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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
忘恩の商人
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貴族の娘

 会う前に殺される。それはシーヌが確信していることだ。シーヌが生きているということ、復讐して回っているということ。

 それは、クロウの生き残りがいない、という公式発表があったからこそ、考えられることのほとんどない可能性だ。

 史上、復讐者が国を覆すほどの力を得たことはなく、国を覆したこともない。得てして国を覆した復讐者は、途中で理想の代弁者、叛逆の英雄として祭り上げられ、復讐から遥かに離れ始める……。


 ただし、国家転覆ではなく政権交代ならば、復讐者でも簡単に起こせる。復讐相手が、権力者てあればいいだけなのだから。

 そして権力者はたいてい、保身能力が高い。シーヌの過去など、顔と名前さえあれば簡単にわかるだろう。

「ましてや僕は“黒鉄の天使”と一度相対している。」

 顔を見ればシーヌの素性がばれる。顔を見られるのは国王への謁見の最中。そんな状況で、復讐なんてできはしない。


「同行はできない。せめて一対一で戦う環境が整わないと、復讐は叶わない。」

ドラッドもガレットも、それについては気にしなくて良かった。あくまで個人の因縁で、個人の戦場で戦えれば良かったのだから。

「あいつには、元帥という職と責任がある。それを重んじる人間だとも聞いている。簡単には……」

「気にしなくても大丈夫だよ。」

ティキはシーヌの言い訳を遮った。シーヌはやっぱり普通の人だと笑いながら、ティキは自分の常識を口にする。


「謁見が起きるのは、面会届けを出して大体一月はかかるよ。セーゲルという事情を鑑みても、二週間より早くはならない。」

つまり、王都に入って二週間経たないと、“黒鉄の天使”がシーヌを知ることにはならない、という。

 ティキは、王侯貴族のシステムはよく知っていた。例え血脈結婚のための道具とはいえ、ティキは公爵家の娘である。

 王族、政治に関する知識、才能はシーヌを遥かに凌駕していた。

「もちろん、絶対とまではいえないけれど、シーヌは名前を変えているし、結婚もしている。だったら簡単にはバレないんじゃないかな。」


ティキはすらすらと淀みなく口にする。まるで暗記した本を諳じるかのように、その口調に迷いはない。

「だから、大丈夫。セーゲルの同行者という肩書きも、何かの拍子に使えるかもしれないでしょ?」

シーヌは黙った。王都までの道のりを考えると、二人での旅路は少し苦しい。それを考えると、間違いなくティキの提案は正しいのだが。

 セーゲルに借りを作りたくはなかった。シーヌ自身の復讐は、セーゲルとの利害一致があったから協力しただけで、そこに貸し借りはないはずだ。

(……いや、ティキ一人になったときのために、ティキが頼れる場所が必要かな?)

ティキがついてくるのはもう諦めた。しかし、復讐も、その結末も諦めたつもりは全くない。


 万が一を考えたときのために、ティキの居場所を用意しておいた方が、シーヌにとって都合がよかった。

「わかった。……同行させてもらってもよろしいですか?」

後半はガセアルートに向けて言った言葉だ。それを聞いて、ティキとガセアルートは嬉しそうに笑った。

「ガセアルートさん、少しお話してもよろしいですか?」

ひとしきりニコニコして満足したのか、ティキが次の話にガセアルートを誘った。

「ええ、もちろん。どんなものでしょう?」

「同行時の、私たちの扱いについて。」

急にティキは声音を変えた。まるで、プライベートと交渉を切り替えるように。


 その声を聞いて、シーヌは思う。やはり、血筋は血筋なのかもしれない、と。

(ま、これは文句がない限り見守ろうかな?)

