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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
忘恩の商人
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アオカミに乗って

 青い毛を生やしたハイエナが二匹、馬が駆ける遥かに遠くを駆けていた。

 ティキが従属化させたアオカミたちから二匹を同行させるとこにしたのだ。彼らはシーヌとティキを乗せて、馬たちからギリギリ見えるが安全だと判断されるような距離を走っていた。


 馬は、誰でも人を乗せるわけではない。まだセーゲルを訪れて日の浅かったシーヌたちは、馬と心を通わせるような時間はなかった。

 セーゲルの代表団が使う馬の代わりに、アオカミに乗る。彼らは“従属化”のおかげで、ティキに従順だから、馬の代わりは十分に果たせた。


 問題は馬の方である。アオカミと名を変えても、ティキに従属していても、ハイエナは馬を食う。

 そんなものが近くにいたら、警戒して怯えて逃げる姿勢を向けるのも至極当然であり、シーヌたちはその対策を考えることを余儀なくされた。


 その結果が今の、見えるか見えないかの距離を置いた追跡だった。シーヌたちは馬に怯えられず、かつワデシャたちを見失わない絶妙な距離を維持している。

 シーヌは視力の強化をして代表団との位置関係を時折確認しながら、短剣に丁寧に砥石をあてる。

 話す相手がティキしかいないというのは退屈だ。しかもそのティキは今、アオカミにしがみつくのに必死になっていて、とてもシーヌと会話ができるような状態ではない。

(馬車、買った方がいいのかなぁ)

冒険者組合員と言えば、ただで譲ってくれる人はいるかもしれない。そんなことを思いながら、腰に縫いつけた竜の爪に手を触れる。


 何個の紅石を得るとこができるだろうか。そう思って、少しだけ口角をあげる。紅石とは、いわゆる通貨である。

 色のついた立方体の石。長さはそれぞれ一センチほど。最低価格が碧として、翠、黄、紅、銀、金と上がっていく。それぞれの単位は100ごとに上昇する。


 紅石一つで碧石百万個分。一般によく出回っているのが黄石までなのだから、竜の爪がいかに高いかがよくわかろうというものだ。

 シーヌはクトリスの死骸が残っていないのを残念だと思っていた。半自然生命体である上位の竜を殺すには、その体を消滅させるか、竜の生命力を消し去るかか、そのどちらかが必要だ。


 ワデシャは正しい方法でクトリスを殺した。しかし、だからこそ生命力だけを消して体を残して欲しかった、などと思うのだ。

 そんなことシーヌが望むのは筋違いではある。シーヌはクトリスと戦っていないし、ルックワーツではひたすら逃げていた。

 しかし、シーヌはクトリスの身体を残して殺すことはできた。そう彼は断言できるから、シーヌはワデシャに文句を言いたかったのだ。

(とはいえ、言えないけどさ。)

代表団が走っている方向を見ると、チカチカと灯りが点灯していた。

「ティキ、ご飯にするよ。」

シーヌは彼女にそう声をかけ、走っているハイエナに速度を落とすように伝えた。もう昇っていた太陽は傾きかけている。

 十分に速度が落ちたところで、シーヌは乗っていたハイエナから飛び降りた。ティキは飛び降りるのではなく、魔法で一瞬空を飛び、危なげなく降りたようだ。器用な真似をするな、と少し羨む。

