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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
忘恩の商人
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忘恩の商人(上)

 人には、どうしても印象に残るほどの人生の転機がいくつかある。ワデシャ=クロイサもその例に漏れない。

 最初の転機には、私は何もできなかった。


 まだクトリスの暴走が問題視されていなかった頃だ。私にとって最初の転機が訪れたのは。

 問題視されていなかったその頃でも、彼が暴れ狂うことは度々あって……その一つに、私の家があった村は襲われた。


 見慣れた女性の服がクトリスの口に咥えられていた。見慣れた男性のズボンがクトリスの脚に踏み抜かれている。

 燃え盛る炎。焼け落ちる家。私の目には、たった6年の全てが崩れ落ち燃え尽きる姿が目に写っていた。


 昔……あの頃の私が、そのまま孤児にでもなっていたら、私はシーヌと似たような人生を送っていたのかもしれない。だが、現実はそうではなかった。

 ルックワーツに勤務していた兵士たちがクトリスの被害を抑えるために駆け寄ってきて……何を思ったのか、赤竜は住処へと帰っていった。


 今なら、あれがどういうことかわかる。ルックワーツの……師匠の執事、ベスティナによって理性を溶かされ始めていたクトリスの暴走。

 彼はあくまで被害者でしかなかったと、今は知っている。




 家族を失い、行く宛のなかった私は、ルックワーツの兵士の家で育てられ始めた。彼はとても優しい人で、厳しい人だった。

 銭石の計算方法を教えてくれたのも、弓の使い方を教えてくれたのも、惜しみ無い愛情を与えてくれたのも、その全てが彼によるものだ。

 おかげで私は12になるまで幸せを噛み締めて生きた。生き方を知った。楽しみを知った。

 あの頃の六年間は、ワデシャ=クロイサにとってとても大切なものだった。


 本当の両親の姓を、私は知らない。私を育ててくれた義父は結婚していなかったので、私は義父の姓をそのままもらった。

 一回目の転機は、そう、義父に拾われて育てられている間だと思っている。私は、そう。そこで今の私を作った。




 次の転機は、その義父が死んでしまったときだ。それから悪化しはじめていた赤竜クトリスを討つため、有能な兵士がたくさん必要になったときだ。

 義父はクトリスと会ったことがあるという理由で連れ出され、兵士として死んだ。

 今で言う『赤竜暴走事件』は、こうして私と関わった。クトリスによって両親を失った私は、クトリスによって義父も奪われた。


 私がそれを知ったのは、私にお悔やみを述べに来た義父の上司によってである。

 唯一の生き残りにして上位の竜を殺した英雄となった男である。

 義父によって何度も彼の自慢話を聞かされていた私が最初に思ったのは、彼が義父の尊敬する上司か、だけである。


 しかし、彼の話を聞くにつれて怒りと悲しみが膨れて膨れて膨れ上がった。

 この時に私は“赤竜殺しの英雄”ガレット=ヒルデナ=アリリードによって引き取られ、彼の教えを乞いながら弓をはじめとした武道に邁進することになる。




「ワデシャ。女性との出会いは大切にしなさい。そうでないと行き遅れるよ。」

義父が言っていた台詞は、今でも覚えている。

 彼のあの時の結婚できなかったことを嘆く台詞は、今でも時々夢に見るのだ。

 その度に、ここ最近はいつも答える。大丈夫、私は婚約者ができました、と。


 その婚約者、アフィータ=クシャータとの出会いは、戦場であった。

 第三の父ガレットによって高等教育を受けていた私は、18歳の時に初めて指揮官として戦場に出た。初陣である。

 師、ガレットが当時まだ結婚していなかったこともあって(彼はその頃25歳であった)私に見合い話が来ることはなかった。


 ゆえに私は義父の後悔を胸に秘め、時たま出逢いを探しながらも訓練と勉学に精を出す生活を送っていて……

 私よりもたった2歳。それほどしか歳の違わない彼女が、指揮官の元で小隊を指揮しているのを見て、私は彼女に気をもった。


 当然、一目惚れとは言えない。まだ一度しか会っていなかったし、直接会話をしたわけでもない。

 しかし、私の持っていなかった何かを、彼女がもって兵士を指揮している気がして、私は彼女のことが気になった。


 この戦場で何百人もの兵士の命を奪い、何十人かの命を奪われた私は、その弓の腕をもって“英雄に比肩する弟子”と呼ばれるに、至った。そのことは、あまり嬉しくなかったと記憶している。