復讐にかまけ、“復讐”に頼っているシーヌは、それが導かない道に弱い。復讐を果たすために最善の道を選ぶなら、シーヌは一人で歩むのが正しいのだ。

 しかし、ティキからは逃れられない。“復讐”が定める道は、教える方法は、シーヌの行動と復讐対象、二人きりで戦うという道しか、示唆しない。

 ティキが同行する時点で、シーヌのもつ奇跡は、復讐するその時以外では無用の長物と化していた。


「扱い、と言われましても、あなた方はセーゲルへの協力者です。それでは」

「ダメです。セーゲルがシーヌの協力者であるなら構いませんが、私たちはセーゲルの協力者ではありません。」

キッパリとティキが言う。シーヌもティキも譲るわけにはいかない一線をそこに引くことが、シーヌたちの絶対条件である。


 と言われても、シーヌたちがセーゲルにとって都合のいい戦績を残してくれたのは事実だ。だから、ガセアルートはすぐに頭を抱えた。

 キャッツ様がいらっしゃれば、などという妄言すら吐いた。それほど彼は、いやセーゲルは、政治に疎い。

 政治に疎いと思い出して、はっとした。ティキの望む待遇について、ガセアルートは思い至ることができた。

 冒険者組合は圧倒的実力者の寄り合いである。その戦闘力はその他大勢とは一線を画す。

 それでもそこに所属しない強者もいて、ルックワーツの超兵などのように国や組織が育てあげた強者などもいて。


 そうすることで、世界と冒険者組合は実力的に辛うじて均衡を保っている。

 そもそもにして、冒険者組合以外に居所のない怪物が、冒険者組合に何人いるか。シーヌが千人束にならなくては倒せないような強者も、冒険者組合には両手の指の数ほどはいるのだ。

「我々の政治顧問として、指導をいただきたい、ティキ=アツーア=ブラウ様。」

「私は内政には疎いです。外務でよいのならば、若輩ではありますが、手をお貸ししましょう。」

自分よりも遥かに年下に教えを請う屈辱。それに全力で蓋をして、ガセアルートは頭を下げる。

 目の前にいるのはティキ=アツーア。アレイティア公爵家において、血脈結婚という歪なものを押し付けられそうだった憐れむべき娘。


 ガセアルートは、ようやくアフィータが彼女を恐れた理由を知った。彼女は正真正銘、冒険者組合の組合員だ。

 ……ガセアルートなどより、遥かに傲慢で、強欲で、圧倒的に……上の位置から、セーゲルを、シーヌを、そして自分自身を観ていた。


 ティキが持っていった結論は、シーヌたちにとって、都合の悪くない結果になっていた。

 都合がよくはない。都合をよくしたいなら、そもそも二人で行く方が都合だけならいい。しかし、そうしないとシーヌが決断してしまった以上、ティキは上手い落としどころを選んだと思う。


