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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
忘恩の商人
73/314

忘恩の商人(下)

 私はセーゲルの軍隊に捕まり、セーゲルの地下牢に閉じ込められた。

 もう私は何百人という数のセーゲルの兵士を殺している。彼らが私を許すことはないだろう。

「あなたの処遇について、なんですが……。」

気の弱い少女、アフィータ=クシャータが地下牢の前に立って私に話しかける頃には、私は死ぬ覚悟がとうにできていた。


「ダメだね。あんたは死なせてやらないよ。」 

裁判の場に乱入してきたお婆さんによって、私の死刑判決は阻止された。命拾いしたと喜べばいいのか、贖罪のチャンスを失ったと嘆けばいいのか、わからなかった。


「セーゲルと一緒にルックワーツと戦ってもらおうか。故郷に一度弓を引いたんだ。二度目でも引けるだろう?」

私が彼らに保護される経緯を話したときに、避けられなかった話である。故郷に弓を引いた。今更ながらに、そうしたことへの後悔が沸き起こっていた。


「……承知、しました。」

それでも、引き受けた。当然だ。私は、師を止めねばならぬと思っていた。

 結果故郷に弓を引くことになっても、赤竜クトリスにまつわる全ての元凶が故郷なのであれば、二度家族をクトリスに奪われた私は、故郷に弓を引かなければならなかった。


 ざわざわと傍聴席がざわめく。彼女が言い渡した台詞も、私がさほど間を置かずに即答したことも、セーゲルの人たちにとっては予想外だったのだろう。

 それでも文句を言わないのは、彼女がそれだけの権力者だからか、それとも他に何かあるのか。


「キャッツ様、どうしてですか?」

アフィータが彼女に疑問を投げかける。彼女はまだ若いから、多少のことはお目こぼしされているのだろう。

「恨みの力はね、犠牲も多いが、強いんだよ。そこの男はその強さを持っているのさ。ルックワーツにクトリスがいるなら、その男の力は必要不可欠だね。」 

何を言っているのだ。アフィータはそう言うかのように首を傾げていたが、私は驚いて彼女を見た。

 キャッツと呼ばれた彼女の側に座る、彼女と同じ年の老齢の男性と、私と同じ年の頃の男は、うんうんと頷いていて。

(彼女がセーゲルの長……キャッツ=ネメシア=セーゲル)

