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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
忘恩の商人
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国の中枢

 アフィータとワデシャは緊張した面持ちを隠すことはできなかった。ネスティア王国国王フェドム=ノア=アゲノス・ネスティア14世が座る前まで出るだけで、身を削るような思いをしてしまった。

 ティキは堂々としたものだ。緊張は微塵も感じられず、気負いすらをも感じられない。


 ……それが、彼女の世間知らずさから来ているものだとは、ここにいないシーヌ以外の誰にも察することは出来なかっただろう。

 彼女は政治の才があり、リュット魔法学園でその才を伸ばすことができ、礼儀も学んだとはいえ……彼女自身は求められていなかった。

 求められていたのは、その遺伝子と子宮だけだ。である以上、国王や身分制度に関するものを、知識以上に理解することがなかったのだ。


 ただし、理解がないことと外交ができるかどうかは別問題である。

 ティキは王の眼前までゆったりと歩み寄ると……アフィータとワデシャのために道を開け、自らは自然体でその脇に立った。

「お初にお目にかかります、フェドム=ノア=アゲノス国王陛下。セーゲル代表として参りました。アフィータ=クシャータと申します。」

「同様、セーゲル代表として参りました、ワデシャ=クロイサと申します。」

階下で跪き、王に名乗りをあげる。頭は上げず、王に声をかけられるまで決してその目を王に向けてはならない。

 ネスティア王国で、王の眼前で名乗りをあげる。それは、臣下の礼を執るときか、王を降すときかどちらかであると決まっていた。


 セーゲルが選ぶのは従属の道。である以上、王に対して礼を失する振る舞いをするわけにはいかない。

「……そのものは、何者か。」

誰のことを指しているのか、ワデシャとアフィータは察した。おそらくティキは、臣下の礼を取らず王を見ているのであろうということも。


「冒険者組合員にしてセーゲルと王との調停役を司ります。ティキ=アツーアと申します。初めまして、国王陛下。」

王に敬意は払いつつも、あくまで同等のものとして挨拶をする。それが可能なのは、ティキが冒険者組合員であるからだ。

「冒険者組合員か。では、無礼者とは言えぬな。」

低い、低い声だった。まるでその名が忌まわしいかのような。

「面を上げよ、アフィータ、ワデシャ。」

それは、王の顔を見ることを許された合図。それを聞いて彼ら二人は、ゆっくりと国王に向けて顔を見せた。




 老いた男だった。ティキが最初に彼に抱いた印象は、それと同時に、何かが抜けているという感覚だった。

 何がないのかはわからないが、今の彼が本当の彼ではない。そんな気がした。

「余がフェドム=ノア=アゲノスである。左におるのが我が国元帥、ケイ=アルスタン=ネモンだ。」


「初めまして。ケイ=アルスタン=ネモンと言います。その若さで冒険者組合員となられたティキ様には、尊敬の念を禁じ得ませんな。」

ティキに向けて挨拶した彼もまた、老いていた。そしてティキの直感では、歪んでいる、という感じがした。


「そして、右におるのが我が国宰相、アグラン=ヴェノールである。」

「お初にお目にかかります、アグラン=ヴェノールと言います。」

彼もまた老齢だった。三人ともが三人とも、長く生きてきたとわかる。

 見た目も、そうだ。総白髪な頭。シワがある目尻。

 アグランに至っては、腰が曲がっている始末である。


 しかし、ティキはだからこそ、この三人を手玉には取れそうにない、と直感した。

 見た目は老人でも、それだけ老獪だということでもあるはずだ。

 それを証明するものが、三人の姿にあった。


 フェドムの身に纏う、王らしい、圧倒的なまでの威厳があった。

 ケイの、老練な戦闘力を示すかのような立ち姿があった。

 アグランの、長年いろんなものを見てきたかのような、力強い目力があった。


 ティキが軽く息を飲むには十分すぎる力強さが、そこにはあったのだ。それでも、彼女はシーヌの顔を思い出しながら呑まれそうになるのをグッと堪える。

