他力本願の兵士たち
三日目のシーヌの目覚めは最悪だった。この間の荷物荒らしなどより、よっぽど子供らしいことが展開されていたからだ。
とはいえ、大したことはされていない。シーヌたちのテント、そしてペガサスの回りが、まるで壁のように木で区切られていただけだ。
嫌がらせ、ではない。ただの隔離だ。それをわざわざ、シーヌが寝ている間にやってくることに苛立ちを覚えた。
(……とはいえ、食事も行軍も別行動してるから、夜しかやるときないんだけれどさ。)
そろそろ爆発かな、と思う。シーヌはティキが寝ていることを確認して、それから地面に刺さった丸太をすべて引き抜く。
いずれ薪に使われるであろうそれら、シーヌが乾燥させたそれらを自分への攻撃に使われるという所業。
彼はその怒りを、呆れと共に飲み込んで。
近くにいた兵士たちをチラリと見やる。ティキが言っていたことを思い出した。
いわく、わかりやすい理由がなかったら、兵士たちは怒らない。
いわく、出ていけという思いが怖いという思いを上回らない限り、兵士たちは爆発しない。
「その環境は私が作るよ。ワデシャさんがちゃんと言うことを聞いてくれたら、三日目の夕方にはちゃんと爆発してくれる。」
確実に追い出せるという自信をつけさせれば、あとはセーゲルにとって損失だという理由があれば十分だとティキは言った。
でも、足りないなとシーヌは思う。このままでは、シーヌと兵士たちは致命的な仲違いをしないまま、シトライアで別行動することになると、確信できていた。
兵士たちは臆病だ。それは、セーゲルという街が、守ることに特化した戦術しか使えないという特徴を持つことに起因する。
だから。一般的な人たちよりもより高く我慢の境界線を見ていた方がいい、とシーヌは思った。
よし、燃やそう……と薪を見て思ったのは、そういう経緯があったからだ。兵士たちの怒りを爆発させるために必要だと思ったからだ。
決して、不満をこんな手でしか示せない兵士たちへの怒りが許容量を越えたからではないはずだ。
遠くからニマニマとシーヌを見ていた兵士たちは、その光景に絶句した。
赤々と薪が燃えている。それは、彼らの夜の命綱で、身を守るための柵で、自分達が伐採したものだ。
彼らの呆然とした、そんなバカな、とでも言いたげな表情は、そのまますぐに攻撃性のある、憎々しげな表情へと変わっていく。
シーヌを隔離するためにありったけの木材を使った。今日の分の木材はあるが、明日の分の木材はないのだ。
兵士たちは、自分達がやったことも含めてすべてワデシャに報告した。彼の隣では、当然のようにアフィータもいてそれを聞いている。
「あなたたちは何をしたのですか!彼らはセーゲルの恩人ですよ!?」
「恩人ではありません、アフィータ様。あれは諸悪の根元、セーゲルに仇なすものです。」
アフィータがすっとんきょうな声をあげ、兵士はそれに対して間違いだというように言い切った。
何を根拠に。アフィータの表情にはありありとそれが描かれていて、呆れたように兵士がその理由を言う。
シーヌがいなければルックワーツはセーゲルとの決戦に踏み込まなかった。小僧がいなければ聖人会はルックワーツとの決戦を選ばなかった。
あのガキがいなければ、自分達ほこんなところまで来なくてよくて、あのゴミさえいなければセーゲルは反乱の疑いを持たれてはいない、と。
時を追って説明するごとに、シーヌへの呼び方が軽蔑するものへと変わっていく。それを聞く毎に、アフィータの表情も険しくなっていく。
「以上の理由より、これ以上セーゲルが不利になる前にあれの排除をするべきだ、と我ら兵士は進言致します。」
進言、といいつつ脅迫だった。我ら兵士、ということで排除しなければ離脱すると暗に告げた。
見栄の問題で、これ以上兵士に離反されるわけにはいかない。アフィータは困ったように、無言を貫いているワデシャを見た。
「……わかりました。シーヌさんを同行させなければ良いのですね?」
「いえ、ティキ様は同行していただかなければ、セーゲルが不利になります。」
それを聞いたワデシャは、彼女の手はどういう風に伸びたのだ、と額を押さえそうになった。
今回の発火事件はシーヌの独断だろうが、ティキを代表団に残そうとする動きはティキの思惑通りだろう。
ということは、ティキの計画は予定通りだということだ。もういいか、とワデシャは立ち上がった。
「わかりました。シーヌと話して来ましょう。あなたたちはここで待機していてください。」
「お断りします。いくらあなたでも、ティキ様に丸め込まれないとは限りませんから。」
あなたがすでに丸め込まれているのですがね、とは言わずに歩きだした。
あぁ、また、恩を仇で返すのかという呟きは、喉の奥に飲み込んで。
シーヌはティキにさっきのあらましを説明し、呆れられたところだった。
「……まあ、いいよ。仕込みもほとんど終わってたから。」
「あと何が残っていたの?」
「起爆剤。どれかのペガサスに命令して、代表団の中で暴れさせるつもりだったんだよ。」
それなら、確かにシーヌへの不満は爆発するだろう。しっかり手綱を握っていなかった悪人に対して。
