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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
黒鉄の天使編
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かつての天才

「足手まといになんか、ならないんだもん!」

シーヌの身体が外気に触れたとき、もう聞きなれたその声が、まるで子供が叫ぶかのように、響き渡った。


 ここに向かってくる最中に襲撃があるかもしれない。それは、ワデシャに謁見の様子を伝えられたシーヌが、ティキに伝えた台詞だ。

 だからこそ、ワデシャとアフィータを護衛につけるように、とも忠告した。実際、そうしたのだろうということも、声をした方を向くとよくわかる。


 ティキの身体が倒れ始める。直前に、素晴らしいまでの意思を感じ、4人の敵全員がその動きを封じられていた。

(才能、だよね)

シーヌは思う。ティキは、明らかに自分より魔法の才能が上だと。

 4枚の翼が目に映った。紅。黒。白。黄。そして、倒れ伏す、ティキの姿。


 心の中の枷が、外れていくのを感じた。今まで行ってきた復讐でも、外さなかったいくつかが。“復讐”の奇跡をもつ自分の、ありとあらゆる全てが、解き放たれていく感覚。

(あぁ、ティキは、もう)

そんなことを、思ったのを最後にして。




 シーヌは、『飛んだ』。

 今までシーヌがやってきた空中での移動手段は、空気圧の足場を作り出し、その上を駆けるということ。シーヌは、未だ一度も、空を飛んだことはなかった。

 空気を切る轟音を響かせながら、同時に“不感知”によって姿を隠す。音も自然と消え、右手に持つ杖に集中した光さえも、“不感知”によって認識されない。

 本能が、シーヌにそのまま光を放出させた。元々の狙いは、アグランの真表面、避け得ない至近距離からの砲撃。しかし、シーヌはそれを『してはならない』と感じた。


 圧倒的な光の奔流が、ワデシャがクトリスを呑み込んだとき以上のとんでもない暴力が、アグランの胴体めがけて翔んでいく。

 しかし、シーヌの本能がどうして危険を叫んだのか。それを証明するかのように、アグランに当たらずに何かに飲み込まれていく。

「あれは、フィナの……!」

氷の中に閉じ込められた彼女が、アグランを守るために魔法を使えるはずがない。

 つまりは、アグラン自身がその魔法を使ったということ。だが、シーヌはそんなことは考えなかった。


 今のシーヌに、理性はない。アグランを殺すという、その目標以外を覚えていない、本能で戦うけだものだ。

 左手に握った剣の切っ先。右手に握った杖の先端。アグランとの距離は離れたまま、彼は両手に握った武器から光を放つ。

 放った光は、途中で軌道を変えつつアグランに迫る。しかし、当たりはしない。さっきと同様、何か穴のようなものに呑み込まれていく。


 2本とも呑まれた時点で、シーヌは光を割いた。光の奔流の中心辺りで、二本の光線が四本に変わる。

 背後に回り込んだその二本も、アグランに当たった様子はない。しかし、彼はそれも予想していたのだろう。四本は、やがて八本になった。




 光が百を越えた辺りだろうか。ワデシャの、クトリス殺しの光の矢よりも細く、ワデシャの光の矢より高威力。そんな攻撃に晒されているアグランの額から、汗が一筋伝うことになったのは。