 冒険者組合は、どこにも所属しない。バグーリダはセーゲル所属ではなく、冒険者組合セーゲル支部所属だから、今回の争いに参加しても問題はない。


 理由は二つ。一つは、降りかかる火の粉を払っただけだから。それが、たとえ数百人の命を一人で奪うことになったのだとしても、それはバグーリダが普通に戦っただけだ。

 ……かつての“空墜の弓兵”ならば、それくらいは片手間でできることだった。だからこそ、彼がセーゲル陣営で戦ってルックワーツに出させた被害は、そう多い数ではない。

 二つは、セーゲルをバグーリダが建て、妻キャッツが治めていたから。


 彼がセーゲルを創ったという来歴は変わらず、夫婦だったという事実は変わらない。それは冒険者組合員であろうとなかろうと、堂々と主張できる彼の人生だ。

 だからこそ彼はセーゲル陣営で、片田舎の抗争に関わったところで問題はない。問題は、シーヌたちだ。

 利害の一致。道程の短縮。安全の確保。どの理由があろうとも、戦争に最強勢力が首を突っ込むということには問題しかない。

 言い訳は許されず、シーヌたちは罪人だ……世間が見れば。


 世間が見ればということは、裏では当たり前のように起こっているということでもある。当然だろう。

 冒険者組合というのは、目的の一致しない、ただの強者の集まりだからだ。個人個人で目的がある以上、個人個人に交渉の余地は出る。

 ただし。ただし、だ。それが何の益もない、ただの傭兵まがいの行動であるなら話は別。報酬目当てなら、その報酬に見合うだけの働きしかしてはならない。

 最強勢力は、最強であるという誇りだけは傷つけてはならない。むやみやたらと力を振るえる、報酬さえ弾めば力を借りれるなどと思われてはならないのだ。


 今回のシーヌたちの行動は、シーヌの復讐を公にしてもいいならば、冒険者組合のルールから逸脱しない。公にしてもいいならば、だ。

 隠し続けたいのならば、シーヌたちの行動は傭兵以外の何者でもなく、粛清対象以外の何者でもない。

 だから、二人は辻褄を合わせた。


 ティキは政治を教える教師として、セーゲルのもとを訪れた。そして、その教育機関中にルックワーツが攻めてきた。

 ティキとその夫シーヌは、降りかかった火の粉を払うためにセーゲル陣営として参加した。

 ティキとガセアルートがこの瞬間に組んだ段組みは、この通りだ。

 多少、いやかなり強引ではあるが、セーゲルにものを教えるという建前は冒険者組合で半義務的な扱いになっているし、ティキの出自から考えても違和感はない理屈だ。


 逆にセーゲルのプライドは落ちる。たかだか一介の雇用教師とその夫に、自分達の問題の解決を手助けされたことになるのだ。

 戦術指南でもなく、傭兵でもなく、政治の教師。彼らにとって、自分達の問題を自分達で解決できなかった以上の、ひどい屈辱である。

(冒険者組合としては正しい在り方だ……。これからも交渉事はティキに任せた方がいいかな?)

二人で行くなら役割分担も必要だ、とシーヌは思う。

 血は争えないことが、今までのティキの言動で理解しているし、どうやらセーゲルに滞在していた二週間ほどの間、ティキはちゃんと勉強を欠かさなかったようだった。

 彼女は世間や国情の勉強さえすれば、貴族の娘らしい、強かな女の子になるのだろう。




 ガセアルートは同行するティキとシーヌの扱いについて、王都への派遣団に説明をしていた。門の前に全員が終結し、その数は数百に登る。

「今回は急がなければいけませんのでこの人数でいいですが、次からはこの十倍は用意してください。」

ティキは“自由の聖人”にそう告げている。はて、と首を傾げる彼に、ティキは「舐められますよ」と伝えた。

 なんでも、街の代表の人数というのは街の権威、実力を示しているらしい。少ない人数しか派遣しなければ、王都に「大した価値なし」と切り捨てるに十分足るようだった。

「んな、馬鹿な……それだけ人数を派遣したら、移動費だけで街が傾くぞ。」

「それが傾かないと証明し続けなければいけないのが、国に属する街の仕事です。」

出来なければ国に廃棄される。廃棄されれば、その街の人的資源を巡って攻め込まれるのは時間の問題だ。

「なんて、ふざけた……。」

アスレイは頭を抱えて蹲った。それを横目で見ながら、ティキとシーヌは派遣団を眺めている。

「ではアフィータ、ワデシャ、後は任せました。」

ガセアルートがセーゲルの街の旗をアフィータに渡す。これで、アフィータがセーゲルの代表、ワデシャが副代表となった形だ。


「さて、では皆、よろしく頼む!」

ガセアルートは代表団に長口上を述べることもなく送り出した。代表団も何ら違和感を覚えることもなく、そのまま門をくぐって街から出る。

「さ、シーヌ、行こう?」

差し出してくるティキの手を握った。今から僕らは、王都に……政略渦巻く、ネスティア王国の中心へと向かう。

「うん、行こう。」

どす黒い内心を押さえ込んで、シーヌはティキに微笑みかけた。

(さあ、貴様の命は絶対に奪ってやるぞ、“黒鉄の天使”ケイ=アルスタン!)

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