 アオカミたちに周囲の警戒を命令して、ダッシュでワデシャたちの元へと行って……シーヌは何びきかの動物を落とした。


 兎、狐、猪。シーヌが途中で狩って血抜きを終わらせ、宙に浮かせて運んでいたものだ。

「助かります、シーヌさん。おかげで毎日新鮮な食べ物が食べられる。」

保存食の芋をいくつか、捌いた獣の皮で包んで火の中に放り込みつつ、ワデシャが礼を言う。

「まだ三日め、ですか……」

「ええ。予定通りに進んではいますが、予想以上に兵士の士気が落ちていますね。」

シーヌの声からその意味を察して、ワデシャが疲れたように言う。二人の視線の先には、セーゲルの問題が、露骨に現れていた。


 彼らはセーゲルの外の世界に出たことのない兵士たちだ。出たことのある者たちも、せいぜいルックワーツとの抗争かそのための訓練として、である。

 セーゲルの外にずっといることへの恐怖。はじめての外出が、王への謁見、セーゲルの将来の左右という重荷であること。それが代表団たちの心を暗くしていた。

「いずれスピードが落ちる日すらくるでしょうね。なんとかして気分をリフレッシュさせないといけないのですが……。」

ワデシャは火を管理しながら、頭を悩ませる。セーゲルの問題はセーゲルの問題たして、彼に対処させた方がいいだろう。

「やはり、難しいですか、ワデシャ?」

馬車の中から大量の串を出し、肉を捌く端から突き刺しながら、アフィータが問いかけた。

「厳しいですね……皆は今何をしていますか?」

「何人かは火の番、何人かは獣の皮の加工、残りは近場から薪の調達です。暗くなりきる前に三本、伐り倒して持ってこいと命令しました。」

「あぁ、それでいい。調理係はどうしています?」

アフィータは無言で馬車を指差す。そこでは、解体された獣を必死で捌き食べられる大きさに切り分けている兵士たちがいた。

「脂はわけておいてください。ランプの油の足しにします。」

「は、承知いたしました!」

ワデシャがいつも通りに夜営の指示を出す。灯りの油は、こうして毎日のように補充することで不足にならないように対処していた。


 ティキと二人で、そっとその場を離れる。まだワデシャたちに渡さなかった、二頭の大猪の身を捌き、皮を剥いでティキに渡す。

 彼女はまっすぐに川に向かった。夜営するための条件として、ワデシャはきちんと水場がそう遠くないところを選んでいる。

 ティキと二人で食べる分を確保すると、掌の上に光の玉を作り出した。

 ワデシャたちからもらい受けた薪を組みながら、その光の玉の色をゆっくり七回変化させた。

 七色目が終わった瞬間、二頭の獣の足音が競うかのようにやってくる。

「今日もありがとう。」

現れた二匹のアオカミ。シーヌたちを乗せて今まで駆けてくれた彼らに、残りの肉を投げた。

 グルルルル、と威嚇するような音を鳴らしながら、投げた肉に二匹がかぶりつく。走っている間ずっと、死んだ肉の匂いを嗅ぎ続けていたのだ。空腹は当然のことだろう。

「我慢させてごめんよ。」

それを眺めながら、シーヌは薪を組み終えて、火をかけずにティキが帰ってくるのをのんびりと待った。

「ただいま、シーヌ。お芋、出来たみたいだからいくつかもらってきたよ。」

洗い終わった獣の皮を持ち、焼き上がった芋を浮かせてティキがシーヌの隣に座る。ほのかに獣の匂いがして、ティキも自分で動くようになったんだな、なんて些細な喜びを覚えた。

 ティキが来たのを見計らって、アオカミたちがまた警戒に戻る。どうやら、シーヌがティキを待っていたのに気がついていたようだ。

「そう。じゃあ、食べようか。」

薪に火を放つ。轟々と燃え始めた火を囲んで、二人で静かに夕食を摂り始めた。




 ティキは貴族のご令嬢だった。だから、彼女の食事は、ろくに食器もない野外の自炊でも上品である。

 きっと教育の賜物で、無意識に上品に食べようとしているのだろう。

 上品に食べるということは、食べ方が美しいということだ。美しいものは目の保養になるし、こんな緊張感溢れる旅の途中ならなおさらである。

 しかしシーヌには一つだけ不満があった。彼女の食事は、遅いのである。ゆっくりゆっくり咀嚼してから飲み込むため、一口一口が非常に遅い。

 最後の一口など、ほとんど冷めていると思う。火を囲んでいるからいいものの、これが町の中の普通の店であったなら、美味しくない料理になっていること間違いなしである。

(この旅の間になんとか、もう少し早く食べてもらえるようにしないと。)

初日にそう思い、シーヌはさりげなく「もう少し早く食べられない?」と急かしてみたのだが……。

「昨日より二分だけ早くなった、かな?」

体感時間だが、日に日に速度は上がっている。食べる量も変わってはいない。

 一時間かけていた食事時間が、55分に変わった。これなら一ヶ月後にはかなりの期待ができるだろうと、今食事速度が遅い分は割りきることにした。

「で、なんだけど。」

火の上にシーヌが浮かべた猪の毛皮を眺めつつ、ティキが口を開く。食事が終わったら話をする、というのが、彼女の流儀らしい。

(そういえば試験のときもセーゲルについてからも、食事中に話したりはしなかったかな?)