「な、んなのだ、こいつは?」

ペネホイの得意魔法、炎の円陣を広げて守りを強化する。近くの家が燃え始めるが、そんなことに気を使うような余裕は、今のアグランにはない。

「理性が、ない……。」

視力を強化した彼が、一面を覆うような光に眼球を痛めながらも見た、シーヌの瞳。

 色を失っているそれに、アグランは一縷の望みをかけた。

「フィナ、ペネホイ、アリュート!」

叫ぶ。ペネホイはすでに目を覚まし、フィナを覆っていた氷はアグランの炎によって溶けている。

王都の屋根の先端をS極と仮定。黄色の翼をN極と仮定。アグランは、“伝達の黄翼”に教えられた技術を使って、逃走を図った。


 グン、と力強く引かれる身体。その寸前に、後ろの光を上空にいるアリュートとともに一掃する。

 作り出された隙間にアグランの身体が滑り込まれると同時、フィナとペネホイはアグランの両足に抱きついた。


 “伝達の黄翼”の得意とした移動術。しかし、理性を排したシーヌは、その移動術の前兆……即ち、逃げようとする動きそのものを読み取っていた。

 逃げるアグランと、追う光。縮地法に近い逃亡でさえ、光の速度の前では敵わない。


「魔法概念“忠誠”。冠された名は、“殿軍”。」

ザシュッと、いう音が鳴った。アリュートの黒い翼が、その中腹でアグランたちの身を護っている。

「アグラン様、行かれなさいませ!この敵、ケイ卿には些か分が悪く!」

あなたが彼と戦わなければなりませぬ、という言葉は、いう余裕はなかった。

「敵の名は、シーヌ。一度ケイ卿の考えを否定した、あのシーヌ=アニャーラでございます!」

アグランは、電撃でも食らったかのように、自身の身を護る“悪夢の暗翼”アリュートを見つめる。


 彼は、アグランは、配下の魔法技術は使えても、知らないことがいくつもあった。

「アリュート、お前は……」

そんな三念だったのか。声にならない声が呻く。アグランのために、死ぬ。そういうかのような三念に、アグランは向けられた忠誠の重さを初めて知って。


「死ぬなよ、アリュート!いや、お前は、死なない!」

精神論のような暴論を、アグランは叫ぶ。どんどん身体は城の方へと引かれていき、その戦闘現場が豆粒のようになっていって。


 城の屋根に着地して、30分。夜明けを告げる太陽と、それより眩い閃光が暗い空を照らし、アグランはアリュートが死んだことを感じた。




 “忠誠”、“殿軍”。撤退戦において、最後に引き上げる部隊のことを指すその三念は、彼ら“四翼”にとって最悪の意味を持つ。

 “黒鉄の天使”ケイ=アルスタン=ネモンが率いるその軍隊の撤退は、敗北とほぼ同義だ。


 そして、一番死ぬ確率の高くなる殿軍に、アグランやその他の“四翼”がなることはまずない。そんな死地に彼らが訪れる時は、それだけ状況が絶望的な時だけだ。


 ゆえに。すでに勝ち目がなく、撤退戦で絶対的に時間稼ぎが必要なときは。

「俺が、最初に死ぬ。なぜなら、俺が、四翼中で、最も強いからだ!」

次々に迫りくる光は、闇の砲撃が呑み込んでいく。影ではなく闇に属する力を使う彼に、光の攻撃は通用しない。


 それを悟ったのか、シーヌは、魔法をそのまま炎に切り替えた。炎を呑むわけにはいかないのか、アリュートは全ての攻撃を相殺するように闇を送り出し続けている。

「“悪夢の暗翼”。その名前の由来を、教えてやる、よ!」

アリュートが叫び、シーヌに向けて黒い何かを放り投げ……




 シーヌは、アリュートが投げたそれを、脅威ではないと認識した。なぜかはわからないが、触れても死なないと判断した。

 ゆえに、迎撃行動は何もとらず、無防備にその攻撃を受け止める。肩にそれが触れ、ダメージにならずに身体の中に呑み込まれる。

 それでも、シーヌ自身は遠慮なくアリュートの身体を目掛けて魔法を放ち続けていた。




 ……………………。

 理性を失った自分が暴走する様を、夢でも見るような感覚でシーヌは見ていた。

 アグランを逃がしてしまい、それでもアリュートが残った。少なくとも彼が討ち果たされるまで、暴走は収まらないとシーヌは見ている。


 そういえば、自分は天才と呼ばれたんだ、なんてことを思い出す。

 クロウ最大の天才、シーヌ=アニャーラ。そう、それが、かつての自分だった。

 今より器用に魔法を使いこなし、今より多彩な魔法を持っていて、今より平穏な生を謳歌していた、あの頃の自分。

 暴走している間の、この自分は、まるであの頃の自分がそのまま憎悪を抱いて成長していたようだ。


「これが、本当の自分なのかな?」

呟く。違和感なく、恐怖なく、純粋に自分だと受け入れられる、子供の癇癪のような自分。

 そう。今の自分は、これを抑えるために作り上げた、偽りの自分であったのだ。それを素直に受け入れた。

「ティキのことは、本当に好きなんだ。」

 シーヌによって完全に守られているティキを見る。悔しそうな表情をしたまま眠っている彼女を、間違いなくシーヌは大切に思っていた。


「いつまで理性を投げている気だ?」

聞こえた声が、かつての仇、アリュート=ギド=メアのものであることを、シーヌはすぐさま気づいた。

「あの闇は、このためのものか。」

入り込んできた彼に対して、シーヌは笑みを浮かべて応じた。

「俺の、元々の三念だ。……アグラン様と会う以前の、な。」

「知っているよ。もともと、“悪夢の暗翼”はそちらから名をもらっているんだってね?」

声しか、聞こえない。姿が見えるわけではない。


 アリュート=ギド=メア。彼の、いや、“四翼”の半生は、“盟約の四翼”アグラン=ヴェノールとは共にない。

 しかし、彼らの名自体はそれより以前から存在し……その魔法とともに、有名であった。


 闇を纏い、闇で呑み込み、そして夢に現れ悪夢を魅せる。アリュートの魔法は、昔はひたすら夜に属するものとして有名であった。

 ゆえに、彼がこのようにシーヌの意識に直接語りかけてきていることに、特段彼は驚かない。


「で、悪夢は見せないの?」

シーヌはどこともなく訊ねる。武器も何もない彼の意識は、非常に無防備であった。

「夢ではないからな、ここは。無理だ。」

言われながらも、シーヌは自身の思考にキリキリと痛みを感じ始めているのを自覚した。

「悪夢を見せられないなら、何が目的なのさ?」

それに疑問を抱きつつも、シーヌは話を進める。

「理性を取り戻してもらうこと、だ。ありがたいことに、一度理性を飛ばしたやつとの戦闘経験があってな。」

これが人生の差かぁ、などと呑気に考えた、次の瞬間、とんでもない頭痛が走った。そして、自身を俯瞰しているその視点が、徐々に自分の身体に引き寄せられていく。




「……何をした?」

「自分というものを認識させただけだ。シーヌ=アニャーラという人間を。」

本能で放っていた魔法が止まる。もともと理詰めを放棄することで出来ていた演算が、理性の帰還で出来なくなったのだ。

 復讐以外の余計な思考を与えられたシーヌは、だからこそ。

「……そうか。それなら、ちょうどいい。」

さっき暴走している間にどうやって魔法を使い続けたのかを思い出しながら。

「ならば冷静に殺してやる、“悪夢の暗翼”!」

どす黒い何かを身に纏わせて、シーヌは仇に向けて掌を向けた。

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