は、想像力で現象を指定し、意思の強さで強度が決まる。

 水をシャワーにしようと思って、水を一から作ったならば、その水一滴一滴にかけて落下するという現象を思い浮かべなければならない。

 ティキはそういうのが非常に上手いが、シーヌは下手だ。もともとある水を持ってきて、空気で落下を止めつつ、その空気にいくつかの穴を空けてシャワーを作る方が、とても楽でいい。


 水が落ちてくる空気の箱を想像するか、水を一滴一滴落とすかという違いだ。シーヌにとって、前者の方がやりやすかった。

 だから、シーヌはこれ以上、魔法の扱い方について教えるのは難しいな、と思う。

 “三念”の領域になってくると少し変わるが、そもそも三念がどうして現れてくるのか、シーヌは言葉で説明できないのだ。


 だから、その日の夕方。テナが拳大の水の生成に成功してしまった時点で、シーヌはこのあとの育成計画について行き詰まった。

「……早いね、テナちゃん。」

あとは、意思力か、それとも想像力のバリエーションか。

「……とりあえず、今日は終わろうか。日も暮れちゃうしね。」

「うん!わかった!きっと明日は来れないから、また明後日来るね!」

そう言い残し、少女は無邪気に走っていく。シーヌは「子供は自由でいいね」と呟きながら、支部の中に帰っていった。




 今度は動物を形作らせよう。シーヌがそう決意したのは、翌日の昼間だった。罠に飛び込むと決めても、有効策があるわけでもなく、悩み悩んだ末の現実逃避から決めたことだった。

 テナ=ネモンという少女を利用するということが、なぜかシーヌには思い浮かばない。

 復讐の念が揺らいだわけでもなく、それでもシーヌは、幼子を復讐に利用することはなぜかできない。


 魔法とは、意志が大きく強度を左右する。クロウを滅ぼされたとき、シーヌが幼子であった。あの頃のことを思い出してしまうこともあり、シーヌは少女を利用することができない。無意識にセーブがかかってしまっていた。


 復讐、いや、“奇跡”ですらもあくまで魔法の中の一つである以上、無意識にかけられたセーブがシーヌの行動に影響を与えるのは当然といえた。

 ほどほどに現実逃避をしたところで、シーヌは再び復讐方法について考える。

 いざその場になってみると、おそらく復讐の筋道は見えるのだろう。それに従って、シーヌは動いてしまうのだろう。


 それでも、シーヌの“復讐”はシーヌと復讐仇の動きを決めるものであって、それ以外の……ティキたちの動きを決定づけるものではない。

 シーヌは『一対一、あるいはシーヌ対復讐仇たちのみの時に限った絶対優位』という奇跡を持っている。それは、幼い頃の復讐仇への恨みの強さと、その恨みでも曲げられなかった他人を巻き込むことへの嫌悪によるものだ。

 そう、“奇跡”といえども、あくまでシーヌの想いに準拠した現象と効果しか見せられない。




 ワデシャは、ペネホイにぶつける。これは、ワデシャはアグランよりも弱く、フィナとの相性の悪さも相まって、消去法的に定められた絶対条件だ。

 あくまでシーヌの手助けのみしかしないというスタンスを取るグレゴリーたち四人は、軍と激突させる。シーヌが死ねば彼らは自らの手でケイたちの命を取りに行くだろうが、それまでは決してシーヌの邪魔はしないだろう。


 アフィータは、ほんの100人の軍でフィナを攻める。“護りの聖女”とこそ銘打っているが、彼女の本質は軍を率いたときの指揮官だ。

 ゆえに、フィナに対して(シーヌを除いて)最も相性がいいだろう。フィナ自身の魔法戦闘はともかくとして、フィナは“四翼”の中では最も指揮能力が高いのだから。


 ケイ=アルスタン=ネモン。“黒鉄の天使”にしてネスティア王国元帥。『冒険者組合』に対する『世界』の中で最強の一角。

 彼の奇跡は、知っている。それを破る術も、知っている。『歯止めなき暴虐事件』において、シーヌ自らがそれを破ったのだから、当然だ。

 それがゆえに、彼は全力でそれを妨害してくるだろう。それを、シーヌが越えられるかが問題だった。そういえば、とシーヌは思う。

 テナとティキはまだ顔合わせをしていない。


 セーゲルを導くというルールでティキは動いているが、そろそろ休みをとってもいい頃かな、と、シーヌはこの先の教師役としてティキを呼んでみることを決意した。





 アリュートとルドーの告別式は、ほんの些細な身内のみで行われた。

 彼らは(過去はさておき)国に仕えていたわけではなく、あくまでアグラン個人に仕えていたため、国を挙げた告別式をするわけにはいかなかったのだ。

 セーゲルの客人たちは、アフィータとワデシャだけが参加した。というよりも、宰相の名で命令された。


 名目は、彼を連れてきてくれたものへの感謝を示すこと。しかし、本音は軍事演習の参加の是非を問うというものだ。

 たとえセーゲル側に拒否権が全くないとしても、参加するという表明がどうしても必要たまからだ。


「故に、私たちは……」

アグランの長い台詞も佳境に入って、アフィータたちは重苦しい空気を堪え忍んでいる。

 ルドーやアリュートを殺した少年が身内にいるため、彼らは空気になろうとしなければやっていけないような罪悪感を抱いていた。


 ワデシャやアフィータは彼らに対して特別な感情を抱いているわけでもない。

 なのに、肩身の狭い思いをしないといけないというのが、彼らにとって納得のいかない部分があった。


「私たちは、決して、友を殺したものを逃がさないと誓う。」

最後の台詞は、重かった。ワデシャたちも、睨まれたかのように硬直する。

 どちらかが、シーヌとティキかシトライアの諸勢か、どちらかが滅びなければ、この喧嘩はこの殺しあいは、終わらない。




 ワデシャやアフィータは、その重さを、望まないにも関わらず、受け止めた。

次の投稿は2日です。

では、よいお年を。

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