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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
竜呑の詐欺師
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堕ちた赤竜

 ワデシャはこの作戦に懐疑的だった。否定はしない。間違いではない。強者と戦いたければ、数で押すか、同等以上の強者を持ってくるしかない。

 しかし、シーヌはワデシャの正面で一度ガレットに負けた。ワデシャたちの目の前で、ガレットの矢に射抜かれて死んだ。ここにいる三人だけは、シーヌがガレットに負ける様をすでに三度、見ていた。

(本当に、勝てるのでしょうね、シーヌ?)

矢を放つ。彼の矢が当たったクトリスは、一歩二歩、後退した。


「魔法ですか?」

ティキが赤竜の吐き出すブレスを上空に押し上げ、散らないようにまとめ上げながら言った。

「ええ。ただ当たれば強い衝撃が通る、というだけの、とても簡単なものですが。」

矢がもったいないからか、その会話を機にしてワデシャは、矢を魔法で形成して射るように切り替えた。

「ハァ!」

いちいち矢筒から抜かなくてもよくなったからだろう。ワデシャは徐々に矢を射る速度が速くなっていった。


 常識などどこに行ったという速度で次々に放たれる矢は、一秒間に三本ほど、一分に180本近い数となって赤竜を襲う。

「刺さりません。ダメージにはなっていると思いますが……。」

衝撃を後ろに逃されている。クトリスの一歩一歩の後退にその意味があると、ワデシャは気がついていた。

 吐き出される炎をティキがそらしているから、ワデシャの矢が当たっているのだ。それにも気がついていた。

「もう充分に離れましたかね?」

「ええ、十分でしょう。これだけ離れたら、どれだけ派手になってもシーヌの邪魔をすることはありません。」

ワデシャたちの戦場とシーヌの戦場の距離は彼我約150メートル。これだけ離れておけば、邪魔をすることもないとアフィータとワデシャは判断した。

「始めましょう、ティキさん!」

アフィータが叫んで、手に持った剣を構えて走り出した。彼女は攻撃に参加する予定ではなかったのだが、どうやらさっきの会話で怒りを感じた分、八つ当たりしたいようだ。


 ワデシャは弓を構えたまま、クトリスの周りをグルグルと回り始めた。狙いをつけにくいように、一歩一歩に魔法で緩急までつけている。

 ティキはまずただの想念の弾を撃つことで、クトリスの戦闘能力を試すことにしたらしい。上位の竜のうち、赤竜は熱を操っている。

 矢は竜の表皮がまとう超高温の熱で、基本的に触れた瞬間に溶ける。剣も同様で、皮膚に傷をつけることはできるかもしれないが、肉に至る前に剣の形を成さなくなる。

 ティキは、魔法ならその限りではないと判断して数十発の魔法の弾を送り込んだ。一撃一撃が、人ひとりを簡単に気絶させられるほどの威力を秘めている、が。

「全く効いていない……?」

衝撃自体は通っただろうし、肉体に少しばかり負担をかけさせただろうが、それだけだった。目に見えて大きな傷や、痛みを感じたとわかるようなダメージは受けていない。


「上位の竜ですよ!簡単に倒せるわけがないでしょう!」

ワデシャが矢を一矢、放ちながら叫んだ。今までの衝撃魔法とは種類の違う魔法が乗っている。

「ギャァァァ!」

当たって、クトリスがわかりやすくダメージを伝えた。次に放たれた矢はさっさと避けてしまう。

「やっと回避行動をとってくれましたか。」

つまり、それまでは回避するほどの攻撃は与えられていなかったということだ。

 アフィータは剣で何度も斬りかかっている。いまだに彼女の剣は融けていないが、切り傷の方も一つも入っていない。


 赤竜の方は足に何度も攻撃を入れてくる彼女を鬱陶しいと思ったのだろう。後ろの右脚を軸に、急に回転した。

「キャッ!」

尻尾が彼女を襲い、それを剣で受け止めようとして、彼女は受け止めきれずに弾き飛ばされた。そこはワデシャのま隣で、ワデシャは彼女が走り出さないように話しかけた。

「あの衝撃を受け止めて曲がらないとは、いったいどんな業物ですか?」

「いえ、業物の剣などではありません。剣自体に“庇護”をかけているだけです!」


アフィータが彼に応えるために立ち止まり、そのおかげでクトリスの周りには誰もいなくなった。

「自分の攻撃で倒れて!」

大いに願望が入ったその言葉を言い放ちながら、ティキがさっきまで受け止めていたクトリスのブレスを叩き返す。かなりの高熱であったが、熱を内包する竜に熱の攻撃はほとんど効かない。

