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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
忘恩の商人
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置き去られた恩

 ハイエナに乗って旅をする。普通に考えて、考え付かないことです。乗り物と言えば、馬。あるいは……。

 オオカミの群れを従え、それに乗って敵を蹂躙した戦争の逸話はあります。オオカミは統率の取れる生物ですし、何より古代より人間と共に歩んできた動物の一つです。


 ティキさんが“従属化”させた以上、アオカミになったハイエナ達がティキさんの管理下から離れるためにはティキさんの同意が必要です。

 あのとき、彼女がとった行動を否定する気はありませんし、彼女自身、何をやったかわかっていない感じがあります。文句は言ってはいけません。


 しかし、私もこの状況に少し疲れ始めています。馬たちがアオカミへの恐怖で怯えて続けているからです。

 いまだに何してきていなくても、ハイエナは馬より強いのです。怯えるなと言う方が、無理な話だとはわかっていました。


 予想外だったのは、馬の怯えが人に伝染したことでしょうか。逆はよくありますが、今回の事例はそうそう聞けることではありません。

 私以外に取って始めての外だということも、理由にはあるのでしょう。

「アオカミがいなければ、もう少し怯えが広がるのも防げたのですけど……。」

初日にして私が溢してしまった弱音を、アフィータは抱き締めて慰めてくれました。


 それからも、兵士たちに怯えが広がることを止めることはできませんでした。

 馬はアオカミに怯え、人は外の空気やのし掛かってくる重圧に怯え、相乗効果でさらに皆が怯える、という悪循環を、決して止めることは叶いませんでした。


 むしろ、私すらもその波の中に巻き込まれかけています。アフィータなど、明らかすぎるほど明らかに痩せ我慢です。

 その渦中に全く入っていないのは、シーヌくんとティキさんだけ。羨ましいことですが、彼らも私たちと一緒に行動したらどうなることやら。


 セーゲルを旅立ってはや5日。今日の目的地はもうすぐで、そこで1日休息を挟む予定です。

 あの風景は怯えきった兵士たちに癒しを与えてくれるでしょうか。それとも、恐怖を助長するのでしょうか?


 私は馬車の奥から二つ、拳大ほどの黒曜石を持ち出しました。最悪の場合を想定して動いておいた方がいいでしょう。

 近くの大岩に近づき、でこぼこ具合や黒曜石の形を見ながら、角度を調整しながら叩きつけました。まず真二つに。次に四等分に。

 私がいつも使う矢よりも鏃を小さく、細く、そして鋭く。


 薪にするために乾燥させている木々の中から、頑丈なものを2本選んで削っていきます。私が普段使わない形に。普段使わない長さに。太さに。

 そうして作り上げた矢を、馬車の奥、私個人用の持ち物のところに隠しました。

 さあ、これからの旅路。私がこの、ルックワーツ正式装備だったこの矢を、使わないことを祈りましょう。




 あれから二日が経過した。このまま順調にいけば目的地には着けそうだし、このまま順調にも行けそうだ。

 問題はそこでは大々的に火を炊くわけにも、獣の肉を焼くわけにもいかないことか。だから、今までに作りためた薫製の肉と昨日茹でたじゃがいもで過ごさなければならないことだ。

「今までと変わりはないけどね、冷たいだけで。」

ただ、その冷たいがどれだけ大きな意味を持つか、という点は別問題だ。ただでさえがた落ちの士気がどん底になる可能性だって考えられた。


 アオカミは相変わらず速度を落とさず、ただ淡々と走っている。スピードが落ちないのはいいことだ、なんて思いながら目を閉じる。

 寝るわけにはいかない。流石に1メートルの高さから落ちたところで死にはしないが、骨の一本くらいは折れるかもしれないからだ。

 だからシーヌの両手はがっしりとアオカミの毛を掴み、両足はしっかりとその体を挟み込み、頭は低くして風から守る。

 日が傾きかけてきて、体が冷え始めた頃に、その目的地は見えた。


 赤、白、黒。いくつかの色の物体が空を駆けている。それを視界に収めた瞬間、代表団とも、彼らと距離をおいて並走しているシーヌたちも、速度を落とした。

 そこは、シーヌの想像するこの道最大級の癒しの場。ありとあらゆる人間が憧れる、世界最高の生物の住処。

「名を、ペガサスという。」

ペガサスに乗ってお姫様を救いにいく王子様の物語は、とても有名だ。


 女の子は救い出されるお姫様と、救い出してくれる王子様との出会いに憧れ。男の子は、お姫様を救い出す王子様に憧れる。

 だからこそ。その王子様の魅力を引き立てるペガサスという存在は、その有用性も相まって、一度は乗ってみたい動物として存在していた。


「ティキ、アオカミはしばらく近づけないで。」

ペガサスの里にハイエナが二匹。トラブルの元になるのは火を見るよりも明らかだ。

「うん、わかった。合図が来るまで、向こうに行っててね。」

ティキは笑って、アオカミたちの頭を撫でてから送り出す。


 彼らはすぐさま、来た方向へ向かって走り出した。きっと、ティキが合図を出すまで近づいては来ないだろう。

「ま、ネコ科だからわからないけど……。」

アレイティア公爵家の“従属化”は、あの家が猫の研究をする過程で生み出した契約魔法みたいなものだ。

 ネコ科専用の魔法だといわれているので、ネコ科特有の気まぐれは起きにくいかもしれない、というよりも起こってほしくはないとシーヌは願った。


 ペガサスの里に到着するなり、この旅始めてのテント張りを始めた。

 今まではただ獣の皮にくるまるだけだった夜も、テントを組んでその中に入るとそれまでの不安が吹き飛ぶような安心感が得られた。


 シーヌはペガサスたちを刺激しないよう、ランプにだけ火を灯して、その灯りを頼りに食事を取る。

 冷えきった芋と肉は、少し物足りなさを感じさせた。しかし、シーヌとティキにとっては、これからも当たり前にあるであろう日常だ。

 兵士たちにはそうではないかも、とはシーヌは全く思わなかった。




 兵士たちの士気は落ちきった。ここがいわゆるペガサスの里だ、と知った兵士もいない。

 なぜ冷えたご飯なのか、なぜ今日はテントを立てるのか、火をつけてはいけないのか。わからない兵士しかいない。

(明日、何人の兵士が残っているだろうか……)

脱走兵の可能性を考えながら、兵士に組み立てさせたテントに入る。明日、ペガサスを見たら士気は上がるだろうか?


