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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
隻脚の魔法士
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8.試験の始まり

 シーヌが店の中から出てきたとき、とても重たい空気が漂っていた。チェガのやつが何かしたな、とシーヌはすぐに見当をつける。

 だが、ティキの様子は、先ほどよりも安定しているように見えた。棄権して逃げ出しそうな雰囲気はあまりない。

「チェガ、悪いな。」

何かしたことはわかっても、何をしたのかシーヌは知らない。シーヌがティキに棄権されるのを恐れて取った、彼に依存するだけさせるという手段を、ほぼ完全に白紙に戻すような所業をしたとは流石にわからない。


 しかし、第三者であるチェガがその方法を取ったことで、ティキはシーヌへの恩を感じたまま、シーヌだけに依存せずに自分の手で彼といられるための方法を得る決意をしていた。

 それはシーヌをよく知るチェガでなければできなかったことでだ。シーヌは彼がやったことの内容は理解できなくても、チェガでなければできないことをしてもらえたことはわかった。

「気にすんな、面倒くさい」

チェガは笑ってシーヌに言う。面倒くさい。それがチェガの口癖だったな、とシーヌは思う。


「シーヌ。」

チェガはひとしきり笑い終えると、シーヌに真剣な表情で声をかける。

 チェガがシーヌに真剣な話をすることなど、学生だった時も含めて数えるほどしかない。彼が年一度の試験で落ちそうだった時などでも、「教えてくれ」と真剣な表情で頼み込んできたりはしなかった。

「冒険者組合に受かったら、この街からいなくなるのか?」

チェガは寂しそうな表情をにじませて言う。彼は、何も言えない。

 シーヌが6年間、学業を修めた街。チェガと出会い、親交を深めることになった地。


 しかし、冒険者組合に入るというからには、シーヌは各地を渡り歩くつもりでいた。……もしも、冒険者組合に入ることに失敗していても目的はすでに定まっていたから。

 しかし、この街には友がいる。いつかは帰ってきたい、と素直に思った。

「お前には会いに来るよ。だから、安心しろ、チェガ。」

チェガはわかりやすく表情を緩める。まさかそっち趣味とかじゃないだろうな、と感じるような表情の変化だったが、チェガに限ってそれはあり得ない。


「じゃあな、チェガ。」

「おう、じゃあな。シーヌ。」

それだけでお互い、別れを済ませる……わけではなかった。チェガはシーヌに耳打ちすることを忘れなかった。

「お前の進む道が、一人で歩むものでないことを祈るぜ?」

ティキの方を流し目で見る。それだけで、シーヌが意味を理解するには十二分。

「帰ろうか、ティキ!」

いらないことをこれ以上言われてたまるかというように、シーヌはまっすぐ帰路についた。




 翌朝は晴れ渡っていた。やはり、試験の日は晴れていた方がいいな、とティキは感じる。

 朝ご飯のパンは美味しかった。これが庶民の味なのか、とシーヌに聞くと、あの店が美味しいだけだ、と言われた。

 そういえばあのパン屋も、聞いたことがある名前だった。同じ学校の子が話に出していた名前に、確かそんなものがあったはずだ。

 今日から試験の始まりだけれど……シーヌはきっと、私たちの合格自体はさせられるのだと思う。

 シーヌの実力は正直言ってわからないけれど、訓練施設では何か加減しているようにも見えた。

 それに、それに。彼の魔法技術は、間違いなく、私に迫るものがある。彼なら、私ともし1対1で戦うようなことになっても、百手くらいは負けずに打ち合ってこられるだろう。

 魔法は技術だけれど、勝敗は技術だけでは決まらない。彼の精神力なら、私に勝つことだってあり得るかもしれない。

 チェガが言っていた。見捨てられたくなければ、彼を見ろと。七日間。七日間もあるんだ。私は彼を、しっかりと見ないといけない。

 だって、人は個人でしか生きられないけれど、私は個人で生きる術を、あまり持ってはいないのだから。




 パンはいつも通りの味だった。いつも通り、というのはつまり、それだけ味にブレのない美味しさだということだ。

(さすが、プロだよ、“凍傷の魔剣士”)

