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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
竜呑の詐欺師
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望まぬ報酬

 四方全てに、シーヌは姿を表し、自らの武功を揚々と語った。それによって、東、南門の辛うじて保たれていた均衡も崩壊。セーゲルはルックワーツに無事、勝利した。

 戦死した兵士たちの遺族への謝金、骸の処分、鎮魂のための葬儀と、聖人会の人間たちはあちらこちらと忙しく駆け回ることになり、ティキの願いでシーヌもそれを手伝っていた。

「ティキ。」

三日たったその日に、シーヌはしかし、決心をして彼女に声をかけた。次の復讐相手はもうとっくに決まっていて、その相手にティキを巻き込むわけにはいかなかったから。

「シーヌ、行くならちょっと待ってよ。聖人会の会議に呼ばれてるから、それだけ終わらせよう?」

戦後処理のための、最後の会議……だったと聞いた。それならば出席してもいいかと、シーヌは割りきった。

「いつからだっけ。」

「今晩だよ。」

時間を聞きたかったのだけど、とシーヌは呟いた。呼ばれるまで待っているしかないのだろう、と諦める。

「私は用事があるから、行ってくるよ。」

ティキはそう言って宿から出ていく。自分は何もやることがない。

「……1日くらい、休むか。」

復讐のために費やしてボロボロになった体を、次の復讐のために万全を期すべく、癒やすことにした。



 ティキは聖人会御用達の服屋に駆け込んだ。たった10日で作り上げられた花嫁衣装は、元がアフィータの予備の衣装ながらも、もう彼女に合わせて作り直されている。

 ティキとアフィータの背丈は大して変わらない。160を越えないくらいの高さで、横幅に関しても少しティキが細いくらいだ。

 キャッツの遺言があったから、アフィータは喜んで衣装の一着を貸し出した。聖人会の権威に名を借りて、盛大に結婚しようとしていたアフィータのお陰で、衣装作りのために何ヵ月も留まらずに済んだ。


 さっきシーヌがティキに言おうとしたことは、わかりきっている。

 シーヌはそういう人だとティキはわかっているし、ガレットを殺して、彼の復讐の炎がさらに燃え上がってしまったのも気がついていた。

 だから、急ぐ必要がある。駆け込んだ店で急かしながらも衣装の調整を済ませると、ガセアルートの元へと駆けた。


 ガセアルートはこの街の学び舎にいた。“授与の聖人”は、聖人会の政治のトップとして、この学舎の暫定的な校長として扱われている。

 セーゲルという街には、聖人会の影が見えない場所は、ない。

「シーヌがしびれを切らし始めてます。」

彼の元へ案内されて早々、ティキは開口一番に本題に入った。

 結婚式の遺言も、その企みも、知らないのはシーヌ一人である。だからこそ彼はまだこの街に留まっているのであって、知っていたらきっとこっそりこの街を発っていただろう。

「わかりました。こちらの準備はもう終わります。今日1日あれば十分でしょう。」

「助かります。では、シーヌには今晩話すのですか?」

「ええ。逃げられないように、カレスを監視としてつけるつもりです。」

徹底している。それなら、結婚式を開くのに何の障害もないだろうと思った。

 ティキがこの外に憧れた理由は、この世界に広められたありとあらゆる物語だ。その中には、少なからず結婚を成し遂げるものも存在する。

 ティキの結婚願望は、高い。もうシーヌと結婚してはいるのだが、だからこそ結婚式をしたいという願望は、あった。

 シーヌの気持ち以外の障害は、もう何もない。そうわかると、次にティキはエスティナの元へと、ゆっくり歩き始めた。



 夜までぐっすりと眠っていた。復讐心は衰えなくても、体は疲れを感じていたらしい。

 宿に届いていた短剣を回収する。血糊がべったりだったそれは、きちんと綺麗に拭われて、砥石をかけて返されていた。

(僕の役目は終わったはずなのに、どうしてここに留めておくのかな?)

すぐさま出ていけと言われてもおかしくなかった。兵士や住人相手はさておき、聖人会の人たちには全力で喧嘩を売っていたのだ。

 毒物が入っていないか確認して、水を飲む。もしかしたら聖人会は、世に出したら危険でしかないシーヌを殺すつもりかもしれないと、本気で考えていた。

「シーヌ。」

ティキが僕を呼んだ。時間らしい。寝起きで少し重たい腰を無理矢理上げて、シーヌはティキの隣へ向かった。

「次はどこへ行くつもりなの?」

「ネスティア王都、シトライアへ。」

そこで、“黒鉄の天使”を討つ。俺の復讐相手としては、最強に位置するもの。

 上位の竜より強いのがガレットだが、中位の龍と互角に戦った逸話を持つのが、その“黒鉄の天使”だ。

「強いの?」

「うん、強いよ。それだけではなくて、ネスティア王国が彼を守っているからね、簡単には手出しすらもできない。」

それに彼は、きっと“奇跡”を使える能力者だろう。ガレット以上に、簡単には倒せない。

 戦争でも起これば楽なんだけれど、と思って、それでは本末転倒だと首を振る。まさかこんなところで躓くとは、と思ったところで、再び首を振った。

「今日までは上手く行きすぎた。ティキ、次からはもう少し慎重に行くよ。」

口にしながら、嗤った。上手くいって、命を落とした。上手くいかなかったらいったいどうなっていたのだろうか、と。

 そういう話をして、これからの復讐について想いを馳せる。そのうち、会議をするための地下室の前まで辿り着いた。

(セーゲルとは、これで縁切りだな。)

