計画的奇襲
ティキがシトライア冒険者組合支部に向かったのは、謁見の次の日の夜である。ワデシャに国王命令を伝えられた彼女は、上機嫌に支部へと向かっていた。
国王による、元帥と宰相殺害命令。それは暗黙の内に、ティキたちにとって一つの許可が出されたも当然のことがある。
街並み破壊許可。いくら冒険者組合員が外法のもので、国家の法で裁くことが出来ないとはいえ、数十軒規模での破壊行動を行った場合、流石に弁償くらいはしなければならない。
ばらまけるほどのお金の持ち合わせがないティキたちにとって、周囲に気配りをせずに戦っていいと言う許可はありがたいものだった。
もう暗くなった街の中を、スキップでもするかのように軽く跳びはねながら進む。大きな通りを抜けて、細い道へ。声をかけてきたり、怒鳴りながら殴りかかってきたチンピラたちを無視しつつ、入り組んだ道へ。
無意識に近づく人を魔法で弾き返ししながら、ティキは冒険者組合支部に向かってひたすら跳ねていた。
ゴッ、と、20人目だろうか?ティキが吹き飛ばした時だった。冒険者組合支部へは、あと半キロもない距離で、三人の人物に同時に襲撃されたのは。
「……しつこいよ。」
立ち上がって即座に反転、三度目の襲撃をしかけてきた白髪のお婆さんに、刃の連射を叩きつける。
「ッ!」
何かに吸収され、似たような剣の弾丸がティキの方へ向かってきたのを見て、始めて彼女は襲撃者を敵だと認識した。
今までよりも高く跳躍して、弾幕を回避する。同時にティキは相手をしている敵の姿をよく見た。
「あなたは確か、謁見のときにいた……」
「覚えていたのですか、ティキ様。“湖上の白翼”フィナ=ギド=アトルともうします。」
丁寧な語を使いながら、水の弾を撃ちだしてくる彼女を、ティキは以外そうに見つめた。
「最初に手を出してくるのはあなたではないと思ってました……ワデシャさん!」
遠くからティキを護衛していたワデシャが、次々と弓を放つ。その対象は、今ティキに正面から襲いかかっているフィナではなく……。
ティキの背後で、燃えるような熱さとともに炎の放つ光が煌めいた。
“葬儀の紅翼”ペネホイが不意をつこうとした攻撃を阻む形で、ワデシャは矢を射たのだ。
それは同時に、フィナの攻撃をティキが自力で対処しなければならなくなったことを意味している。
剣を一本だけ形成したティキは、そこに冷気を纏わせて斬りかかる。
その姿は不格好で、空中であるから姿勢も悪く、とても剣を振っているとは思えないフォームであったが……フィナに当たると思わせられれば、彼女は回避をするだろう。
ティキの狙いはそこにあって、フィナはそれをわかった上で回避をしなかった。
回避をしなくても、傷つかない。フィナはそんな確信をもって振り抜かれる剣に飛び込んだ。
“湖上の白翼”フィナは、水地化と水流操作に長けた魔法使いである。そう、ティキはシーヌから聞いていた。
水地化の対象には、大地や部屋、マット。あるいは武器、服。そんな彼女の外にあるものだけが対象ではない。
フィナは自分自身を水にすることで、ティキの剣撃をやり過ごし、自分の身体を刃が通りすぎたあとにティキの頭を掴み、水で覆い窒息させ、気絶を図った。
彼女のその試みは、ほぼ成功していたと言っていいだろう……ティキが、剣を冷気で覆っていなければ。
シーヌに魔法の特性を聞いて、戦闘になって。それで対策を立てないなら、負ける可能性が高い。ティキは、セーゲルにいる間に読んだ戦闘指南書に従って、きちんと準備を整えていた。
冷気を纏った剣は、そのまま水体化したフィナの右腕を凍らせる。腕が使い物にならなくなったことに気づいたフィナは、手遅れになる前に右側に展開した白翼を羽ばたかせてその場から離れた。
「……対策は立てられていますか。」
新たに作り出した水で凍りついた腕を溶かしながら、忌々しそうにフィナは言った。
しかし、ティキも苦々しげにフィナを見て、どうしようかと悩む。
遠距離魔法攻撃は、どういう理屈かフィナに効かない。近距離戦闘は水化してフィナに回避される。
