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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
隻脚の魔法士
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5.翼のついたトラ

 冒険者組合が、現状はさておき元が冒険者の寄り合いである以上、実力がないといけない。そもそも実力が弱いものは冒険者として有名になることは決してできない。

 それゆえに、冒険者組合のあるところには一応、訓練場と銘打たれた実力誇示のための施設がある。中では組合員同士の模擬試合が行われたりするのだが(訓練施設で死亡する人も当然出るくらいには模擬試合と呼べるものではないときもある)、今日は受験生のために全開放されていた。


「おじいさん、城壁外の南側の一番強い獣を一匹出してよ。」

 ティキを連れてその訓練場に顔を出すと、シーヌはすぐさま受付の好々爺に頼む。人は見た目で判断するわけにはいかないというし、シーヌは常に人の人格を見るようにはしているものの、この好々爺は本当に冒険者組合員なのか疑いたくなる人物だった。


 しかし、この建物内にいる以上、組合員であることは間違いない。どういう人なんだろう、と少しだけ不思議に思う。しかし、今はそんな詮索をするのも馬鹿らしいような気分であったので、彼は性急に話を進めることにした。

「ふむ、二人で挑むのかい?」

「いいや、僕一人で行くよ。ティキはここで見ていてくれたらいいから。」


 そういうとシーヌはまっすぐに部屋の中へと進んでいく。部屋の端にほど近い場所に線が引かれていて、その線をまたいだ壁側におじいちゃんとティキが座った。、

 おじいちゃんがその線を境に魔法で透明な壁を作り上げる。彼は観客や審判を、その魔法で守るためにいるらしい。ティキは怯えたような、怖がっているような、そんな表情を取り繕えていない。

 好々爺ではない、他の組合員であろう若い人が部屋に獣を連れてきた。シーヌが十歩駆ければ届く距離。その獣がギリギリ一跳びでは跳べない距離。そういう絶妙な距離で、シーヌとそれは互いを見た。


 シーヌはその翼を生やしたトラを視界に捉えた瞬間に臨戦態勢を整えた。本当は獣が部屋に入った時に整えておくべきではあったのだが、まだ模擬戦だし、明日からの試験にほんの些細な集中力でも残しておきたくて、お互いをにらみ据えるまで放置することを選んだ。

(うわ、フェーダティーガーとか、獣の中でもかなりの上位種だよ?)

 勝利は可能だが圧勝は難しい、先手必勝に限る。戦いが始まる前にそう決めて、シーヌはいつでも来いと身構えた。


 フェーダティーガーに繋がれた足首の鎖が、どこからともなく飛んできた魔法によって切断される。それが、トラとシーヌの間の戦闘開始の合図となった。

 鎖が切れたその瞬間、彼は跳躍した。前方にではなく、後方に。同時に、虎の足元から杭が伸びるさまを想像し、トラを突き刺す、という確固たる意志を定める。しかし、トラはそれを野生の勘で察知したのか、はたまた襲い掛かろうとしただけなのか。

 理由はともかく、シーヌの方に向けて跳躍した。魔法によって生み出された杭は、辛うじてトラの指先に突き刺さるだけに留まり、その跳躍を止めるには至らなかった。


 しかし、トラの跳躍とともに杭の魔法が大してダメージにならないと判断したシーヌは、途中で杭の魔

法を止めて手刀を振った。トラの位置に、斬撃が浮かぶ。

 手刀を振ることで、斬るというイメージを連想させやすくなる。だから、魔法の連続発動に慣れていない人はそういう動作による補助を行うことで想像力の不十分さを補っていて、シーヌもその例に漏れない。


 それに呼応するように、ほぼ同時にトラの翼が動く。力強い羽ばたきは、斬撃のイメージの起こる場所をはるかに超えて、上空へと逃れさせてしまった。

「……ほんと、獣ってやりにくいよね。野生の勘で魔法を感知しちゃうんだから。」

毒づきながらも炎をいくつか想像する。自分の周りにユラユラと揺れ始めたそれらを、次々とトラに向けて飛ばし、想像力でその行き先をコントロールする。


「同時に七つ動かせるのか。二つを予備に控えてなお。ふむ、あの歳にしては素晴らしい想像力じゃ。」

「そうですね。しかしあの炎、当たっても大してダメージにならないのでは?」

戦闘が始まったことで怯えよりシーヌへの興味が勝り始めたようで、ティキは外野でおじいちゃんとシーヌの魔法技術の評価をしあっている。かすかに聞こえたそれは、シーヌにティキの優れた観察眼を感心させた。


「そうじゃな、熱のない炎は炎とは呼べん。しかし、あの勢いで飛ぶ紅い魔法弾じゃ。さぞかし痛かろうよ。」

 魔法に物理法則はほとんど関係ない。ゆえに、勢いでダメージが変わるわけではない。しかし、あの受付が言うことは的外れではあったが、魔法弾自体が痛みを与えるのに有効という点では、おじいちゃんの言うことは正しかった。