そう、少しだけ感慨深く思って。まだ一週間と少ししかいないのに、だ。

 ティキが扉を開ける。シーヌが入り口を潜る。

 縁切りまでもう少し。



「セーゲルから聖人会という組織そのものを、なくしてしまいましょう。」

開口一番に、ガセアルートはそう言った。この街の歴史に、聖人会の関わらない時はない。たかだか60年や70年であろうと、既存のものを無くすのは大変なことだ。

「エスティナ、構いませんね?」

最初期の聖人会の生き残りに尋ねる。

「構いませんよ。私ももう隠居しますし、この街の聖人会はすでに本家から離れすぎています。」

戦場で最も苛烈に戦った男とは思えないほどに穏やかな声で、彼はそういう。

 何が、とは言わなかった。本家の聖人会を知っているのはもう、この街には数えられるほどしかいない。

「ではまず、今後について話しましょう。この街の政治について、ですが……。」

一旦そこで口を止めた。自分の決定を話すと、独裁になってしまうのでは、と危惧したのだ。

 しかし、今は仕方がないと諦める。誰かしらがやらないと、誰も政治などやらなくなる。

「バグーリダ、あなたを顧問として、セーゲルの政治に復帰させます。」

老い先短い彼を使う。そうすることで、聖人会を政治から引き離しつつ、後続を育てる。

 ワデシャとアフィータが、聖人会とそれ以外の融和を象徴するのであれば、バグーリダの役割はセーゲルの、冒険者組合との融和の象徴だ。

「引き受けよう。……で、ワデシャはどうするつもりかね?」

「彼とアフィータはまずシトライアへ行ってもらいます。陛下に事の次第を報告しなければいけません。」

今まで、ルックワーツとの抗争があったからセーゲルはその不義を国から責められていなかった。

 セーゲルを遊び相手にさせていれば、ルックワーツが国に刃を向けることはない、という打算からだ、とキャッツは昔言っていた。

「そこでワデシャ。あなたたちに国に要請して欲しいことがあるのです。」

「何をでしょうか?」

ワデシャが口を開く。バグーリダとガセアルートだけが話していて、他は何も口出しをしていない。決められた流れなのだろう。

 自分達がここにいるのはどうしてだろう、とシーヌは思った。セーゲルの統治については、もう彼にはどうでもいいことだ。

 本格的に暗殺の心配をした方がいいかもしれない。怪しすぎる。

 想念をわずかに広げた。本当に微量。自分と同等の魔法使いでなければ気がつかないほどの。

 ティキの方にわずかに目線を向けると、なぜか少し動揺していた。暑くもないのに、頬に一筋、汗が流れている。

 バグーリダも気がついたみたいで、何かしきりにガセアルートの方に視線を向けていた。

 その信号を受け取ったのか。ガセアルートが口をつぐみ、それを合図にしたかのように聖人会に緊張が走る。

 シーヌも身構えた。バグーリダと戦って、勝てる保証はない。しかもカレス将軍とワデシャもついてきている。

 ティキを抱えて逃げる算段をつけ始めた頃に、ガセアルートが再び口を開いた。

「話は途中だが、ブラウ夫妻の結婚式についての協議を始める。」

その言葉が、シーヌの頭に染み渡るまでにかなりの時間を要した。

「……どうしてだ?」

辛うじてひねり出された言葉は、動揺を覆い隠した疑問。彼に式をあげるつもりはなかった。そんなお金もなかった。

 冒険者組合に所属している以上、宿はただ同然で手に入れられることが多い。せいぜい狩った獣の皮でも剥いで売り飛ばした金で、食糧難にさえならなければいい。

 だから、せいぜい今持っている金目のものといえば採取した竜の血くらいだ。そんなもので、式があげられるはずがない。

「キャッツ様の遺言です。あとは協力への報酬といったところでしょうか?」

別に報酬の約束はしなかったはずだ、とシーヌは頭の中でどなり散らした。自分は冒険者組合に所属しているだけで、傭兵ではない。

「成果には報奨がなければ、他のものへの示しがつかないのですよ。」

「その示しを完璧に無視できるのが、冒険者組合の特権でしょう!」

最強集団が、目下のものから報酬をうけとるなど、それこそあってはならない。

 この場合、シーヌが正しい。冒険者組合に所属するということは、社会のルールから外れるということ。むしろ社会のルールを適用したら、怒られる方が多いのだ。

「……ダメ、シーヌ?」

ティキの声に、一気に怒りが抑え込まれた。怒ってはいるが、ティキもグルだとその声で気付き、怒りの矛先を向ける場所を見失った。

「……父親役は誰がする。ティキの家は……気づいているんだろ?」

アレイティア公爵の名声は大きい。それが悪名であろうとも。

 実の父親が生存しているのに、無視して代わるのは人道的に許されることではない。それが例えすでに親の了承を得ずに結婚している二人だったとしても、だ。

 ここまで徹底的に拒絶するシーヌに、セーゲル側は皆一様に首をかしげた。男の甲斐性も何もかもを擲ってでも結婚式をあげたがらないシ

ーヌには、理解が及ばなかったのだ。

「あなたは、なぜ……」

「伝令、伝令!」

問いかけようとしたアフィータの声を遮って、壁から声が聞こえ始めた。地上から細い管を通して、この部屋に声を届かせているのだ。

「ネスティア王国王都、シトライアからの使者あり!至急返答願います!繰り返します……」

それを聞いてサァッと顔から血の気を引かせつつも、ガバッと立ち上がったガセアルートは、叫んだ。

「今すぐに行く!決して壁のうちにはいれるな!」

地上へ一直線に向かいながら、ガセアルートは後悔した。ガレットは、国王が動いたということだけは、本当のことを言っていたのかもしれない、と。

これで、竜呑の詐欺師編は終わりです。

次は竜殺しの商人編になります。


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