初撃で決められなかった時点で、ティキはフィナに対する決定打を欠くことになった。昼間であったり、戦況如何によってはティキが勝つのは出来たかもしれない。
「ぬぁ!?」
まだ着地できていないティキのさらに頭上から、ティキに蹴りをかましてきた襲撃者が、再び何かに弾き飛ばされる。これまで以上の攻撃を向けられていたからか、弾き飛ばされた速度もそれなりの威力であった。
その襲撃者が着地する直前を狙って、剣を握った女が逆襲をしかける。
ティキではなく、アフィータだ。ワデシャ同様、ティキの護衛役として駆り出されていた彼女も、その襲撃者相手に斬り込んでいく。
シーヌがアフィータに教えた魔法の一つは、反撃だ。防御特化の彼女は、誰かと二人いなければ攻撃する手段を持たない。
そんな人は使い物にならないから、と攻撃を吸収、再放出という過程を、そのためのイメージを練らせるように書いていた。
幸いなことに、アフィータはその方法をすぐに覚えた。彼女は反撃の手段を持たないセーゲルに、不満を抱いていたのだろうとティキは推測している。
純粋な剣技の方はカレスの模倣だが、それでもこれで単純に戦力として数えられるようになった、とティキは思う。
襲撃者……“悪夢の暗翼”アリュート=ギド=メアは、左側に黒い翼を展開して、上空へと難を逃れた。
奇しくも状況は3対3。遠く離れた位置にワデシャがいて、ティキとアフィータが並んで上空を見上げる。
敵3人、ルドーに遺された三翼は、宙に浮いたまま憎いものを見るように、ただティキ一人を見つめていた。
「襲撃は予想していましたが……まさか、3人でくるとは思っていませんでした。アリュート一人で来るだろう、と予想されていたのですけれど。」
全く警戒心を解かぬままに、ティキが三翼に話しかける。シーヌのために少しでも情報を引き出そうと、彼女は奮闘するつもりでいた。
「残念ですねぇ。四人なんですよぉぉ!」
首元に、なにかが触れて再び弾き飛ばされた。
それは、敵意なく、捕まえる以上の目的もなく差し出された腕。だから、彼はあまり弾き飛ばされず……ただ、その場でティキを値踏みするように眺めていた。
気持ち悪い。その老人から放たれる視線を感じて、怖気を感じて硬直する。
「ペネホイ。セーゲルの聖女の方を攻撃しなさい。」
彼が囁くように言ったその台詞に反応したのは、命令されたペネホイと、彼女を守りたいワデシャだった。
きっとワデシャは、ティキの背に立つ老人の声を聞いたわけではない。ペネホイがアフィータを狙った動きを見て、反射的に迎撃したのだろう。
結果として、ペネホイの熱線はアフィータの肌を焦がすことなく、ワデシャの放った光の柱によって遮られた。
ワデシャは、矢を放つという形さえ取れば自由に魔法を使えるのだ。放ったのが矢でさえあれば、放たれた矢がどんな形に変形しようと、ワデシャが弓使いであるという事実は変わらない。
光で周囲が照らされたことで、ティキやアフィータも襲撃者たちを全員見つめることが叶った。
暗い夜の中で、煌々と輝く光の柱の向こう側に、3人の男女がいた。
燃えるような紅い髪に、紅い線の入った黒いコートを着た男。“葬儀の紅翼”ペネホイ=テスター。
水色の衣の上に銀の鎧を着た、年齢に合わない格好の女性。白髪なのか銀髪なのか、遠くからではよくわからないほど髪が白い老婆、“湖上の白翼”フィナ=ギド=アトル。
そして、黒に染められた髪と黒い正装。夜の襲撃に最も適した衣装を着た男、アリュート=ギド=メア。
そして、ティキが恐る恐る振り返った先にいた、右側に黄色と白、左側に紅と黒の翼を生やした、文官衣装の老人。“盟約の四翼”アグラン=ヴェノール。
「気持ち悪い、というか、違和感が凄いです。」
アフィータのポツリとした呟きに、ティキも大きく頷いた。
「年齢と服装があっていませんから……彼らだけで通じるルールであるのでしょうか?」
「いえ、ただの昔からの慣れです。」
気持ち悪い、歳を考えろという抗議に、ため息をつくようにフィナが応えた。風に乗って、
「アグラン様か命令したから嫌々、何てことはないです。」
と聞こえた言葉は、きっと気にしてはいけないのだろう、とティキは思った。