年の頃、20。ルックワーツとセーゲル間の戦争をはじめて六年。私は、セーゲルの長と初めて対面し……ルックワーツを、裏切った。




 私はアフィータの軍に配属された。おそらく、彼女の特性“庇護”が私を守るのに最適だったからだ。

 私の上司である聖人会の人々との衝突を回避し続けるために、私は彼らのやり方の中で私の実力を発揮した。

 カレス将軍の軍隊に所属すれば、私は私のやり方を貫いて戦えたのかもしれない。いや、戦えた。

 しかし、裏切り者の身分で贅沢は言えない。師への恨みや絶望感と相まって、私の体は相当ストレスに参っていた。


 あれから2年目の小競り合いの最中だった。どう考えても異常なくらいの身体能力を持つ兵士たちが現れて、セーゲルを追い詰め始めたのは。

 その兵士の振る剣を、見極められずに一人の兵士の首が飛ぶ。突き出される槍を避けられずに、三人の兵士が串刺しにされる。

 この日から、練度のルックワーツと数のセーゲルというようにバランスを保っていた小競り合いの均衡が、崩れた。


 ルックワーツの兵士たちの実力が圧倒的に飛躍した理由。そんなの、私はわかっている。

 あの日、師と訣別した日、師が言った言葉。

「クトリスの血を飲み、ルックワーツに一生を捧げるか、私の手で殺されるか、選べ。」

そう。きっと、師は。竜の血を、兵士に飲ませたのだ。

 竜の血は、ある意味毒だ。それなりの器がないと、飲んだら死ぬ。この街の冒険者組合員、バグーリダは私を呼び止めてそう言った。

 彼は、私が何を見てきたか知っているのだ。何を聞いてきたか知っているのだ。私は戦慄した。


 余談だが、私はその日初めてバグーリダに会った。つまり、セーゲルで何があったのか、私は彼に説明していない。

 その状況で言われたその台詞に、私は冒険者組合の情報量の多さを恐れたものだ。同時に、そこまで知っていてなぜ止めてくれなかったのか、とも思った。

 わかっている。ただの八つ当たりだ。正義感が強く、不幸になるものを助けようなどと思う人たちは、冒険者組合になんか入ったりしない……。




 ルックワーツの超兵。彼らが出てくるようになって、セーゲルでは戦死者が増え始めていた。

 かくいう私も、何人の部下を殺してきたのかわからない。その大半は、セーゲルの方針に従ったがゆえの死亡者だった。

 もちろん、アフィータはそれ以上の兵士を救っている。それ以上の民の命を助けている。けれど、それでも、私の目の前で散っていった命は、私が全力で戦っていれば救えたものだった。


 そうして、二年。セーゲルは超兵と戦って生き残ってきた精鋭が揃う。それは即ち、生き残り、逃げ延びることに長けたものたちの集団で。

 それでも、師を相手にするには役不足すぎた。あるときに出陣してきた彼は、セーゲルの兵士たちを平然と殺し続ける。

「アフィータ=クシャータ!」

私は無意識に、彼女のもとへと走っていた。彼女を貫こうとする矢を、その身を呈して庇う。

「……ワデシャさん?」

アフィータは呆然と呟く。当然だ、私は彼女を庇うほど、交流があったわけではない。


「撤退命令を、出してください。」

言った。言った瞬間、何かが頭の中で弾けとぶような、そんな感覚がした。

 弓を引いて、軍の先頭に出る。私を庇うものは誰もおらず、ルックワーツの超兵たちにただ一人身を晒す。


 ガレットは後ろの兵士たちが撤退していくのをみて、手を振りながら去っていった。ならば、この中に私に勝てるものはそういない。

 私は矢を放った。ズキズキと痛む肩から意識を背け、何か言いたげに見つめてくるアフィータを意識の外に追いやって、弓の弦から手を放す。


 先頭を走ってきていた兵士の頭蓋を撃ち抜いた。あれに反応できなかった時点で、彼はクトリスの血を飲んではいないだろう。

 次の矢は、弾かれた。弾き飛ばそうとした兵が矢を反らし、彼自身も数歩、後退した。


 師と直接戦える実力をもつに至った私にしたら、驚きだ。まさか、反応するだけではなく殺し損ねるとは思っていなかった。

 矢がなくても、作り出して次々と放つ。セーゲル軍撤退までの時間稼ぎとルックワーツの兵力削りが、私一人の犠牲で成し遂げられるのなら私にとっては十分だった。


 全力を出す。弓を引き、敵の矢を弾き、閃光と騒音で敵の動揺を誘い。

 気づけば、たった51人になっていた。私と、ルックワーツの50人。

 彼らは皆、超兵だろう。身体能力、技能ともに常人を逸しているし、近接戦闘になれば私とて一蹴されかねない。

 その彼らが、連携を組んで私の方へと向かってくる。たった51人の戦争。

 50人の放った矢が、たった一人の私の矢によって打ち消される。逆に私の放った矢は、50人がその抜きん出た技倆で相殺を図りながら、足りなかった分は槍や斧で止めを指す。