 だが、シーヌはそういう目的で炎の弾を作ったわけではない。基本的に野生の勘で危険なものを理解できるのなら、魔法の弾も十分に牽制になるだろう、という意図だった。

 それに、七つの炎が熱を持っていなくても、熱を感知できるほどまで魔法を近づけなければ、この炎が熱を発していないことが気付かれることは、まずないのだ。

 実際、トラはその魔法の炎におびえて動きを止めた。空中で二度、三度と翼をはばたかせ、部屋の角、天井の目と鼻の先で停止する。

 こうなれば魔法使いにとってそこそこに体が大きなフェーダティーガーなど、格好の的だ。

 シーヌは炎の幻で威嚇を続けつつ、天井から杭が下に伸びる様を想像する。背から腹にかけて杭に貫かれ、絶命するトラの姿を連想する。

 結果として。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、宙で絶命していた。


 因果の逆転。魔法の現象よりも、結果が先に立つ形でシーヌの魔法は収束した。

「ここまでお膳立てしないと、敵に直接魔法をかけることって出来ないんだよ。」

シーヌはため息をつきつつ泣き言を言った。

「いいや、その若さにしてそれができるということでも上出来じゃよ、普通は。」

受付の好々爺が近づいてきて、かすかに笑う。ティキも驚愕の表情を顔に貼り付けている。


 それも当然だろう。魔法で因果を逆転させるということは、よっぽどその対象がどういう結末を迎えるのかを、はっきりと想像しなければならない。

 シーヌは、それだけはっきりとフェーダティーガーの死を想像し、魔法に反映させたのだ。結果が過程より先に出るほど。

「しかし、過去を乗り越えない限り、少なくとも炎を扱うのは三流くらいで打ち止めだろうがの。」


しかし、好々爺はそんな離れ業を見ても、その誉め言葉一つで、驚きをやり過ごしたようだった。人生経験が違うのだろう、とシーヌは流そうとして。

 ティキに聞こえないくらいの小さな小さな声で囁かれた指摘に、流しきれずに固まりかけた。

「大方、炎にトラウマでも持っているんじゃろうが……それなら、よく形を想像できると褒めるべきかの?」

何のことを言っているのかは考えるまでもなくわかった。彼の中の少しのトラウマがぶり返してくる。


 一瞬、シーヌの手が受付の者の首筋に向けて閃いた。ここがどこであるのかも、その受付の爺さんが冒険者組合の者であることも完全に忘れて。

 難なく爺さんはその掌を避け、何事もなかったかのように笑っている。。

 まるで怒りで攻撃されるのを察知していたかのような、あるいは心を誘導したかのような。そんな動きで回避されたのを受けたからだろう。シーヌ自身も察知か誘導されたという思考に至ったのだろう、少しだけ顔をしかめた。

「じいちゃん、教導官か。」


シーヌが囁き返すと、目の笑わない不気味な笑顔が帰ってきた。おそらく、図星だがバレても何も困らない、という意味だろう、とシーヌは思う。バレて困るようなことなら、そもそもバレるような素振り、あるいはシーヌへの忠告など決してしないだろう。

 冒険者組合の建物内にいる以上、このおじいさんも組合員だ。そして、一般的に見れば、冒険者組合に入るということは、それだけでその者が化け物だということである。一部の研究者は別だが、彼らは彼らで頭脳の出来が化け物と呼べる領域にいることが多い。


「これが冒険者組合ね……。」

訓練場の受付に座るおじいちゃんですら化け物。そういう苦い事実を再認識させられて、苦い表情を押し隠しきれないままティキの前へとシーヌは歩く。彼女の目の前に立ったころにはトラウマを思い出したことの怒り自体はすっかり引っ込んでいた。

「外にいる獣の中で、一番強いのがこいつらしいよ。一応今は倒せたけど、外に出たら勝手も変わる。1体だけとも限らない。もっと難易度が上がると思っておいた方がいいね。」

そう言いながら、なんとかなるだろうか、とシーヌは思う。


(彼女を危険にさらしたくはない。なるべく森の奥深くには入らずに鬼ごっこをするべきだけれど)

 それは、試験官側も理解している。ましてや冒険者組合の試験とは、合格者を出さなくてもいいものなのだ。傭兵自身の腕が確実なら、いくらでも森の奥に入っていけるだろう。

 となると、彼女を守りながら危険な場所へ入っていくことになる。彼女を連れて、彼女を守って森の中を進んでいくと、彼自身の合格すらも大丈夫とは言えない。


 シーヌは疲れたような表情を見せているティキを見て、どうしたものだろう、と思う。彼女の表情を見る限り、その状況を切り抜ける自信があるようには取れなかった。

 それに、他の組からの襲撃にも気を使えないのだろうな、ということは見て取れる。この二日間で、ティキの価値観にどれだけ大きなダメージを与えて、どれだけのストレスをかけてしまっているのか。

 しかし、彼女がいる以上、シーヌは他の受験者が手に入れた金のカードを強奪する手段はとることができないだろう。お嬢様が盗みを容認するとは思えないし、何よりシーヌがティキにそういう姿を見られたくなかった。

「……シーヌ、ありがとう。部屋に戻ろう?」

呆然とした状態から我に返ったティキがシーヌに声をかけるまで、シーヌは合格のために何ができるか、必死に考え続けていた。


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