「ティキ!冷気の魔法を放てばダメージは通るはずです!」

さっきの矢の感触から、ワデシャは断言する。それを聞いて、ティキは空からの高火力に頼った。


 さっき以上の威力を込めた魔法の弾を撃ちだしつつ、同時に頭上で氷の柱を連想する。

「戦闘する以上、武器の方が想像しやすいのはわかるのですが……。」

「え、あれ、武器なのですか?」

彼女は巨大な矢を想像したつもりだったのだが、もともと世間知らずの、監禁されたお嬢様だ。

矢の構造なんてものを、知っているはずがなかったし、これまでに何度か見ているが、それだけでイメージが固まるほどに触ったりしているわけでもない。

「……。」

ティキはそのセリフが聞こえたのか、少し恥ずかしそうに顔を染めて、集中に乱れが出る。

「グギャアァァァァ!」

その隙を逃すのは、野生の本能と二十年も無縁だったクトリスとて、やることではない。というより、人間の、しかも相当な戦いの素人でもないとやりそうにないことだった。


 で、肝心のその隙にクトリスが何をしたかというと。

「ティキさん!避けて!」

言われる前に、ティキは移動していた。空を飛ぶティキとまともにやりあうなら、同じ空の上であることが望ましい。つまり、クトリスはその背に生えた翼で、空を飛んだ。

「龍じゃないから魔法は使わない。龍じゃないから図体は小さいし、太い。龍じゃないから、話さない。でも、龍の下位種である以上、飛ぶ、ね。」

ティキはクトリスが生きていて、ガレットに飼いならされていると知った時にバグーリダに渡された資料で読んでいた。


「ワデシャさん!しばらく私一人でやります!手を出さないでください!」

はぁ?と叫ぶ下の二人を綺麗に無視して、ティキは空を飛びながらクトリスと一騎打ちを始める。

「上位の竜って、災害みたいなものだって読んだよ。つまりさ、本当に災害なんだったらさ。」

魔法の想像力のための資料になるよね、と彼女は笑った。話せなくとも、心はある。クトリスは、まるで自分を見に来た戯曲家みたいなことを言うな、と思った。



 クトリスは上位の竜である。殺すためには、三千人の兵が必要な化け物である。

 実際、三千人の兵士で足りるかと言えばわからない。竜や龍の強さは、その生きた年月に比例するからだ。

 クトリスは上位の竜になって、たった百年しかたっていない竜だった。つまり、あまり強くはない竜だった。


 ただ、倒すのに三千人の兵士が必要な竜は、基本的に上位になりたての竜のことである。ましてクトリスは、それまでに何体もの下位や中位の竜を殺し、その血を啜って体にドーピングをかけていた。簡単に負けるような竜ではなかった。

 倒すために、普通の人間の兵士なら五千人は必要だっただろう。しかも武器は鉄製ではないものか、あるいは魔法を使えるものが常時竜の体を冷やし続けるか、あるいは兵士皆が剣に冷気を纏えるか。このいずれかの条件が最低条件となってくる。

 他の上位の竜よりも、赤竜というのは傷をつける条件が面倒くさいのだ。

 橙竜なら、炎を吐き、翼の根元からも炎を噴き出すだけ。黄竜なら、ただ雷を吐き、一度はばたくごとに空に電気がたまって自然に雷が落ちるだけ。


 だけと言える被害かはわからないし、攻撃手段が直接的な分わかりやすく、かつ傷つかないということはない。

 しかし、赤と青と紫は違う。この三色の竜は、ダメージを与える手段が少ないという意味で、他の竜よりも厄介だった。

 だからこそ、放置されていた。手を出すほどに何かしたわけでもないというのも効いていたのだろう。彼を討伐しに来るものは、あまりにも少なかった。


 しかし、その赤竜の前に、ある日執事服を着た男がやってきた。名を、ベスディナ=ヒルディ=ベストー。ガレットの執事だ。

 当時、彼は50代前半。衰えが出始める頃であったが、彼はそれを微塵も感じさせず、クトリスを素通りしてどこかへ行った、と思っていた。あの執事なら自分と良い勝負ができるかも、などと彼が思ったのは、その修羅場を潜り抜けてきたかのような雰囲気からであった。

