復讐鬼、詐欺師との決戦へ
ティキ達と執事、この二組の争いが完全に見えなくなるまで、いや見えなくなっても、シーヌたちは全く動かなかった。
ガレットは愉悦に浸るような笑みを隠さず、シーヌは恨みのこもった眼差しを隠さずに、それでも一歩たりとも動かない。
「アニャーラ。初めて会った日のことを覚えているか?」
最初に口を開いたのは、ガレットだった。まるで恋人に吐くようなセリフを、憎悪の眼差しを向けてくる少年に零す。そのことに怖気を感じながら、シーヌは気丈に、さらに強く睨み返し。
「さあ、知らないな。」
吐き捨てた。しかし、シーヌは口先で吐き捨てておきながら、完全に思い出していた。
いや、思い出すことでもなかったのだろう。シーヌは今日まで、何度あの日の光景を夢に見てきたことだろうか。『歯止めなき暴虐事件』、クロウの街、シーヌの生まれ育った故郷が滅びたあの日を、シーヌは一生抱えた傷跡として抱えて生きていく。
毎日どれだけ平静を装っていても、どれほどの激情を抑え込んでいても、彼は常にそれを思い出し続けているのだから。
今日までガレットとシーヌは三度、邂逅した。二度目は直接乗り込んで殺そうと思っていた時。こちらに向かってくる彼と戦い、勝利できずに負けた。
お互いに致命傷はつかなかったとはいえ、内容的には間違いなく負けていた。あの実力差、奇跡がもたらす、“復讐”の力がもたらす未来予測をもってすら勝てない実力差。それがわかっていたから、シーヌはセーゲルと手を組むことを選んだ。
三度目は暗殺をしようとしたとき。復讐の対象ではない人間の動きは“復讐”が予測することもできず、今度は命すらも失った。
一度目は……『歯止めなき暴虐事件』。あの時に邂逅した。彼が、シーヌが最初に会った宿敵。そして……クロウの街を滅ぼしてなお、シーヌの身近な人物を殺したわけではない人物。
走っていた。シーヌの体はもうとっくに限界を越えていて、それでも義兄を救おうと駆けていた。
防衛兵団の援助をしていた僕は、すべての門が壊れた瞬間に義理の兄の元へと駆け始めていた。門から次々と兵たちが入り込んでくる。シーヌにとって、彼ら邪魔者以外の何物でもなかった。
最初の一人の女性を殴りつける。いなされて腕が掴まれそうになった。走り抜けながら、腕に冷気をまとわりつかせる。
女性兵士が出した手を反射的にひっこめた隙に、全力で前進した。そのまま進もうとして、大きな足音に驚いて止まる。
周りを見ると、とんでもない数の兵士が僕を囲んでいた。十人、二十人。四十を数えたころに考えるのが面倒になって、やめた。
鍛冶屋に行った時の熱さを思い出しながら、それを周りに吹き荒らした。この熱で兵士たちが一歩距離を取ってくれたら、その一歩分の助走で人垣を越えるつもりだった。
なのに、全く動揺しなくて、思った。じゃあ電気で体を麻痺してもらおう、と。
それは成功した。最前列はしびれたように動かなくなった。だから、その瞬間を狙って走った。痺れた兵士の肩を蹴り飛ばして、それを土台に跳躍して……捕まった。
四メートル近く、跳んでいたと思う。なのに、見事に僕は失敗した。何かに襟元を掴まれたのだ。何だ、と思って振り返ると、赤竜の足がそこにあった。
「名を聞こうか、少年。」
少し離れた地面に降ろされ、そこに乗っていた男に聞かれた。
厳しそうな声に似合わぬ、とっても楽しそうな表情を見て、思った。こいつと関わってはいられない、と。
「シーヌ=アニャーラ。」
だからこそ、答えた。逃げる隙を見つけるために、あるいは作り出すために、話をしなければいけなかった。
「ほう、アニャーラ君か。さっきの身体強化と、それを前提にした作戦は見事だったよ。」
本気の称賛なのだろう。シーヌはそう思って、謙遜することなく素直に受け取った。
「だからこそ、興味が湧いた。君みたいなのがゴロゴロいるから、ここは攻められているのかい?」
確信をもって話しているのだろう。このあいだ壊滅した騎士団とも、父さんたちとも、きっと戦ったことがあったのだろう。
「私はガレット=ヒルデナ=アリリードだ。巷では“赤竜殺しの英雄”などと呼ばれているよ。」
「……どうして赤竜に乗っているのです?」
「大人は色々あるんだとも。」
こいつ、と思う暇なく攻撃した。世間様を騙していることより、その最終兵器で故郷に乗り込んできているのが許せなかった。