 何か魔法が使われている。そんな感覚が身を襲い、横たえた体を外に出します。

 物騒な気配はないが、ここで魔法を使って下手にペガサスを刺激するのは良くないのです。


 魔法の出所に目をやると、シーヌさんが何かを浮かせていました。まずい。そう思って、彼のもとへと駆け寄り……途中で、足を止めました。

 彼は、私たちのテントの周りに柵を立てていました。魔法でまだ乾燥途中の木を浮かせ、地面に突き刺したものから順に縄で繋いでいきます。


 その光景は現実離れしたものでありながら、中流以上の魔法使いにとっては当たり前のもの。

 ティキさんならもっとスムーズにやるでしょうし、私でも一つずつの工程を順にやれば確実にできるでしょう。


 ここはペガサスの里。私たちはペガサスに土地を借りてここで泊まります。

 だからといって、彼らが人間とのコミュニケーションを完璧に取れるわけがない。土地を借りていると示すために、仕切りは作っておかなくてはならなかったのです。


「ありがとうございます、シーヌくん。」

私は彼に労いの言葉をかけ、懐から二枚ほどビスケットを出しました。

 彼にそれを渡しつつ、座っていいかと目で訊ねます。


 もちろん、とでも言ったのでしょうか?彼は魔法を使う頭を休めないまま、その場にどかりと座り込みます。

 私もその横に失礼させていただき、人間とペガサスをわける柵の作成をじっと眺めていました。


「士気が回復しなかったり、次の限界が来たら。」

彼は急に口を開きました。よく見ると、周りの柵はもう完成し、少し余ってしまった木は全て馬車の中に返されています。

「僕が、怒る。ワデシャは僕を追い出せ。」

は?と思いました。追い出す?いや、怒る?彼の台詞がぐるぐると頭のなかを巡り。

 やがて、一つの結末に行き着きました。

「悪役に、なるつもりですか?」

その台詞に、彼は少しだけ困ったように笑んでから。

「復讐鬼に、英雄は似合いません。」

はっとなった。確かに、私たちセーゲルにはガレットを倒した彼を、英雄だと思っている人も少なくはありません。


 しかし、彼がガレットを……師を倒しおおせたのは、決して彼の実力ではないと彼は断言していました。

 復讐に生きるものが、英雄と崇められる。決して、決して。彼にとって、それは良いことでは、ないのでしょう。

 私はじっと彼の目を覗きこみました。彼の目にあるのは覚悟と悲しみ。ティキさんといるときも、その目の色が、心の在り方が、変わったことはありません。


「“黒鉄の天使”と相対するときに。」

彼は、私が拒否しても実行するでしょう。

 代表団の兵士たちに発破をかけ、プライドを精一杯に刺激しつつ、一人でシトライアへ向かうでしょう。


 彼と敵対するのは、兵士たちを守るのは、私でなくても構いません。ティキさんになるかもしれません。

 彼らの目的は、無事にシトライアに着くこと。ティキさんは、きちんと臨時教師の仕事を成し遂げること。


 それが叶うのならば、待遇はどうでもいい。そう、冒険者組合に所属するものとして正しい倫理観で動いているのでしょう。

 はぁ、と軽いため息を一つ。


「私も、一枚噛ませてくれますか?」

私は、商人だ。師と訣別したあの後から、私は商人だ。

 だからこそ、妻とその大切なものを助けてくれた、その恩は返さなければならない。


「……信頼、か?欲しいのは?」

何かあったらお互いが力を貸すという関係性が欲しいのか。そう彼は聞く。

「いえ、恩返しですよ。」

「いらない。その恩は、ルックワーツに返せ。」


そう言われて、うっとなりました。彼の言うことは、最も過ぎるから。

 確かに私は師を裏切りました。育ってきたルックワーツという街を敵にしました。


「恩を忘れた商人には」

「破滅以外に道はない、ですか……。信頼は、夢のまた夢、ですね。」

私はがっくりと肩を落とします。わかってはいました。商人として絶対に、やってはならない行為をしてしまっていたということは。


「関係は全く無いんだけどね。」

シーヌくんが、何か優しい声音で私に声をかけてきます。

 非難するものでもなく、ただあの話は終わった、とばかりに。


「もうティキを蔑ろにするつもりもないけど、シトライアに到着したら別行動はすると思うよ。」

まるで規定事項かのように彼はそれを口にしました。そして、続けて言うのです。

「二週間で“黒鉄の天使”ケイ=アルスタンは殺せない。二週間の準備で、彼我の差は埋まらない。」

である以上、代表団とは別々に行動するべきだ、と彼の目は語っていました。それが間違っているとは思えなくて、私は軽くため息をつきます。


「わかりました。よろしくお願いします。」

最初の彼の提案に立ち返り、私は彼の思惑に手を貸すことにしたのです。

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