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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
黒鉄の天使編
82/314

罠の気配

 指名手配をされて、3日。シーヌは冒険者組合支部の周囲五百メートル以上の外出を禁止されていた。

「なんで五百メートルは外出できるのだか。」

おそらくそれが、シトライアに滞在している四人のうち、誰かの魔法探知の最大範囲なのだろう。シーヌよりも熟練であることが窺える探知の広さだ。

 シーヌの探知限界は百メートルがいいところ。これは、自分の感覚をどれだけ外に広げられるか、という問題でもあるため、内に籠り気味なシーヌには扱いづらい魔法でもあった。


 少し外の風に当たって、淀んだ肺の中の空気を入れ替える。冒険者組合の支部自体が地下に広がっているため、部屋に籠っている限り空気の入れ換えがほとんどないのだ。

「お兄ちゃん、冒険者組合の人?」

不意に声をかけられて、シーヌはそちらを振り向いた。そこに立っていたのは、そこそこ高貴そうな服を着た、子供だ。

「うん。そうだよ。君は?」

「私ね、お部屋、退屈しちゃったから。」

家出少女か、とシーヌは心の中で呟いた。


「私、私ね、テナ=ネモンっていうの。お兄ちゃんは?」

「シーヌだよ。こんにちわ、テナちゃん。」

テナ。なんの因果だ、なんて思った。喪われた彼女と全然違うのに、名前だけでなにかが込み上げてくるような、そんな感じがした。

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「なんでもない。なんでもないよ。」

言い聞かせるように、シーヌはそう答える。なのに、そう思いたいシーヌとは別に、急に涙が込み上げてきて、シーヌはどうすればいいのか、迷った。


「……お兄ちゃん、悲しいの?」

なんとも言えない気分だった。ティキが近くにいないからだろうか。そこにいるのが、あの日と同じくらいの年の、彼女と同じ名前の少女だからだろうか。

 学校にいて、一人暮らしの中で泣いていたように、シーヌは気づけば涙を流していた。

「あのね、あのね。おばちゃんが言ってたよ。悲しいときはちゃんと泣きなさいって。お兄ちゃんも、ちゃんと泣いた方がいいよ?」

(シーヌも、ちゃんと泣きなよ。天才って言われても、シーヌはシーヌなんだから。)

うっ、という呻きが漏れた。

 怒りや憎しみではない、何かの、そう、悲しみの枷が外れる音がした。


 冒険者組合支部の裏。何もないただの路地裏で、16歳の少年と7つほどの少女が二人。

 誰も見ていないという安心感も相まってか、シーヌは、声を漏らさぬようにしながらも、久しぶりに泣いた。




 悲しみが再び枷のついた心の箱の中に引っ込む頃には、朝一番だった空はすっかり昼間になっていた。

 何かすっきりした感じのするシーヌは、目の前の少女の頭にソッと手を伸ばす。

「ありがとう、テナちゃん。すっかりお兄ちゃん、よくなったよ。」

それは、ティキにもあまり見せないような感謝と慈愛の微笑みだった。ティキの前では泣かないように、無意識に気を張っていたのだと、シーヌはついつい気づかされる。

 好きな子の前では格好いい自分でいたい。年相応の恋愛経験を得てきたわけでもないシーヌは、妻に対してまるで子供のような想いで接していた。


 ティキに、そろそろ、話さないといけないかな。シーヌはクロウの『歯止めなき暴虐事件』について、彼女に話すことを改めて考える。

 この事件が終わったら、しっかりちゃんと話をしよう。誰と会ったかはいらないけど、何があったかは話そう。

 そう決意したあと、目の前の少女を見る。

「テナちゃん。何か、欲しいものはあるかい?」

竜の血を売ったお金が少しある。だから、シーヌは心を助けてくれた彼女に何か感謝を伝えようと思って、そう聞いてみる。

「うーん、えーっとね、テナ、魔法が使いたい!」

彼女のその答えに、シーヌはそんなことでいいのか、と思う。


 シーヌ自身は教師として役にたてるとは思わないけれど、ここを出るまであと10日もある。復讐を果たすまでに、女の子一人に魔法を使えるようにしてみせるくらいなら、やってみせよう。

 シーヌは、柄でないとわかりながらもそう思った。ティキの影響で、復讐以外にも少し目が向き初めているのかも知れない。


 じゃあ、このコップの中に水が入っていることを想像してみて?

