配下“四翼”
二人目の戦友が死んだ。諜報担当ルドー=ゲシュレイ=アトル。拷問担当アリュート=ギド=メア。
アリュートが死んだというのは、俺には予想外だった。戦場で次々と人に幻痛を与え、足を止めて兵士たちに突撃させる。ある意
味、軍において最悪と呼べる能力を使っていた男。
対人戦闘において最も悪辣な戦闘手段を持つ彼は、それでも負けた。
相手が悪い。それは、確信して言える。あのとき、あの瞬間に限っていうならば、アグラン様ですら手も足もでなかったのだ。勝てる道理はない。
「クロウの生き残りなら、全員死ぬな。」
「……ですね。軍を動かしましょうか?」
「ケイ卿の許しがいるぞ。どうやって説得する。」
「非常事態です。わかっていただけるかと。」
「いや、彼なら絶対一人で先に出る。頼みたくても頼めない。」
それは、出会った頃のシーヌとティキを彷彿とさせる会話だった。
具体的な現実逃避か、理想への現実逃避かの違いだけで、フィナとペネホイは現実逃避をしているという点において彼らと同等だった。
「ケイは私が説得しますがね、軍を動かすとして、どこでやるか決められますか?」
本来それを設定する役割を担う“伝達の黄翼”はすでにいない。
だからこそ、ペネホイとフィナは彼の役割まで果たさなければならない。そう心得ていたから、彼女たちはシトライアの地図を机上に広げた。
彼女たちに有利な点は、宰相アグラン、元帥ケイ共に健在であることだ。たとえ四翼が一枚一枚もがれていても、本体が大丈夫であれば勝ち目はあるから。
ゆえに、多少の現実逃避は許されてもひきずることは許されない。彼女たちは、シーヌ対策に頭をフル回転させ始めた。
アリュート=ギド=メアとフィナ=ギド=アトルは兄妹である。兄が獄吏という、あまり人に言えないような職に就いていたのに対し、妹は記録官という、マイナーな職に就いていた。
ペネホイと兄妹が出会ったのは、とある小国との小競り合いだった。指揮官は当時の上級将官だった、フネー=ケット=テスター。ペネホイの父である。
自分の道を継いで将校になってほしかった彼は、炎の魔法を扱う息子に向かって、「身元判明した死者の躯を骨に変える」ことを要求した。つまり、骨壺に骨を入れろ、と。
戦争で、死者の屍は邪魔になる。放置すれば腐るし、場所もとる。
ゆえに、身元判明した兵士は遺品を残して焼き、骨だけは遺族に届ける、というのが主流だった。
炎の魔法を使う彼は重宝された。いちいち屍一つ一つを窯に放り込む必要がなくなったのだ。その役を振られた兵士たちが喜ばないわけがない。
そうして働き詰めにされ、一段落したときに出会ったのだ。生き残った兵士に、敵国の軍の情報を聞き出している、黒髪に銀色の瞳をした男、アリュートと。
アリュートは、拷問担当の代表者としてきていた。このときネスティア王国は相手の小国相手に後手に回っていて、なぜ戦端を開かれたのかすらわかっていなかったのだから。
「やっぱり兵士はなにも知らない。情報は上役ばっかりが持っていて、その上役は戦場に出てこない。面白くないと思わないか?」
アリュートが唐突に放ったその言葉が、ペネホイに向けられた言葉であると気がつくのに、数秒の時間を要した。
そもそもアリュートはこちらを一瞥もしていなくて、気づく理由はなかったはずだ。
「葬儀屋だろ、お前?後方に優秀な炎の使い手がいるらしいってフィナが言ってたからな。」
フィナは、戦況や作戦、司令の発言などを記録する役として従軍していた。後方からの補給の出納をつけるのも仕事で、その都合上、ペネホイの噂を聞き付けることができたのだ。
「ええ、そうですが……あなたは、アリュートさんですか?」
軍としても戦いたくない拷問官がいるという話を、父がしたことがあるのを聞いていた。それが、アリュートという名であることも。
「ああ、そうだ。アリュート=ギド。拷問官だ。」
それから、二人は歳が三つしか離れていないのもあって(アリュートが歳上だ)たまに話すようになった。
というより、アリュートがペネホイを気に入り、よく話をしに来るようになったのだ。そして、ペネホイは前線に出た。
ペネホイは彼の隣で走っているだけでよかった。敵兵は兵士たちがやっつけるし、仮に近づいてきたとしてもアリュートが倒す。だが、ペネホイは人が屍になるまでの過程をしっかりと目に焼き付けた。
自分が今まで焼いてきたのが何かを、よく理解した。葬儀屋というものが、どれだけのものを踏みにじっているのかも、理解した。
生きた姿を、遺族はもう見れない。それは、戦争で死んだ以上、当然だ。
だが、その躯さえ見ることが叶わず、骨だけが帰ってくるということが、どれだけ悲しいことか、理不尽なことかを、ペネホイは知った。
