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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
隻脚の魔法士
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6.仲間として

 部屋に戻る間も、部屋にたどり着いてからも、シーヌとティキの間には重い空気が漂っていた。お互い一言も話そうとはしない。

 そうなることを予想していたのだろう。受付の好々爺はその空気をよくないとでも思ったのだろうか、それともただ気を使っただけなのか、去り際に

「大丈夫じゃ、今の戦闘を見る限り、この試験で死ぬことはあるまいよ。」

と言って慰めようとしていた。あまり効果はなかったが。


 気休めでも合格できると言ってほしかった、とシーヌは思う。しかも、死ぬことがないのはシーヌであって、ティキではないのだ。

 彼が今見ている感じ、ティキはかなり自信を無くしている。というより、現実の救いのなさにかなり打ちのめされている。元気づけるか、現実逃避させてあげないと、ティキは明日、試験に出場できるかどうかわからなかった。


 それに、あのおじいさんが言うことは穿った見方をすると、今回の試験は実力が足りなかったら死ぬこともある、という事実を示唆している。

 現実とはいつも過酷なものである。シーヌはそれを知っていたし、この世界の、なにかしらの特権を持たない多くの人間はその事実から目を背けることはできない。


 しかし、ティキはこれまでの行動や言動上、特権を持つ側のお嬢様だ。言動を見なくても今の彼女の様子を見れば、この世界というものを見てこなかった人なのは誰でもわかることである。

 そして、初めて直視した現実が、ここまで危険な部類の現実であれば。シーヌは特権持ちのこのお嬢様にいつもの過酷な現実を直視できるほど強い心を持っているとは思えなかった。

 それを期待するほどお嬢様に過剰な期待は向けてもいなくて、だからこそ試験をどう二人で合格するかに頭を悩ませ続けていた。


「シーヌ、お腹がすいた。ご飯を食べよう。」

シーヌの思考に行き詰まりが出始めたときに、ティキがそう提案した。ティキはもう、試験の内容について考えることを放棄したように見えた。

 もう日が暮れるまでも近い。お昼ご飯も食べていなかった彼にとって、その提案は渡りに船であった。

「そうだね、行こうか。」

立ち上がって、部屋から出る。お金は多めに持って行っておくべきだろう。明日の朝ご飯も、それ以降の携行食も準備しないといけない。


「すごいね、シーヌは。そんなところにまで気がつくなんて。」

晩御飯に行くだけには大きいカバンを背負ったことを不思議がられたのでそのままの理由を告げると、彼女は笑って言った。

 もしかしなくともこんな普通のことでポイントが上がったのか、と思うとシーヌは嬉しさと同時に不安にもなる。僕以外の人と組んでも、同じようなことを言うのではないか、と。


 試験前に変なことを考えるな、と自嘲しかけて、試験の日に一目惚れしているのもどうなんだ、という、半ば今更な思考が頭によぎる。

(ああ、もう。それより、今回の試験で合格して、ティキと一緒に活動できるようにする方策を考えないと)

シーヌは、実は二人とも合格するための手段なら考えついている。彼女を安全な場所において一人で二枚分のカードを奪ってこればいい。

 そうすれば、二人の合格はほぼ確実。そういえるだけの根拠も、シーヌははっきり持っていて。


 しかし、ティキは自らの力で試験に合格したわけではないのだ、試験終了後も彼とともにずっと活動しなければ、生きていく術を持たないだろう。

 今、ティキは無邪気にあの店行ってみたかったんです!と言っている。

 彼女が自立することは、シーヌはまだあまり求めていない。しかし、彼女の心の芯、本質と呼べる部分が変質するのは、シーヌの望むところではない。


 もしも、シーヌの予感が正しいのなら、彼自身に依存するようになったティキを、彼は好きではいられない。シーヌ自身はまだ知りもしないが、ティキは兄との政略結婚から逃げ出すほどに行動力はある女なのだ。

 いまだに、試験の過酷さから目を背けようとはしているが、逆に言えばその現実に打ちのめされるほど心が弱い女でもない。


 つまり、彼女は自分に依存することを自分に許せるような人間ではないのだが、そんなことはシーヌの知るよしのないことである。

 だからこそ、そんな彼女がきちんと合格できたと納得できる形で試験を乗り切る方法をシーヌはずっと、ティキと笑って食事をしながらも、考え続けていた。


 ちなみに、シーヌたちがどこで何を食べたかは記載しない。そもそもにして上の空の彼に、食事を楽しむ余裕などなかった。

 しかし、ティキが行ってみたかった料理屋は非常に高く、シーヌはいらない見栄を張って全額負担したため、彼の財布がかなり痛んだことは、彼の見栄の張り方について一考の余地を与えたこととともに記述しておく。




 お金に余裕がない。シーヌはため息とともに、どうしようかと悩む。見栄を張るべきところを間違えたのだろう。今日は悩んでばかりいて、悩まないことが許されていないんじゃないかと考えてしまうくらいに頭を使い続けていた。