その頃に、チラリとティキがシーヌの後ろを見た。向かってくるワデシャと兵士たちが、その瞳に映って。
「ワデシャさん、喧嘩はこっちが売ります……真剣に、買ってください。」
ボソリと呟く。それが聞こえて、シーヌはサッと後ろを振り返った。
「はい、シーヌ!」
何か嬉しそうに杖を渡してくる。そんなティキを見ながら、シーヌは彼らと相対した。
「シーヌさん!恩知らずで悪いですが、これ以上士気を下げられるわけにもいきません!」
シーヌが前に出ると同時に、ティキが後ろに下がってボソボソと何かを呟き、ワンテンポ遅れてワデシャが声を張り上げる。
「自業自得だろう!自分達の恐怖を払拭できない責任を、人に押し付けるな!」
シーヌが叫び返す。ワデシャと喧嘩をしなければならない。どう返せば喧嘩になるのか、シーヌには全く読めなかった。
「自業自得だろう!自分達の恐怖を払拭できない責任を、人に押し付けるな!」
耳の痛い台詞だろうね。ティキはそう思いながらも、どう返したものかと思案する。
「引きこもった私たちにも責はあります。でも、あなたがそれを助長したのは確かです。」
返事をまとめて呟いて、風の通り道を抜けてワデシャさんの耳元まで送り届けます。
シーヌに聞こえないように、兵士たちに私が指示を出していると気がつかれないように。確実に望む状態へ持っていこうと、ポツリポツリと呟きを返して。
口論は長々と続いていきました。兵士たちが焦れったくなるまで、終わらない口論をふりかけ続けます。
私が出す指示で意識したのは2つ。ワデシャさんの手で、セーゲルの間違いを認めさせ、兵士の耳に入れ続けること。
そして、シーヌに正論を吐かせて兵士たちの忍耐を削ること。
10分も互いに叫ばし続けた頃でしょう。主犯格の兵士が、我慢ならなくなって前に出て叫びました。
「セーゲルから出ていけ!俺たちの前から出ていけ!」
「ああ、いいぞ!」
ここは規定路線です。ワデシャが言うと思っていた台詞が別の他人が言ったところで関係ない。シーヌはそういう風にとらえたでしょう。「ティキ、行くよ。」
回れ右してペガサスの方へ向かう彼に続いて、私も廻れ右をしようとして。
「待て!ティキ様は置いていけ!」
様とつけながら置いていけ!とは。私は神様の像か何かでしょうか?そんなことを思いながら、足を止めたシーヌに続いて足を止めます。
シーヌは私の顔をチラリと見た後に、再び口を開いてさけびかえしました。
「僕の妻をどうして置いていかねばならない!」
「いなければセーゲルが困るからだ!お前がセーゲルにしたことを考えたら、妻を差し出したところで足は出ない!」
どころか、まだ足りないくらいだと他の兵が叫んだ。そうだそうだと合唱が続く。
その傲慢はどうかと思い。シーヌも怒りを覚えたのだろう。
その兵士の足元を爆発させた。
「貴様ら!甘えるのも大概にしろ!」
「甘えて何が悪い!外の世界など、セーゲルには不要だったのだ!」
なのだ、といわない辺りにもう引き返せないと思っている、その気持ちが見てとれる。だからこそ、私が必要なのだとありありと見てとれた。
怒りに染まる兵士たち、激昂止まない兵士たちの間に、シーヌがただ出ていくだけでは物足りないという声が上がり始める。
世間を舐めきった冒険者組合員様にお灸を据えよう。そう放った兵士はすぐさま、ワデシャの前で膝をついた。
もう私の指示は必要ないね。そう最後に呟くと、私はさらに数歩後ろに下がって。
「ワデシャ様!あのガキを懲らしめてください!」
シーヌがぷっと吹き出したのがわかった。結局他力本願。しかも、ワデシャに逃げ道はない。
ティキの計画は、兵士たちが自分達の行いを後悔するところまでを含んでいる。そのためには、他力本願のワデシャ頼みまでが成立することが大前提だ。
ワデシャは一瞬、断ることを考えた。しかし、ティキの「私の指示は必要ないね。」の真意を読み解いて、諦めの息を吐く。
彼には逃げ道がない。兵士の要求に応じてシーヌと戦う以外の道がない。
ここで断ればシーヌの仲間として排斥対象に変わる。なぜなら、ワデシャはセーゲルの聖人会ではないからだ。
だから、彼はシーヌに弓を引かざるを得ない。
結局、ティキの言うとおりに動くしかないのだとわかった。彼女がここまで読んでいたことも理解した。
この後の展開すらも、彼女の言うとおりにするしかないのだ、とわかりきった。
「……申し訳ない、シーヌ。」
構えた弓は、シーヌに向いた。引かれた矢も、シーヌの頭蓋を貫こうと、今か今かと射離されるときを待っている。
心だけは。彼の敵でありたくないと訴えていた。彼を仲間として受け入れてほしいと兵士たちには願ってすらいた。
それは、今はかなわない。しみじみと彼は実感してしまって。
「……構わないよ。忘恩の商人。」
シーヌの呟きが聞こえて、矢から手を離した。
ワデシャの矢と、シーヌの魔法が、互いに互いを狙い撃ちにした。
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