 第三の父が結婚し、ガレット=ヒルデナがガレット=ヒルデナ=アリリードに変わったとき、彼の妻となった女性はとても幸せそうに見えた。

 あぁ、あれが義父の欲しかったものか。私はそう知って、今まで無我夢中に探していたそれが、今まで通りでは決して見つからないことも知って。


 それまで以上に、自分を打ち込むことにした。義父が私に得てほしかったものは、おそらく今の私では得られないと思っていた。

 何日も何十日も、自分を打ち込み続け……私はいつしか、“英雄に比肩する弟子”に見合う私になっていた、と思う。


 そうして、師、ガレットと模擬戦を行い、一時間以上決め手がないような戦いを繰り広げた後……彼は、その時初めて本気を出した。

 打ち出す方向がてんで違うのに、私の喉笛へと向かってくる矢。同じ質の弓矢を使っているはずなのに、私の矢を弾き飛ばしてくる矢。

 信じられなかった。信じたくなかった。私は彼にずっと遊ばれていたのだと、そんなことを信じたくはなかった。


 ガレットの目は、愉悦に歪み私の目を見つめていた。私の一挙手一投足を眺めていた。

 これまでの努力が嘘だったかのように完膚なきまでに叩き潰された私は、動けぬ体を担がれてある部屋へと通された。


 そう。第三の私の転機だ。人生の中で一番最初の、自分で選べる転機だった。




 見せられたのは一匹の竜。両手両足が矢に貫かれ、全身が鎖に覆われた、哀れな上位の竜の姿。

 赤竜クトリス。両親を殺し、義父を殺した、にっくき第三の父が殺したはずの悪夢。

 私は、それの前に転がされて言われた。血を飲むか、死ぬか、選べと。


「どう、して……。どうしてこいつがここにいるのです、師匠!」

錯乱、発狂。そんな感じの言葉が一番正しかったろう。私は死んだはずのそれに、憎々しげな視線を向けつつ立ち上がった。

 体力は回復していなかった。クトリスを殺すほどの実力も、多分ないのは自覚できた。

 それでも、彼が憎くて憎くて、立ち上がざるを得なかったのだ。


 師匠は笑って私を見つめていた。歪んだ歪な笑顔を私に向け続けていた。

「お前には二つ、選択肢がある。」

一つもないと間違いだろう、と思った。師匠とともにクトリスと戦い、打ち倒す。それしかないと思っていた。


「クトリスの血を飲み、ルックワーツに一生を捧げるか、私の手で殺されるか、選べ。」

は?となった。私は当時、クトリスを見てなお師匠を信じていたのだ。馬鹿馬鹿しい。

「な。何を……」

ベスティナがな、と、私の台詞を最後まで聞かずに師は話を続けた。

「あいつの住み処に薬を撒いて理性を壊してよ。その過程でお前の故郷は滅びた訳だが。」

ぞっとした。赤竜クトリスに関わる、もっとも根幹的な謎を、彼は語っていた。


 それよりも、別のことが。自分の不幸の原因が、そこにはあったのだ。すべての元凶がそこにあると、堂々と師は話しているのだ。

 私はぐつぐつと怒りが煮えたぎるのを、同時に冷め始めた理性で感じていた。

 であるならば。全ての元凶が師に、ルックワーツにあるのならば。


「義父は……狙って、殺されたのですか?」

「あぁ。俺一人ならクトリスを倒せるからな。足手まといは早々に退場してもらった。遺言があるぜ、聞くか?」

面白そうに笑うその目、楽しくて仕方がないと伝わってくる声音。

 彼の台詞が遺言ではないことを、薄々と理解していながらも、私は続きを目で促す。

 こんな救いのない現実から目を背けるためには、幸せを教えてくれた義父の台詞を必要だと思った。


「我が子を遺す私のためにも、必ず勝ってください、ガレット様、だとよ。自分の子はもう一人でも生きられますから、平穏な街を作ってください、だとよ!そのための礎になったんだから、さぞかし満足な人生だったんだろうなぁ!」


怒りが、冷静になろうとする理性を軽く凌駕した。憎しみが、必死で鍛え上げた計算高い頭脳を塗り潰した。

 義父の尊敬した、私を鍛えた師匠は、ただの人間の屑だった……私は、さっき負けたのすらをも忘れて、殺意を持ってガレットを殺しにかかった。


 結果として、負けた。なぜかガレットが放った矢は私の矢と相打って落ち、狙いとズレた矢は狙い過たずにガレットの首を取りに行ったが、それでも負けた。

 負けたというよりも、勝てなかったというほうが正しいのだろう。おそらく私は、想いの力を抑えなくなったことで初めて、『英雄に比肩した』のだ。

 だが、状況が悪かった。


 自分の居場所もわからない環境。完膚なきまでに叩き潰された直後の覚醒。そして、熱の塊ともいうべきクトリスの側にいるという熱さ。

 勝てるわけがない。少なくとも、ガレットと互角になった程度で勝てるわけがなかったのだ。




 だから。だから私は、逃げ出した。幸い、勝てなくても死にはしていない。

 ならば、逃げることはできるはずだと、壁を矢で吹き飛ばしながらひたすら走った。

 気がついていなかったが、私は師に負けた時点で、師から弓矢を取り上げられていた。この時私が持っていた弓矢は無我夢中で作り出したものだし、だからか矢は私のやりたいことに応え続けてくれた。

 そうして、師から逃げ、赤竜クトリスから逃げ、今まで暮らして来たルックワーツから逃げて……気づけば私は、セーゲルとルックワーツの間の荒野で、完全に意識を失っていた。




 目が覚めたのは、物々しい軍隊のような足音が聞こえたときだ。それは一直線に私の方へと向かってきていて、命の危険を感じた。

 旗を見て、まあいいか、などと脈絡のないことを思った。それは、ルックワーツの“護りの聖女”の御旗で。


「どうしてあなたが一人でここにいるのです、“英雄に比肩する弟子”?」

新聖女、アフィータ=クシャータに捕まり、セーゲルへと連行された。

予定外の上下編成になりました。

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