 シーヌが魔法の初歩として言ったのは、それだけ。必要なのは、想像力。火や風を想像するより、日常的に使うものの方が想像しやすいだろう、と思っての台詞だ。


 そのために、一度支部の中に帰って、貴重品であるガラスのコップまで取ってきたのだ。

 お水、お水、と、テナが必死にイメージしているが、コップの中に水が現れる感じはない。

 かれこれ20分はそうしていただろうか。不意にシーヌが、ポケットからもう一つのガラスのコップを出して、水を並々と注いでから言った。

「このコップを見てごらん。」

空のコップと並べて、言う。

「同じになるように、やってみてよ。」

シーヌはまさかテナが今日一日で魔法を使えるようになるなんて思っていない。だが、きっかけを覚えれば、と思ってやっていた。


 同じ、同じと呟きながら、テナがまた考え始める。その間に、シーヌは少し、考え事を始めた。


 国王の狙いは、何か。ケイとアグランを殺してほしい理由は、何か。

 彼らが今、国権を乗っ取っているのは知っている。この三日間で、ここ10年のネスティア王国の情勢の変化は頭に叩き込んでいた。

 ネスティア王国がフェドム=ノア=アゲノスに変わってから、はや15年。それから国王に実権の八割近くが握られていたのが、9年。

 だが、今は、その権力の六割近くがケイとアグランに握られていた。


 彼らは元帥と宰相である。その役職が権力を持っているのは至極当然の理屈であるが、その持つスピードがおかしい。

 急な権力交代があったわけでもなく、人が入れ替わったわけでもないのに、権力者が急に変わる。どう考えても、おかしかった。

「陛下に直々に尋ねるわけにもいきません、と。」

呟きながら、空を見る。いつの間にか、太陽は西の空へと向かい、もう一時間もすれば山の頂上とぶつかって見える頃だ。

「テナちゃん?」

放置しすぎた。そう思って慌てて彼女の方を見ると、空のコップに数敵、水が入っていた。

「……嘘。」

もう、ここまでくればあと数時間もかけずにこの子は水を自由に出せるようになるだろう。シーヌはそう確信したが、何せ時間があまりない。

「テナちゃん、テナちゃん。今日はもうおしまいにしよっか。」

シーヌは優しく声をかける。全く少女が反応しないので、肩を揺さぶる。

「とんでもない集中力だね……。」

ツンツンと額をつつきつつ、仕方がなしに一発デコピンをかました。

「いたいっ!……お兄ちゃん?」

「テナちゃん、集中しすぎだよ。」


そんなに集中しないと魔法を使えないのでは困る、と説教しそうになって、慌てて口をつぐんだ。6歳近い少女に何を望んでいるんだ、と慌てて首を振る。

「テナちゃん、今日はもうおしまい。またおいで、このポストに手紙を入れてくれたら、すぐに出るから。」

しばらくは彼女に付き合うのも一興だろう。シーヌはそう思う。作戦会議も、自分の特訓も、いつやろうとてできるのだ。

 何せシーヌは、事態が動いてくれるまで動くことなどできないのだから。



 駄々をこねるテナを宥めるまでが一番大変であった。シーヌにとって、幼い子供の相手をすることは滅多になく、彼女が何を言えば話を聞いてくれるのか、全くわからなかったのだ。

 シーヌはあくまで復讐のために生きていて、それ以外のことについては致命的にわからない。だから、彼女を家に帰すことができたのは、もう空が赤くなろうか、というときであった。




 このとき、シーヌにはテナを帰さず、そのまま魔法を教えるということもできた。いや、テナが家出少女だということを考えると、帰さない方が彼女のためであったかもしれない。

 だが、シーヌは彼女を家に帰した。そして、彼女も駄々をこねはしたものの、素直に帰った。


 この時、シーヌは疑うべきであったのだ。テナ=ネモンという少女が、どうして帰りたくないと駄々をこね、家出なんてものをしたのか。

 それも、まだたった6歳の少女であるはずなのに。シーヌはそこに、誰かの、あるいは何かの作為を感じるべきだったのだ。


 だが、それは、叶わなかった。テナという名前が、シーヌに及ぼした影響はその一時だけではなく。

 それから毎日のように家出をして、10日のうちの約7日に渡ってここを訪れた彼女に、シーヌは何の疑いを持つこともなく。


 ケイ=アルスタン=ネモンの娘テナ=ネモンは、いったいどちらに微笑む天使になるのか、わからぬままに、彼女自身も知らぬままに、争いの渦中に飲み込まれていった。




 その晩。襲撃もなく冒険者組合支部までたどり着いたティキは、セーゲルにもたらされた軍事演習の案内についてグレゴリーたちに語った。

「「「「罠に決まっているだろう!」」」」

グレゴリー、ジェル、プロルト、エルロンドが同時に叫んだ。つまり、シーヌとティキ以外の全員である。


「……罠なのは間違いないけど、千載一遇の好機だね。」

シーヌは悩ましそうにポツリと呟く。それに、その場で仕留めることをしておかなければ、シーヌは敗北の可能性が高すぎた。

 ティキは冒険者組合の制度によって、彼女たちと行動をともにする。途中で投げ出してもいいし、シーヌがそう要求してもいいが、そうすると後にしこりが残るだろう。


 ティキが捕まっても、殺されても、おそらくシーヌの復讐の念は変わらない。いや、むしろ、自己嫌悪とともに増大する可能性が高い。

 ケイとアグラン、同時に前にしたときに、復讐の念に駆られて暴走する。それは、少し不味かった。

「ティキが捕らえられて殺されても、ケイやアグランは殺せるけど……シトライアも、危ないだろうね。」

むしろ、復讐以外に考えられない正真正銘の災厄になる可能性すらある。それは、受け入れられない。

 なにせそうなれば、目の前にいる四人がシーヌを殺すだろうから。一人や二人欠けても、彼らは成し遂げられるだろうから。


 仕方がない。その罠に乗っかろう。シーヌはそういう想いで、ティキを見る。ティキも軽く頷いて、「じゃ、ワデシャさんたちに伝えるね」と目で伝えてきた。

「グレゴリーさんたちは、どうしますか?」

「……俺たちも、ついていく。お前に味方する、事情ができた。」

グレゴリーは、静かにそう告げた。

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