ペネホイが熱線を撃ち続けることを止めると同時に、ワデシャも光の柱を消し去り、再び暗闇が訪れる。
暗くなった瞬間、ティキは前方3人に向けて走り出した。アフィータもそれに続く。
この場で目の前の3人を殺す。ティキはシーヌの計画の無茶振りを考えると、それが必要だろうと思い、行動に移した。
光、水、氷、炎、風、岩、剣。次々と礫サイズのそれらを産み出しては投げつける。それらは全てフィナの魔法によって返されるが……アフィータがさらに反射で返す。
「氷と水の礫だけは、ペネホイとアリュートが対処していますね。」
“庇護”に反応して触れた魔法を、端から同威力で返し続けているアフィータが言った。
おそらく、“庇護”の壁に反応した魔法をある程度認識しているのだろう。触れていないのはどの魔法か、見分けているのかな、とティキは感じていた。
アリュートの魔法は、黒い。闇に属するもの、とかいう区分ではなく、火も水も全て黒い。
だから、ティキの放ったまほうが打ち消されたとしても闇に呑まれたようにしか見えない、という点が厄介極まりなかった。
ペネホイの魔法に至っては、どうなっているのかティキは全くわからなかった。急に水と氷の水塊が消えるのだ。理屈も、何が起こっているのかも全くわからなかった。
暗闇に戻って、ティキ、アフィータと敵の三翼との衝突からほんの数十秒。
アグランが、完全にティキたちに無視されている、と気づくまでに要した時間は、それだけかかった。
言うまでもないが、この場に集った七人の中で一番強いのは、アグランである。それは三翼が最も認めているし、ティキやアフィータ、遠く離れたワデシャでさえも放たれるそのプレッシャーに冷や汗をかいていた。
しかし、それでも彼女たちはアグランを無視した。勝負にならないと判断したのと、今後のために三翼を葬るのを優先したためである。
だが……無視されたアグランが、そのプライドを傷つけられて激昂するのは、彼女たちが考えておくべきことだっただろう。
放置されたことにアグランが気づいた、その次の瞬間。ティキたちはアグランが動いたことに気づく間も無く、近くの建物に叩きつけられ、地面を這わされていたのだから。
“庇護”で護られたティキですら、無傷ではなかった。アフィータの“庇護”は誰かが受ける攻撃を無効化させる、彼女の持つ“三念”であるが……意思力、あるいは感情の強さで魔法の威力が変わるというルールの中で、アフィータが意思力で負ければ、“庇護”を越えて相手に傷を与えられる。
ティキは衝撃が多少緩和されていたため、立ち上がれた。アフィータはしばらく使い物にならないだろう。立ち上がるような気力が残っているとも思えなかった。
遠くにいるワデシャは別にして、1対4。絶望的な状況で、それでもティキは戦おうとした。
冒険者組合支部はあと半キロ先。そこまで駆ける前に、ティキは彼らに捕まる。
「今、ここで。」
ポツリと呟く。もう立ちたくないと叫ぶ膝に活を入れ、身体を支えたくないと悲鳴を上げる腹筋に力を入れて、前を向きたくないと逃げようとする首を上へと向ける。
「足手まといになんか、ならないんだもん!」
子供のような台詞を、大声で叫んだ。隆起させた地面が軽々とアリュートの身体を持ち上げ、作り出された水塊がフィナの身体を覆って凍りつく。
闇のなかから襲撃してきたペネホイが、とんでもない熱気を拳に集約させてティキの顔を狙ってきたのを、ペガサスにやったように風で地面に押さえつけたティキは、アグランの方へとただひたすらに剣を降らせた。
魔法というのは、想像力で現象を起こし、意思力で威力が変わる。それだけの数の魔法、
想像力を駆使して、脳に負荷をかけないわけがない。
ただでさえ、ここまでの戦闘でだいぶと頭を使わされ、さっきは初めて身体にまともな痛みを与えられたのだ。
(ごめん、シーヌ……)
自分の不甲斐なさを嘆きながら、ティキは、入学時ぶりに、魔法の使いすぎで気絶を体験した。
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