 きっと、だからどうでもいいところで見栄を張ってしまったのだろう、と彼も少し現実逃避を始めた。

 本当のところ、初恋でどう見栄を張ればいいのかわからなかっただけなのだが。

「とりあえず、いつものところに行こう。」


 現実逃避をしたことで、負の思考ループからいったん頭を切り替えた。お金がないならないで、まだ一応やりようはある。

 まず、明日の朝食について考えることにした。朝ご飯を食べられないと、朝から試験を受ける気分ではなくなってしまう。腹が減っては戦はできないということを、シーヌは良く知っていた。だから、出発しようとティキの方を振り返りつつ、歩き出した。




 ティキはじっと動かなかった。

 さっきまでティキははしゃいでいた。今日一日で一番楽しそうだったかもしれない。シーヌ自身も、彼女の笑顔が見られて、一緒にご飯に来てよかったと思った。その一瞬は、料金が高いからなんだ、というくらいには幸せな時間だった。


 ところが、だ。ご飯を食べて、店から出た瞬間から、彼女はこうして静かになったのだ。

 ティキは、街に繰り出した経験が全くない。さっきご飯を食べに行こうとしていたときは、空腹が外への怯えを消していた。試験会場までは、間に合わないかもしれないという焦りが彼女の怯えを取り払っていた。


 満腹になって初めて、彼女は自分が通っていた学校ではない未知の場所に来ている恐怖を感じた。籠の中で閉じ込められていた鳥は、籠の外の世界を初めて見た。

(どうしよう……怖い。)

 ティキは、街の中では赤ん坊も同然だった。それに自身が気付くこともなく、冒険者の世界に飛び込もうとしていた。家から逃げたい一心で、家と学校以外の、聞いたことしかない世界に飛び込もうとしていた。


 さっきの試験説明の時も、訓練所での観戦の時も、ティキはあまり恐怖を感じてはいなかった。呆然とはしていても、それが現実感をもって彼女に現実を理解させることはなかった。

 しかし、今は。彼女は外に出て、今まで来られなかった場所に来て。理解できなかった現実を、ようやく身に染みて理解して、その事実に怯えていた。


 自分の無謀を初めて知った彼女は、これからの恐怖で足をすくませてしまった。

(これは、まずいな。このままじゃ、彼女と一緒にいられなくなる。それ以前に、試験も棄権されちゃうんじゃないかな?)

シーヌはティキが動けなくなった原因について、ある程度表情から読み取っていた。その色は恐怖。

 見知らぬ場所に放り出されたときの気持ち、理解できないものを理解させられた時の気持ちは、彼もわからなくはないのだ。


 それでも、彼は彼女に耐えることを望んだ。乗り越えることは望まなかったが、一歩踏みとどまることは望んだ。

(……僕を、信じてくれることに賭けてみるしかないか。)

彼は彼女に足を止めてほしくはなかった。体も心も、歩いてこその人生なのだから。

「ティキ、僕が、僕が君を守るから。だから、怯えないで僕についてきて。」

彼女を安心させるために、シーヌはティキの手を取って言う。自分にすらも怯えている可能性も考えたが、それでも彼女の手を取った。


 彼女がシーヌを信じてくれるなら。いや、信じてほしい。彼は彼女に、不安を抱えながらでも、自身の背についてきてくれると信じたかった。

 内容はみなまで言わない。どうしてその不安を感じ取れたのかも決して言わない。彼女の気持ちを推測しているのは気づかれてもかまわないけれど、彼女の事情を察しているとまで思われるのは不本意だからだ。


 もしもティキに、利用しているのではないかと疑われたりしては、一緒にいることすら難しくなる。それはシーヌには受け入れられない。

 だから、言葉は少なく、それでも行動とまなざしで彼女に決意をぶつけて。


 正直、会って一日も会っていない人を信頼するのは苦しいだろう。

 しかし、ここで手を取ってくれないと、シーヌとしてもかなり苦しいものがあった。


 祈るような気持ちで、じっとティキを見つめ続けると、果たして、彼女はその想いの丈が伝わったかのように目を見開く。そして、少し表情を崩して、シーヌの手を握り返した。

「ありがとう、シーヌ。わかった、あなたについていく。」

思考を放棄したこのような宣言。しかし、シーヌはこれにすら安堵を覚えていた。これで彼女は、シーヌのもとから去る可能性はほとんどない。依存させないようには、後から何とでもなるだろう。


「よう、シーヌ。ナンパか?」

 シーヌの状況に反して、とてもとても軽い。一声。シーヌがよく知る、彼の友人の声。

「疲れたみてぇな顔してやがるなぁ、女連れのくせに。」

チェガが、シーヌがギリギリ見えるような場所から、にやにや笑いを浮かべながら手を振っていた。


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