昔、料理人として世界を巡ったチェガの父に想いを馳せる。

 彼が昨日僕に与えてくれた情報を思い返す。かつてガラフ傭兵団になる前、シキノ傭兵団と言われていたそれらで有名だった者たちと、その戦闘傾向。

 凍傷の魔剣士も、一時その傭兵団に所属していたことを、シーヌは聞いていた。それゆに、彼と縁を持ったのだ。冒険者や世界の話に詳しいと思って。

 最近では、このそこそこに有名になったパン屋のパンをただや格安で譲ってくれるから重宝していたのだが。

 今日から、試験だ。合格できるか、ティキとこれからも一緒にいられるのか。……予想外に降ってわいた好機に、うまく乗ることが出来るのか。

 ガラフ傭兵団。金の亡者ガラフと、その配下三百人ともいわれる傭兵団。

 一国の一騎士団と言われても誰も疑問を挟まないだろう実力者と人員。……僕たちは今から、それと戦う。

「ティキ、行くよ。」

食べ終えた様子の彼女に声をかけると、部屋の前で迎えを待とうと、荷物を背負って立ち上がった。




 部屋の扉をくぐると、そこにはもう男が一人、立っていた。紺色の服を着た男。いかにも魔法師然とした服装だ。

「シーヌ=ヒンメルとティキ=アツーア。間違いないな?」

その男は前置きなしに本題に入ってきた。挨拶もない。愛想笑いの一つもない。その男の名前を、シーヌは、知っていた。

「ええ、そうです。初めまして、ドラッド=アレイ。」

シーヌは固い表情で挨拶をする。当然だろう、彼は傭兵団の副団長だった。そんな男が、目の前に出てくることの意味を、シーヌは回転が速すぎる頭で、知ってしまっていた。

(赤組並に警戒されてる……?ティキがいるから警戒心自体はかなり薄いものだと思っていたのに!)

シーヌは一つ、誤解していることがある。ティキ=アツーアが持つ魔法の腕についてだ。

 彼女は、リュット学園において非常に優秀な成績を残している。

 彼女の成績、その才能を見て、彼女の実家はティキの結婚を確定した。ティキ=アツーアとシーヌ=ヒンメルは、書類だけで、要警戒対象に指定されていた。


ドラッドはシーヌの挨拶を無視した。その態度にシーヌは表情をピクリとも動かさずに続ける。

「早いですね。」

昨日から繰り返される想定外の事態と、それによって引き起こされている動揺を押し込めるように、シーヌは彼に話しかけた。いや、半分ほどはそうしなければならないという義務感であった。