「ティキ殿の手紙、確かに受け取った。それが……我らの友の躯であるか?」

「は、その通りでございます。」

アフィータが進み出て返事をした。ティキが直接話しかけられない限り、アフィータとワデシャが話を担当し続ける。


 どのみち彼らの問題だ、ということでティキは補佐程度しかしないつもりでいた。もちろん、ティキがセーゲルの手綱を握ったままで、という条件は変わらないが。


「こちらへ。」

渡せ、という言葉を読み取って、ティキがスッと氷を滑らせる。

 魔法で浮かされ、腐らないように氷付けにされた遺骸は、無事その主の元へと帰っていき……。

「して、犯人を捕らえることは叶わなかったというのは、なぜだ?」

手紙をヒラヒラと揺らしながら、王が問いかける。

 それにスラスラと答えたのはアフィータだ。彼女が話すときは、百パーセント真実を話すとき。ティキはそう役割を割り振った。


 緊張を隠せないような面持ちで、怯えたような表情も隠さない。もしこれが演技なら恐ろしいが……その必要がない以上、人生一番の大舞台に緊張しているというのが丸わかりだった。


「まず、その者を捕らえるだけの力が、我々セーゲルにはなかったからでございます。彼は、隣にいるワデシャ=クロイサを戦闘で降した。彼より強い者は、我がセーゲルには一人しかおりませぬゆえ。」

そのものがセーゲルに居残った、という事実と共に、震えた声で言った。国王たちは、彼女の緊張度合いがひどすぎて真実か嘘かを見破ることは出来ないだろう。


「次に、彼には恩があるからでございます。この度我らセーゲルがルックワーツに、ひいては“竜殺しの英雄”に勝てたのは、ひとえに彼の助力あってのもの。なければ我らは負けていたかもしれません。」

バグーリダが参戦し、エスティナが本気を出したことも含め、シーヌとティキがセーゲルに来たからだった。

 そうでなければ、きっと彼らは参戦せず、セーゲルの敗北は必至だっただろう。



最後の台詞はワデシャが変わった。嘘をつくという理由もあるが、アフィータ一人が話続けるというのは、代表が二人もいる以上、おかしいからだ。

「最後に、彼に脅されたからでございます。俺を捕らえようとするなら、お前たちを殺してセーゲルを滅ぼしてやる、と」

「その程度なら捕まえてくればよかったものを。」

ポツリとアグランが言った台詞に、アフィータは背筋が凍る思いがした。

 彼らが必死に守ろうとしているセーゲルという街は、ネスティア王国本国にとってその程度の価値しかないのだ。


「ペネホイ。」

アグランが再び声をあげると、三人を囲むように立っていた男の一人が棺まで移動する。

 ティキが、躯が腐らないようにするために作り上げた氷の棺を軽々と持ち上げて、国王とアフィータたちの間に置いた。

(彼が“葬儀の朱翼”ペネホイ=テスターね。)

ティキはその男にもチラリと視線を向けたあと、自分の作り出した棺を見た。


「その男はここには来ぬのか?」

「は。捕まるわけにはいかない、と申されました。今は王都の何処かへ潜伏しているものと。」

王の問いにアフィータが答える。シーヌは似たようなことを言ったので、彼女はスラスラと答えられた。


「解放しろ。」

アグランが命じ、ペネホイが氷の棺に手を触れる。

 徐々に上がっていく部屋の温度は、そのままペネホイが作り出した熱の温度だ。

 彼が得意とするのは炎の魔法だが……もう五十年近く生きているもの達にとっては、得意魔法以外にも扱えるのは当然であった。


 少しずつ氷が溶けていく。同時に、ティキの警戒心も徐々に上がっていっていた。

「ティキ殿は、犯人を捕らえるのに協力しようとはしなかったのか?」

棺が溶けるのを待つ間に、国王がティキに問いかけてきた。

 アフィータは、犯人を捕らえるだけの実力者はセーゲルにはいないと言った。だが、ティキはセーゲルの者ではない。


 彼女が手を貸さなかったからといって責めることは、王国側にはできない。しかし、本来はティキを責める権利がある。

 なぜなら、ティキは傍観したのではなく、積極的にシーヌを手助けしたのだ。彼女を捕らえて殺しても、王国的には何の問題もない。


 ティキは今、全ての責任をシーヌに押し付けるために全力を尽くしていた。それがシーヌにとって手助けになると、ティキが自由に動けることが必要だと、彼女はなぜか知っていた。