 そんなことを思える執事を見かけた三日後のことだ。なぜか急に人を襲いたい、と思うようになったのは。それが、あの執事が置いていった線香に埋め込まれた薬の効果だと、クトリスは未だに知らない。


 結果、彼はそれに一週間、抗った。それが上位の竜となって百年、いや下位の頃から数えると千年以上生きた竜の、我慢の限界だった。人里に降りて辛うじて村の体裁を帯びているような小さな村を四つ、襲った。まだまだ足りなくて、近場にあった大都市を襲った。

 たった百人の兵士で人を襲う上位の竜を返り討ちにしようとした愚か者を皆殺しにしようとして、たった一人に完膚なきまでに倒された。

 まだ、二十年前のことだ。『赤竜暴走事件』と人々に呼ばれたその事件の、争いの内容をクトリスはよく覚えている。ガレットは本気で戦っていたのだろう。本気で、自分を屈服させようとしていたのだろうと、彼はその光景を思い出すと身に震えが走る。

 あの冷たい目。冷たい中に、圧倒する様を楽しみ、心を折る様を楽しむ目。あの悪夢は、きっと頭から離れないだろう。


 彼は自分との戦いを楽しんだ。そして、周囲への被害も考えなかった。ジュクジュクに溶けた兵士たちの骨を、絶叫を覚えている。そして、敗北して彼は悟った。

「ああ、こいつに逆らうことは、してはならない。」

それ以降、クトリスの頭には、ガレットへの恐怖とそれゆえの、彼に戦わせてはならないという信念が宿っている。

 しかし、しかしだ。この女、ティキにも似た気配を感じた。地を這う二人を守って入るものの、純粋にクトリスと戦うことを楽しみ、何かを研究しているかのような、一種の狂気。

 ガレット=ヒルデナ=アリリードは存在そのものが狂っているが、目の前にいるティキ=アツーアというものも、何かに執心するかのような、その姿が狂っていた。



「クトリス、クトリス!」

ベスディナが声を荒げて自分の真下まで来た。その周りには三人、自身の血を飲んだ兵士がいて、セーゲル側の弓兵と撃ち合っている。

「今すぐに東門へ行け!行って軍を支援せよ!」

叫びながら、魔法の矢を城壁に向けて放った。どうやら城壁にいる弓兵と、撃ち合っているらしい。


 命じられて、そちらへ向かってはばたいた。すると、魔法使いの女も自身をめがけて追いかけようとしてくる。

 ルックワーツ側の兵が、その強弓で彼女を阻んだ。彼女から逃げられる。その想いもあって、十年ぶりくらいに全力で飛翔する。

 これで、あの女から逃げきれる。そう思った。



 

「今すぐに東門へ行け!行って軍を支援せよ!」

そう聞いて、ヤバイと思った。カレス将軍は個人としてそこそこの強さなのだろうと思うが、一人で竜を殺せるほどではない。彼のような超人でも、人間で、しかも魔法使いではないのだ。

 向かうそれをおいかけようとして、超兵に阻まれた。シーヌのために自分の魔法のバリエーションを増やそうと思って、少し手を抜いて遊んだのが仇となってしまった。


 慌ててその場から離れつつ、七色の想念の光を生み出して上空に打ち上げる。もしもこれがちゃんと見えるのなら、アレは私たちを助けるはずだと思った。

「タァ!」

超兵を風で地面に押し付ける。ゴウという音が聞こえて私のそばを通り過ぎた矢は、後ろで轟音を鳴らして着弾し、クレーターを一つ作った。

 爺と呼ばれた執事はその側で走っていて、城壁に向けて矢を放つ。腕に付いた小さな弓であるにも関わらず、ワデシャよりも速く力強い矢が放たれているのは、彼が老練だからというより、まだワデシャが底を見せていないだけな気がする。

 ワデシャは私が三人の超兵を抑えたのを見た瞬間に、竜の飛翔よりも早い矢を放ち、そちらに向けて走り始めた。それがどういうわけかよくわからない軌道を描いた後、クトリスの背に当たり地面に叩き落とした。あそこまで走りつくには、ワデシャや私でも五分はかかる。シーヌの指示を聞いていて本当に良かったと思いつつ、クトリスの後を追いかけ始める。


 何度も何度もクトリスに矢を命中させるワデシャのさらに向こうから、クトリスより一回り小さな獣が、複数のそれよりも小さな獣を率いて、こちらへ向けて駆けてきていた。


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