復讐鬼と弓兵
ワデシャ=クロイサは復讐仇ではない。それが、シーヌとワデシャの力量差を減らしている理由だ。
彼は仇に対して最強であれるが、そうでないなら中位の上位、あるいは上位の下位がいいところの実力しか、シーヌは持ち合わせていない。
殺傷力の低い、石の礫をシーヌが放つ。呼応するように、ワデシャは矢を地面に着弾させ、そこに土壁を作り出した。
礫は壁を貫くことなく弾かれる。その壁を貫く魔法の一射を光で作り出しシーヌが放つと、同時に放たれたワデシャの光の矢とぶつかって相殺された。
ワデシャは弓兵である。しかし、魔法を使えないというわけではない。
魔法を使うために、わざわざ弓を介さないと撃てない魔法下手なだけである。
ワデシャは氷製の矢を生成し、速射する。縦横無尽に放たれたそれらは、あらゆる方向から弧を描いてシーヌに迫った。
「食らうかぁぁ!」
シーヌが自身の回りに、薄い盾を張り巡らせる。
杖を振って炎を顕現させながらも、決してその壁を壊させないように。それくらいの意思と想像力を働かせて、全力で身を守った。
魔法概念“復讐”の奇跡を行使しているときのシーヌは、付随してきた三念“有用複製”によって、その戦闘でのみ、今まで見た三念をコピーできる能力を有する。
ガレットと戦うときに、シーヌはアゲーティル=グラウ=スティーティアの“不感知”と、ドラッド=ファーベ=アレイの“無傷”を行使した。
さて、“有用複製”でコピーした魔法技術は、“復讐”を終えた瞬間なかったことになるのか……といえば、そうではない。
使用経験は確かに蓄積され、魔法を扱うときに少なくない変化をもたらす。
それは、シーヌの持つ“憎悪”と違う、明らかな経験からくるものだからだ。
つまり、グラウの場合は人に気付かれないような魔法を使い続けた結果の“不感知”だし、ドラッドの場合は傷ひとつ負わない戦いをしてきたがゆえの“無傷”である。
“有用複製”は、その過程をすっ飛ばして、結果だけ模倣してのける“三念”だが、であるからこそ感覚だけは覚えていた。
結果こそが、過程。人の結果を吸収し、模倣し、自らの想像力の糧にすることで、シーヌ=ヒンメル=ブラウという人物は成長していた。
今回、シーヌはワデシャの矢から身を守るために“無傷”を使っていたときの感覚を想起させた。
絶対に傷を負わない。相手が弱りきるまで守り抜いて、反撃で勝つ。複製した彼の“三念”には彼の徹底した戦闘価値が詰め込まれていて、シーヌはその想いを模倣した。
“有用複製”が魔法の複製なら、シーヌが今行っているのは“想い”の複製だ。“有用複製”が結果の複製なら、シーヌが今行っているのは過程の複製だ。
だから、シーヌが即席で張った防御壁は“無傷”ほど圧倒的な防御力は誇らず……それでも、ワデシャの軽い連射程度なら守りきれるだけの防御力を持っていた。
全てを弾いて、その結果を見もせずに次の魔法を想像しはじめる。杖の先から礫を射出、一歩ごとに地を蹴る力を加速度的に上昇、そっと腰の短剣の柄に左手を添える。
その間も、ワデシャは間断置かずに矢を放ち続けている。が、一本たりともまともに入ってはいない。
ワデシャは焦りながら、それでも弾幕を張り続けた。“必中”の概念さえも使って放つ矢が当たらないのは、シーヌの防御壁……というより防御膜に、きちんと当たっているからだと理解していた。
彼に近づかれたら負ける。わかっていた彼は、矢を放ち続けながら、同時に走り続ける。何もない草原に、二人の矢と魔法だけが延々と交わり続けていた。
シーヌは“必中”の概念を持ってはいない。だから、彼の礫は直線にしか進まない。
ワデシャは定期的に地面に矢を放ち、石の壁を立てて礫をしのぎ、シーヌの爆走を阻み続けていた。
実際のところ、シーヌは魔法の軌道を正確に思い描けば、“必中”と同じことはできる。しかし、その詳細な魔法制御はティキの分野であったし……何より、複数の魔法行使を続けながら、想像しがたい軌道の制御、となると手が追いつかなかった。
シーヌは詰められない距離に焦れったさを覚え、ワデシャは通らないダメージに焦りを覚える。
この二人は完全に、消耗戦……どっちが先に戦えなくなるのか、という勝負になっていた。
勝てない。負けられない。
焦れったい思いと共に、そういう想いが沸き上がってくる。
シーヌはワデシャに、負けるわけにはいかないと理解していた。それは、シーヌが冒険者組合員であるから、である。
(僕はドラッドを殺してこの世界に入った。)
(ドラッドよりも弱い彼に負けると、僕の合格判定さえ覆りかねない。)
石の礫を鉄の礫に変える。これで一撃一撃の重みが変わり、ワデシャの展開する壁を壊す一助となるだろう。
今度は礫の射出速度を上げる。シーヌが壁にたどり着くまでに壁が破壊されていれば、シーヌはそれを破壊する一手間がいらない。
それはそのまま、ワデシャとの距離を縮めることに繋がり……実際、少し前進した。
それに気がついたワデシャは、シーヌに張っていた弾幕を止めて、地面に矢を向けた。