飛び掛かって、竜の頭を蹴って後ろに回って、首を絞める。そうイメージして、跳んだ。
赤竜がグッと首をもたげて、危ないとシーヌが思ったときには高熱のブレスを吐いていた。
死にたくない。まだ死ねない。義兄さんを助けないといけないんだ!その一心で、高熱が効かない壁を意識した。そう長くは持たないけれど、その壁に背中を預けた。
吹き飛んだ。赤竜のブレスの瞬間的な強さが、シーヌが咄嗟に考えついた移動手段を後押しした。
つまり。シーヌは赤竜クトリスのブレスの力で、最前線から一気に後方まで下がることができたのだ。
シーヌは一気に500メートルはとんで、逃げた。逃げて、義兄さんの元へと向かった。このあと他の復讐相手の親玉二人ほどと邂逅したあと、シーヌはドラッドの右脚を斬り落とすことになる。
そう、最初の一度目の邂逅は、逃げて義兄さんのもとに行くことを優先したんだ。そう、シーヌは感情の抜けた主観で考える。
もうあの日の出来事は何度も考えた。何度も思い出した。だから、シーヌはあの日の感情を思い出すという愚は侵さない。それをして、色々なものを壊し、余計なことを考えて勝手に望まぬままに魔法を発動した、なんてことは枚挙に暇がない。
「二度目、三度目に負けた理由についてさ、考えたんだ。」
だからシーヌは、過去のことの内でも割と最近のことを選んで話し始めた。
「ほう、勝てないからこうふくしようとでも、思ったか?」
十年前とは違う話し方で、ガレットは聞く。それが、シーヌの外見以外にもしっかりと時間の経過を知らせるもので、少しシーヌは笑みをこぼした。
「いや?実はさ、僕は復讐相手に対する、特攻攻撃みたいな概念を持っていてね。」
まだ復讐鬼ではない自分を、かすかに嗤う。復讐相手に、復讐に徹底できていない自分に、嗤う。
でも、今回でガレットのような奴に対する対策は十分に心得たのだ。セーゲルにいた聖人会が、その中でもミニアとアフィータが、シーヌにある答えを導いていた。
「お前を、復讐相手だと認識しきれていなかったんだ。変な話なんだけどな。」
ドラッドは、義兄さんを殺した。他にも、姉さんを殺した奴、親友を殺した奴、村長を殺した奴、幼馴染を殺した奴。
目の前でみんな死んでいった。なのに、ガレットは自分の目の前で、クロウの人間をだれ一人として殺していない。シーヌがとてもお世話になった人を、誰も殺していない。
彼が殺したのは、クロウの街の、比較的シーヌが顔をあわせなかった人ばかりだ。だからこそ、“復讐”の概念は本当に“復讐相手”なのかに疑問を持っていたし、“仇に絶望と死を”の名前に出てくる“仇”と呼べるのかも疑問だった。
「てめぇは、クロウの街を、俺の大切な故郷を滅ぼしたんだ。その手助けをしたんだ。」
徐々に落ち着いた雰囲気が抜ける。ガレットを殺すために必要な未来が、視線の端々に映る。
「てめぇらは幸せだった俺の人生から、幸せを奪った!絶対、許さん!」
叫びながら短剣を抜いて走った。カレス将軍との訓練のおかげか、見える未来に選択肢が増えたように思う。
ガレットの真後ろに剣が現れるところを想像し、関係ないところで剣を振るった。“復讐”の概念を向けられる相手にだけ使える限定的な魔法、“有用複製”。それで、“転移”を複製したのだ。
つまり、ガレットの無防備な背中はがら空きで、シーヌの斬撃が入ることになった。
とはいえ、ガレットも一応、百戦錬磨の兵である。何もないところを斬ろうとした時点で何かあると気づき、とっさにシーヌの方へ距離を詰めようとした。
結果として、ガレットの背には浅い斬撃が入り血を流し始めたが、ガレットとシーヌの距離はあと二歩ほどまで近づいた。そしてシーヌはと言えば、短剣を振り切った姿勢でガレットを迎えることになり……ガレットは片足を、シーヌの二歩手前で、落とし穴にはまっていた。
「チィ!てめぇ、戦いを学びやがったのか!」
ガレットは先日より戦い慣れしているシーヌに驚いた。驚きつつ垂直に飛びあがり、空中で弓矢を想像して弦を引き絞る。
その頃にはシーヌも姿勢を立て直していた。上空のガレットに対して腕を掲げ、掌を見せている。
「“強酸の砲矢”。」
ガレットの呟きに対して、シーヌも同様に攻撃をしかけた。圧倒的な質量の炎。