 だから、彼女はこう答える。

「彼の個人的な行動で、私に不都合はありませんでしたから。」


セーゲルを、その代表団を教え導く役割を引き受けた以上、セーゲルが問題を抱えるなら止めたという意思表示。

 セーゲルはただ巻き込まれただけで、教え導く自分的にも問題はないという断定。

 それによって、セーゲルとティキ、どちらも責任から逃れる言い訳を用意したのだ。


 それを聞いて、国王はティキから目を離した。だから冒険者組合は嫌なのだというように目を細め、苛立ったかのように指を肘掛けにトントンと叩きつけて、全身で苛立ちを表現する。


 しかし、その時間もすぐに終わった。氷の棺が解氷され、ルドー=ゲシュレイ=アトルの躯が地面に横たえられる。

 王の御前であるのも気にせずに、アグランがその服を剥いだ。アフィータはあまりの光景に硬直し、ワデシャは微かに目を伏せ、ティキは恥ずかしさに顔を赤らめる。


 死後5日経っても、その亡骸に劣化はあまり見られなかった。肌だけが、生前よりも遥かに白い。

 その前身をじっとアグランは眺めたかと思うと……おもむろに、その裸体をひっくり返した。

 筋肉質な胸部に似合った、筋肉質な背中が現れる。しかし……ティキたちは、その光景に首を傾げた。


 ティキたちの場所から見えたのは、絵だ。全身ではなく、ほんの一部ではあるが、ティキたちには絵が見えた。

 その絵を、アグランはじっと見ているようで……

「ケイ。」

唐突だった。さっきまでの怒りや苛立ちの籠った声ではない、驚いたような声。

 それを聞いて、上階からケイもルドーの背を見に降りてきて……驚いたように、アグランの顔を覗きこむ。


「ルドーは、“伝達の黄翼”は、仕事を果たしました。」

アグランが国王に向けて言った台詞は、謁見の間に広く響き渡った。

「そうか。して、何が?」

王がまるで、どういうことかは知っているかのように言った。もし、この疑問がないのが当然とするなら。その考えがティキの頭によぎる。


 “伝達の黄翼”ルドー=ゲシュレイ=アトル。その仕事は、主に情報を持ち帰ること。

 それが、果たされたのであれば。ティキは今ここにいるのは危険かもしれない、と無意識に思い、心は逃げる準備を整えた。


「ルドーの背に描かれた絵が、我らの敵を示してくれました。」

「知っておる。何が書いてあったのか?」

二人の、いやケイを含めて3人だけがわかる、色々と省いた会話。

 それでも、形式上必要なのだろうか。アグランが、その背に描かれた絵を一つ一つ読み上げる。


 竜の姿が描かれた矢。杖を中心に描いた盾。4枚の翼のある人。薄く描かれた短剣。馬に乗って斧を振る男。

 それ以外にもたくさんの絵が、20以上の絵が描かれ……最後に、言った。

「これらすべては、中心になるものに向けられている。傷ついた、街に向けて。」

それが意味するものは、一つだと言う。


 竜の姿が描かれた矢は、“竜殺しの英雄”ガレット=ヒルデナ=アリリード。

 杖を中心に描いた盾は、“隻脚の魔法士”ドラッド=ファーベ=アレイ。

 4枚の翼ある人は、“黒鉄の天使”ケイ=アルスタン。

 薄く描かれた短剣は、“夢幻の死神”ペストリー=ベスドナー。

 馬に乗って斧を振る男は、“殺戮将軍”ウォルニア=アデス=シャルラッハ。


「それらが向かう先、中心部にある街は一つだけ。彼らが皆集まったのは、たった一度だけ。」

クロウの街が、そこには描かれていて。

「敵は、ルドーを討った男は、クロウの、『歯止めなき暴虐事件』の生き残りだ。」

嗤うように。からかうかのように。そして楽しそうに、ケイとアグランが同時に笑んだ。

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