「ふん、お前たちが遅いだけだ。他はもう叩き起こされている。」

突き放すようにそう言うと、さっさと回れ右をして歩き出す。ドラッド=アレイとは、そういう男だった。

「……覚えている通りだ。」

シーヌは小声で呟く。ローブの内側に吊るされた数十センチほどの短剣を握りしめ、一瞬危険な雰囲気をにじませると……

「ティキ、行こうか。」

一秒に満たない時間でそれを隠し、すぐにドラッドの後を追った。




 到着した先、南門の正面の広場は、受験者と傭兵団でごった返していた。

 受験者合計、百名満たず。大して傭兵も、それに合わせて百名に満たない数が選定されている。しかし、見るからに上位の実力者たちだった。

 到着して早々、シーヌは赤組の少年少女を探す。探しながら、その人ごみの一番後ろ、振り返っても誰もいないところに足を運ぶ。赤組の少年少女は、見つからなかった。

「よう、今日の主役ども!」

門の前に机くらいの高さの木箱が二つ。その上に、男が二人。

 方や大柄の、筋骨隆々の、いかにも戦士然とした男。

 方や細身の、ローブに身を包んだ、魔法師然とした男。

「今から試験を始めてやる!が、簡単に始めるのも面白くない!」

ガラフが大声で叫ぶ。怒鳴り声ながら、良く響いた。

 そして、その叫び声を受けて、門側で座っていた傭兵たちが立ち上がった。

「行け、部下ども。」

静かな声で、魔法師……ドラッドが命令する。シーヌはそれを、「ドラッドの声が小さくても聞こえる」という想像を使った魔法で聞き取っていた。

 動き出す傭兵たち。門をくぐって、このの街の外へ、ほぼ手付かずの未開の地へ。

 受験者たちはそれを見て、慌てたように追おうとした。外で探す手間をかけないように、今のうちに追いかけようとでも思ったのだろう。

「行くなら俺をどかしてから行きな!」

ガラフが門の前に立ちふさがり、剣とかではなく大きな丸太を脇に抱えて言い放つ。

「……そうする意味はないと言っているでしょう。」

ポツリとドラッドが言ったセリフは、シーヌ以外の誰の耳にも入らなかった。


 数瞬、ボーっと理解できないように突っ立つだけだった受験者たちは、

「数で押しながせ!無理やり突破しろ!」

という叫びを境に、いきなり我に返ったと思うと、門に向けて殺到した。

「無駄、無駄、無駄だぁ!」

ガラフの笑い声とともに、長さ4メートルを超えるであろう丸太が振りぬかれる。殺到していた受験者たちは、それを受けて一気に広場の中心まで吹き飛ばされた。


 シーヌは受験者たちが門へ走り出すのを見た瞬間、はるか上空に跳躍して立ち止まった。足元に足場がある、と想像すれば、空の上で立つことなど容易にできる。

「……数で押されるくらい、予想通りだろうに。どうして丸太を抱えているのか、その理由についてきちんと考えてみてほしいよね。」

シーヌは脇で抱えたティキに言う。彼女のがあまり慌てていないのを見て取ると、足場の展開を広げて彼女をそっと降ろした。

 受験者たちは何も考えず闇雲に特攻を続ける。そうすることが、一番楽だからなのだろう。しかし、シーヌはそんなバカたちではなく、その特攻が終わるのを広場の端でじっと待つ赤組に視線を向けていた。

 赤組の少年も、空に立つシーヌを見上げて口角を上げた。


 疲労がピークに達したのか。少しずつ、門に近づく人が減り始める。そのタイミングを見計らって、赤組の軽装をした少年は門の前へと歩き始めた。

 剣を抜きつつ距離を詰める。彼の狙いは、最初からガラフ傭兵団長ただ一人。

 ガラフの方も、丸太を放り投げて剣を構える。少年は一メートル弱の両刃剣、ガラフは二メートル強の片刃大剣。

 赤組の少女がそっと手を組んで、必死に集中力を高め始めたとき、息を合わせるようなタイミングで少年は剣を振りかぶって跳躍した。

 激しい剣戟が鳴り響いた。その二人の剣舞には、今の受験者たちが介入することはできやしない。しかし、最初から行動を決められていた少女と、ガラフのサポートに徹しきるつもりだった副官は違った。

「動け!」

少女が叫びながら、ガラフのよって立つ地面を動かそうとした。地震を起こそう、という大それたものではない。ただただガラフを門の前から引き離すための地面の移動だ。


 しかし、地面が波打つことはあれど、決定的に動くことはなかった。少年はあちこち跳ね回りながら、ガラフをその場に縫い留めることに全力を尽くしている。

 シーヌは地面を見下ろした。門の少し遠く、魔法を使えば一歩もかけずに届くところに、彼……ドラッド=アレイはいた。

 魔力の流れ、精神力や意識の向く先を見る。赤組の少女も、ドラッド=アレイも、お互い剣舞を舞う男たちの足元に集中が向いている。

 埒が明かない、とシーヌは思った。少女ではドラッドに打ち勝ってガラフをどけることはできないだろう。

「ティキ、ここにいて。」

自分たちの下で剣舞と地面のうねりを傍観している受験生を見やって、溜息に呆れを込め、そのままドラッドの元へ飛び降りた。


 地面に降り立つときに、地面のレンガを少し砕く。浮かせて持ち上げ、ドラッドに投げつけつつ、それが加速してドラッドにぶつかる様子を想像する。

 そのまままっすぐ彼にぶつかってくれればシメたものだ、と思いつつ、そうはいかない現実に二度ため息をつく。

 その石は、シーヌとドラッドの中心で、お互いの魔法が干渉しあう光を散らせながら留まっていた。

 シーヌが右脚を振りぬき、もう一つの石を蹴り飛ばす。それは彼の魔法に操られ、大きく迂回をしてドラッドの後ろから襲い掛かろうとして……それすらも止まられた。

 ドラッドの正面に2つ、後方に1つ。そして赤組の少女を阻むための魔法。

 彼の想像力は、それらすべてを阻むことに利用されてなお、途切れることがなかったようだ。


 ドラッド=アレイの異名は『隻脚の魔法師』。失われた片足を魔法で再現することで、両足で地面に立つ男だ。

 彼の右脚が消えていない。それはつまり、それを再現し続けられる余裕があることの証明に他ならない。

 シーヌは少し歯噛みした。このままでは、彼らはきっと、他の傭兵を追いかけることすらできずに門の前で立ち往生することになるかもしれない、と。

 そう、そう感じてしまったから。打開策を考えるために、今の魔法を維持したまま、さらに思考を巡らせ始めた。


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