シーヌの礫が鉄製になったのなら、ワデシャの壁も鉄製にすればいい。シーヌの魔法の速度が上がったのなら、壁を分厚くすればいい。
それでも、止まらないことをワデシャは考慮して……壁の枚数を増やした。
シーヌとワデシャの間に、何十枚もの壁が生まれる。一枚の高さは二メートル、幅五メートル、奥行き30センチ。一枚一枚の広さは一メートル。
それは、普通の人には絶望しか感じないような壁の厚さと多さ。それだけあれば、ワデシャ=クロイサが敵に致命的一撃を与えるための準備の時間は、十分にある。
ただし、それは。カレス将軍のようにあくまで身体能力の異常さを持つものや、セーゲル聖人会のように集団防衛戦に特化したものの場合。
その戦法は、ワデシャにとって、最大の逆転の一手であると同時に自らにも牙を向く苦肉の策。
クトリスを討ったときの光の柱と言うべき矢の精製。それを、彼が壁を壊してくるであろう間に行う。
シーヌは、赤竜よりも強かったガレットを討った。彼は、師より強い。
今更ながらにそんなことを思い出して、“必中”に加えて“竜殺し”の概念も加える。光の矢がグンっと太くなった。
竜という強者と相対するための概念である以上、自分より強いであろうものに対してもその力を貸し与えてくれるのだろう。
そうして、シーヌを迎撃する、もとい待ち伏せして狙い打つ覚悟を準備を整えきって……ワデシャは、気がついた。
まず、自分達のこの戦いが、演技ではなく本物になっているという問題。勝ち負けはキリのいいところでお茶を濁してもよかったのに、気づけば雌雄を決するために戦っていたという、大問題。
そしてもう一つ。その敵の、壁を壊す音がしないということ。ワデシャに攻撃を届かせるためには壁を壊していく必要があるはずなのに、その音が全く響かないということ。
「あぁ、そう、でしたね……」
上を見て、強ばった表情をワデシャは浮かべた。それは、恐れるような、逃げたいと訴えかけるような、弱々しい表情。
折れかけた心を慌てて理性が叱咤して……ワデシャは、必死で空に弓を向けた。
壁が張られることくらいであれば、シーヌも考慮していた。たった五メートル程度の横幅でも、迂回するとワデシャにとっては格好の的で、跳躍するのも壊しながら行くのも、自分がどこにいるのかをばらすようなものだ。
そう考えたシーヌは、“不感知”の真似事をしようとした。自分の存在感を限りなく薄めて、自分の服を周囲の景色と同化する。
パッと見て自分がどこにいるのかがわからないだろう。そう思えるほどに自分の存在感をわからなくしたとき、シーヌはそっと足元から上昇気流を発生させた。
ゆっくりゆっくり体が上昇し、同時に背後から受けた小さな風でゆっくりゆっくり壁を越えていく。
大地から、八メートル。前進すること、五十メートル。光の矢にとんでもない力を込めたワデシャがゆっくりシーヌの方を見て……。
微かに、笑った。諦念と絶望。そんなものが込められた嫌な笑いは、そのままシーヌへの想いを表したものだろう。
彼らの問題に巻き込んだものとしてあるまじきことではあるが……。
「僕を一番恐れているのは、君だってことだろう。ワデシャ=クロイサ。」
なまじ力を持つがゆえに、シーヌの実力を一番感じているのもまた、ワデシャ=クロイサだ。カレスはカレスで次元が違ったが……魔法使いとしてのシーヌであれば、彼とすら互角で戦える。
ワデシャも弓による遠距離射撃であればカレス相手にも一時間は戦っていられるであろうが……それでも、負ける。それが、シーヌとワデシャの違いだった。
何かを誤魔化すように、のろのろとワデシャが矢の先端をシーヌに向けた。これが最後の一撃。最高の一撃。
そのつもりなのがよくわかる、圧倒的な力の暴力。シーヌは、それを正面から受け止めた。
ドラッドの概念の模倣。それが今、どれ程になっているのかを知りたくて。彼は自分の体に張り巡らされた防御膜を信じて、その矢を弾き飛ばす。
これごときに呑まれてたまるか。これごときで破られてたまるか。
シーヌはワデシャの矢を正面から受けながら、ずっとそんなことを思っていた。
残る二十名近い復讐相手は、今回狙うケイ=アルスタン始め化け物揃いだ。ケイほど強い相手はあと二人しかいないが……“伝達の黄翼”のようなトリッキーさ、予想外さを持つものも多い。
この程度でくたばるようなら、シーヌの命運が道半ばで途切れるのは、明白であった。
光の矢が消えたとき、シーヌは変わらず宙に浮いていた。何度か空気の足場が吹き飛ばされ、その度に作り直すことが要求されたが、その程度。
落ちでもしたら危なかったかもしれないが、空気操作なら無意識でも操れるくらいに、その魔法に慣れていた。
シーヌはお返しとばかりに光の弾を精製する。いや、弾という表現は、些か不相応だろう。
地上に降りた太陽のような、燦々とした輝きが、シーヌの真上で光輝き。
振り下ろされる腕と光の玉。
ワデシャは、シーヌに敗北した。
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