ぶつかり合って、お互いに一瞬で消えた。炎は酸を消し去ったが、酸の質量、威力は炎を打ち消せたらしい。
衝突して爆発したその中間点にあるものが下に落ちきったとき、シーヌはそこにいなかった。
空中で半回転し、五本の矢を作り出して同時に放つ。三本はそのまま上空へ消えていったが、2本は急にかき消えた。
その消えた二本の位置を直線で結ぶように、シーヌの姿を認識する。
どういうわけか、認識を阻害する魔法を持っているようだ。しかも、それは保護色にするのではなく、存在自体が認識しにくくなるものらしい。
シーヌは何もないところで剣を振るった。さっき急に後ろに出てきたみたいなものではなく、おそらくは斬撃を飛ばすための魔法。
斬撃の軌道は読めないが、手を振った位置から軌道を割り出して弦を引く。
三本射て、それぞれにぶつけた。念のためにもう三本、射なおす。
そこまでしても、ガレットの体に切り傷が生まれて、彼は愕然とそこに手をやった。顎、左腕、そして腹。傷は浅いが、確実に血は流れている。
短剣が一本、投げられる。流れた血に驚いていても、ガレットは優秀な兵士であった。
眼前に迫ったそれを、左腕で払った。刃が傷口に触れて顔をしかめつつ、その払った姿勢から弓矢を作り出して射出する。
シーヌはそれらをまともにくらいながら、何の傷も受けなかった。まるでドラッドの“無傷”でも使っているかのような光景に再びガレットは愕然とする。
「そんなわけ、あるかよ!“貫通”“溶解”!」
ドラッドの“無傷”に対してはその二つの魔法概念も役には立たなかった。だが、“無傷”ではないと確信、ただの壁だと信じてガレットは矢を射る。
シーヌが傷を受けなかったからくりは、“有用複製”による“無傷”だ。
それはつまり、ガレットの“貫通”と“溶解”は通らないことになる。
そんなことを知ってか知らずか、シーヌはガレットの懐に飛び込もうと前進した。背中へと風を当てて、ただただまっすぐと。
彼が、シーヌが“無傷”に全幅の信頼を置いていたわけではない。しかし、ギュレイ=ヒンメル=アクレイとドラッドが戦ったときの、傷がつかない復讐相手の様はしっかりと見ていた。
だから、信用はしていたのだろう。シーヌの望み通り、“無傷”はガレットの攻撃を消し去った。
「ぐぅっ!」
風で軌道がそれたことで、シーヌが手を休めることはなかった。まるで鋼鉄の鎧でも着込んでいるかのような防御力に対して、あまりにも拙い攻撃力。
それでもシーヌの拳は、間違いなくガレットの顔面を打ち貫いて、空中での彼我の差が開く。
ガレットは顔面に走る痛みに耐えながらも、これが空中で、相手が非力なシーヌで良かった、なんて思う。
地に足がついた、力の入った拳なんて受けたくなかったからだ。
最も、ガレットが地に足がついた状況でシーヌの拳をまともに食らうことは考えられなかっただろう。
シーヌは熱線を走らせた。弓使いのガレットに近接戦闘で勝っても、ガレットは絶望しないだろう。仇相手に得意分野でぼこぼこにしてこそ、初めて絶望させられるのだ。
(圧倒的な実力差がないのがネックだけどね。)
心のなかで、復讐鬼の仮面を被っていないシーヌが思った。全くその通りだ、と鬼面を被った復讐者は思う。
ガレットがその熱線に対応すべく、炎の矢を射ってくる。放ったそれを、すぐに長いものとして想像し直したのだろう。それは空中で熱線とぶつかり、お互いのそれが消滅するまで互いを削りあった。
全てが消えきって、その光が見えなくなったとき、シーヌは微かな熱波がガレットを捉えたと感じた。
魔法で作り上げた熱線は、シーヌの想像力と意志そのものだ。だからこそ、彼がどういった結果を残したのか、彼自身はきちんと知覚している。
「まだ、致命傷がつかないか。」
残った熱波に飛ばされて、無様に地面に叩きつけられながらも上手く受け身を取ったガレットをみて、シーヌは呟いた。
地面にはガレット、空中にはシーヌ。シーヌは自身の手で、ガレットに非常に有利な戦場を、提供してしまった。
そのことに少しの後悔を覚えた直後、急にこれまでよりも遥かに大きな、騒音というより轟音と呼べるような大音が聞こえ始めた。
遅れてすみません。
……気分で恋愛[異世界]からハイファンタジーに変えました。
多分、内容だけ見たらそっちなんですよね……
ポイント評価、お願いします!