だがそれでも、ペネホイは葬儀屋を続けた。魔法の炎で、運ばれてきた元仲間の躯を焼き続けた。
「『死んでしまえば、みんな躯だ』という言葉があります。」
ある日、フィナが言った台詞に、ペネホイは感激した。フィナと会話したのはそれが初めてだったが、何度もアリュートが来る関係上、何度か顔合わせだけはしていたのだ。
フィナのその言葉は、葬儀屋として躯を焼き続けているペネホイにとって、逃げ場所のように聞こえた。
心地いい、彼にとって耳触りのいい言葉は、彼を葬儀屋としてさらに邁進させていくことになる。
王都シトライアに帰ったのち、ペネホイは炎熱魔法を行使する魔法使いとして、王宮に仕えることになった。しかし、彼の望んだ仕事は火葬業者。貴族御用達の葬儀屋か、アリュートが殺した囚人の処理に勤しむこと。
そんな彼についた渾名が、“死体の恋人”。死者を弔い、それによって愉悦を得てしまう歪んだ性癖が、彼の渾名の由来になった。
可笑しなことに、渾名ばかりが先行しがちな王宮という場所で、ペネホイは渾名が先行することはなかった。
あくまで彼がやるのは死体を焼くだけ。焼く以外のことに興味すら持たなかったのだ。噂話のしようも、しがいもない。
葬儀屋を続けていくうち、アリュートとフィナ以外の人間は、例外なく、父でさえも、ペネホイに関わらなくなっていった。
ルドーと出会ったのは、フィナが結婚報告をしに来た時だった。魔法使いとして優秀で、軍において諜報という役を担う男。ルドー=ゲシュレイという男の噂を、ペネホイはよく知らなかった。
だが、ルドーの側はペネホイのことを知っていて、よく話しかけてきていた。ペネホイの方に特に仲間意識があったわけでもなく、ルドーの方も同様で。あくまで、ペネホイとギド家の付き合いの中で生まれた知り合い関係。それが、ペネホイとルドーを繋ぐ関係だった。
そう。“四翼”の中で、唯一独身で、唯一彼らの身内でない、屍を焼く男。
それが、ペネホイ=テスターという男であり、“四翼”の中で唯一、誰との血や愛の繋がりを持たない、炎の使い手。だが、それでも、彼は……。
ペネホイは少し、ほんの30数年前の情景を思い出して、浮上した。ここは、自分達が骨を埋める場所だ。今、後続のいない今、自分達が殺されるわけにはいかない。
(俺の躯は、誰が焼くのだ。)
死とある意味において最も近かった男は、自分の死後に自分を焼くものがいないゆえに、シーヌを討つ策略に必死になる。
「『敵が撤退できない状況と、撤退できる一路を作れば、勝てる』。」
ペネホイがポツリと呟いた台詞に、フィナがガッと身を乗り出した。
「ルドーの台詞ですか?思い付きましたか?」
その視線にさらされて、ソッと目を背ける。思い付いたことには思い付いたが、納得できる策ではなかった。
「軍事演習をしましょう。」
王都を出て二時間の位置にある、軍事演習場で軍事演習をする。そこに、客であるセーゲルの代表団にも観客として加わってもらう。
名目は、きな臭くなりつつある国内に対する抑止。アフィータやワデシャも呼んだ訓練過程で、シーヌを庇っていることの是非を問い、問いながらも問答無用で殺す。
兵士たちはシーヌたちの人質にはならないが、アフィータやワデシャの人質にはなる。そして、あの二人ならば
「ティキ=アツーアへの人質にはなります。」
また、ただのセーゲル街代表である彼らに、元帥と宰相の命令から逃れる術は、ない。
ティキを確保できればこっちのもの。出来なくても、シーヌに危機感を持たせれば出向いてくる可能性が高い。
「ルドーとアリュートの仇、これで討てます。」
穴が多い上、粗削りである。だが、戦場の策定も、向こうに手出しさせられない条件も、全てが整った。
あとは、開始の時期と元帥の説得だ、というときに、不意に後方から声がかけられる。
「では、皇帝陛下には私から伝えておこう。」
ケイ=アルスタン=ネモンが、静かに言った。
「いつから……」
「最初からだ。……今回の敵は冒険者組合、外法の者だ。いちいち正しい方法など取れん。」
敵、シーヌのことを聞いたのか、少し苛立たしげな様子ではあるが、ケイはそのやり方を受け入れたようだった。
「黒天衆を使う。皆殺しにする。セーゲルも、シーヌとティキとやらも。」
あぁ、彼は思ったより自分達に友愛を向けていたのかもしれない。ペネホイとフィナは、彼と出会って23年、初めてそんなことを感じた。
「決行は10日後。念のため、シーヌ=アニャーラは指名手配にしておく。」
サッと体を翻して歩く彼は、端から見ても凄まじい、憎悪の念でその身を焦がしていた。
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