シーヌが話しかけても、頷くとか首を振るとかの反応しかしていなかった、と思い出した。

「移動速度が落ちちゃうわけにはいかないでしょ?どうするの?」

ティキが前ふりなく核心をつく話をしてきた。それはワデシャ共々、二人の悩みの種だ。

 娯楽もない、気を緩める何かもない。ずっと気を張りっぱなしの行進では、どうしてもいつか限界がくる。

「とりあえずは、明後日に期待すればいいかな?」

しかし、シーヌはまだ大丈夫だと思っていた。明日1日。それだけ予定通りに消化できれば、一端気を緩められるときが来る。

「問題はそのあとだね。多分、それでその場は誤魔化せても、三日でその誤魔化しも効かなくなる。」

シーヌはその先に悩みの中心を置いているらしかった。ティキはその理由をよくは知らなかったが、シーヌが自信をもって大丈夫だと言っているなら大丈夫だろう、と信じることにする。

 なら、シーヌが不安視している3日後だ。しかも、シーヌのことだ。長めに見積もっているのだろう、と判断する。

(じゃ、2日か、早いと1日かな?残りの行程は、明後日から5日……なんとか、なる?)

ティキはシトライアに着くだけならなんとかできるかな、と呟く。

 耳聡くそれを聞き付けたシーヌが、え、とこぼした。シーヌは今それを何とかするために頭を捻っているのに、ずいぶんと簡単に何とかなると言われたから、驚きの声が隠せなかったのだ。

「どうすればできる?」

「えっと……」

まるで悪事を企むかのように、夜の暗がりの中で二人火を囲んで、打開策について話し合い始めた……。



「それは……厳しいな。」

苦い表情でシーヌは呟く。ティキの提案は可能といえば可能だ。それがシーヌとティキにもたらす影響を度外視すれば、正しい手段とすら断言できる。

「でも、それが多分、一番手っ取り早いと思うよ?」

「だろうね。でも、ティキもやりにくくなるよ?」

「もともと部外者だから。」

その返事を聞いて、シーヌは手を顎に当てた。今後の展望について悩んでいるのだろう。

「……僕の望みとも多少合うし、どうしようもなかったらそれで行こうか。」

シーヌがティキの提案をのむのに、大した時間は必要なかった。当然だろう。そうするのが彼にとっては最も都合がいいのだから。

「じゃあ、寝よう?明日も早いんだし。」

「そうだね。もう毛皮も十分に燻せただろうし……。」

魔法で浮かせ続けた毛皮を地面に降ろし、一枚を地面に転がして横になった。

 もう一枚はティキが持ってきて、シーヌと同じ毛皮に乗って上から被せる。二人はそのまま互いの手を握って目をつぶると、そのまま眠りに落ちていった。



 ほとんどの兵士たちが寝静まった夜の闇の中で、シーヌたちが同じ床に入ったのを確認した。

「一体、どうしてあれほど仲がいいのに結婚式を断ったのでしょう?」

アフィータは目の前で眠る準備を整えているワデシャに言う。ワデシャが苦笑するとともに毛皮を地面に敷いて、アフィータとともに横になりながら言った。

「彼はイバラの道を歩んでいますが、ティキさんはそうではないですから。彼女は冒険者組合に所属するところまでがイバラの道でしたが、終えてしまえばただの最強格候補の小娘です。」

シーヌの人生とティキの人生は全く別である、そう思っているのだとワデシャは気づいていた。

「それだけではなく、ティキの望みであっても、自分にその幸せの資格がない、と思っているのでしょう。」

ワデシャはシーヌが気づいていない内心まで、読んでいた。毛皮にくるまり、目を閉じて、睡魔に誘われながら最後の一言を口にする。

「他の友人は死んでしまったのに、自分が幸せになっていいはずがない。彼はそう思っている節があるのでしょうね……。」

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