 小一時間ほど続けた辺りで、私と彼らの間で無言の協定が成立した。

 今回は痛み分け、両者撤退、と。そうして私はセーゲルへと帰り……アフィータと、婚約した。




 婚約した過程や恋愛話などは、アフィータの人生であるから、私が話すことはしない。ただ、惚れたのは彼女で、負けたのは私であることは間違いない。


 婚約して、大切なものを得て、私は決意した。このままではいけない。今のセーゲルでは、これからのルックワーツには勝てない。

 初陣から6年、裏切りから4年、婚約から1年。

 私が22歳の春の終わりに、私はセーゲルを出た。目指すは王都シトライア。

 国王陛下に、ルックワーツ討伐の資金を援助してもらうために、商人に扮して外へと向かうことになったのだ。




 当代ネスティア国王フェドム=ノア=アゲノスは、ルックワーツとガレットの秘密を売りたいと目通りを願ってきた商人の話を聞いて、摘まみ出せと命令した。

 確かに、ルックワーツは目障りだ。セーゲルにちょっかいをかけ、しかもなぶるように攻めるものだから決着がつかない。

 国としては、厄介というか面倒極まりない都市である。


 しかし、粛清するにはこの都市は実力を持ちすぎている。兵士の数こそ少ないが、“赤竜殺しの英雄”ガレットの鍛え上げた兵士たちの練度は王都の兵士に匹敵するのだ。

 だから、無視を決め込むことにしていたフェドムは、その知らせを一蹴したのだが……


 国に持ち込まれた書類に目を通すのも、国王の職務である。だから、昼間にルックワーツとガレットに関する秘密を売ろうとする商人の申請書類にも目を通した。

「ほう?これは……面白い。」

申請者、ワデシャ=クロイサ。“英雄に比肩する弟子”として名を馳せたこともある、ルックワーツの三人目の傑物。


 彼がセーゲルに出奔していたのは知っていたが……そうか、と呟き、手元の鈴を鳴らして兵士を呼ぶ。

「ワデシャ=クロイサを呼べ。昼間に来たルックワーツ関連の商人だ。」

ネスティア国王は、彼という人間に、価値を見いだして面会許可を出した。




「お初にお目にかかります、国王陛下。私は」

「セーゲルのワデシャ=クロイサ。最近では“遠間の武人”だったか?」

国王陛下は私と個人的にお会いになられた。広間で行う場合の謁見は必ず誰かが付き添っている。そんな中で、ルックワーツ関連の情報を開示されるわけにはいかないという判断からだと伝えられる。

「いえ、“近接の武人”カレス=セーゲル=アリエステンほどの強さは私にはありません。その名で呼ぶのはご勘弁頂きたく。」

「よい。では、情報を述べよ。」

セーゲルの攻撃の要だと伝えるような渾名を、頭を振って拒絶する。

 そして、つい、気になった事項を聞いた。


「“黒鉄の天使”と“盟約の四翼”のお二方はどこへ?」

「冒険者組合からの命令でクロウとか言う街へ出陣した。確かルックワーツのガレットも呼び出されていたはずだ。」

私はそのとき、愕然としたものだ。この国最強の二人を呼び出してなお、念押しのように師まで引っ張り出そうとする冒険者組合に。

 そして、そこまでさせるクロウという街についても、だ。

「で、あるがゆえに二人での謁見が叶っておる。はよう、述べよ。」

急かされて、私は首を飛ばされる覚悟をした。

「その情報に、国王陛下はどれだけの価値をつけていただけますか?」


 ルックワーツを滅ぼすために必要な武器防具と定期的な資金援助、ルックワーツにおける国王が持つ全情報。

 結果として、私のもたらした情報は、それを全て得るには足りず、セーゲルのために私は個人で借金を作った。

 その代わりに、都市の内部、秘密の通路を含む全ての構造、セーゲル軍当時二万に行き渡る武器防具、メンテナンスのための職人を、セーゲルは得た。

「わかっておるな、必ず返せよ、ワデシャ=クロイサ。」

頭を垂れて退室する。それから、十年。ひたすらルックワーツと戦い、武器が整っても均衡が崩れることはなく……


 受けた恩は、膨大だ。そして、返す機会を10年、待っていただいた。

 であれば、私は今、国王陛下の命令に逆らうことなどできはしない。それが、たとえ真意を読み取れぬことであろうとも、だ。

「我が友、“黒鉄の天使”ケイ=アルスタン=ネモン元帥と“盟約の四翼”アグラン=ヴェノール宰相を、殺せ。」

その命令に、私は逆らうことはできない。

 逆らってしまえば、私は恩を返すことができなくなる。

 私と彼の公式謁見は今日が初めてだったが、その日に行われたこの個人面談が、私にとってここまで無理難題とは思わなかった。


 本物の“忘恩の商人”にならないために、アフィータと結婚するためにも。

 私は、シーヌとどう会おうかと頭を巡らせ始めた。

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