詐欺師の目的
2字タイトル縛り、諦めました。
そんなに語彙があるわけではないのだ。
シーヌはまっすぐに穴を進む。北へ北へとまっすぐに掘られたこの穴は、敵陣のさらに奥への直通トンネルだ。
ワデシャは弓矢が天井にぶつからないように、かがみながら進む。無理な姿勢が体にかける負担は、相当なものだ。
シーヌはまだ16歳なので、この先も身長が伸びるだろう。ティキもアフィータも小柄なので、姿勢に無理は生じない。しかし彼は、元が二メートルを少し超えるくらいの大柄なうえ、弓も矢も大きいものを使っているため、トンネルが狭くて仕方なかった。
「上がりますよ。」
出口に辿り着いたようだ。地下二十メートルは越えているので、少し登るのが面倒だとワデシャは思った。
トントンと、シーヌは空気圧の塊を蹴り飛ばしながら上がる。彼の持つ魔法のバリエーションは驚くほどに多彩だ。しかし、高度な想像力を要求されるものは使えない。
小さな事象の変化をもたらす想像力を、柔軟な思考で増やしてきたのか。空を飛ぶことはできなくとも、空を走れるならかなり旅には楽であろう、と感じる。
「ハァ!」
縄がついた矢を、かすかに見える光に向けて放った。その矢は光のさらに先に進み、上で待つシーヌが受け取る。引っ張っても簡単に落ちてこないことを確認して、縄の先を掘られていたもう一つの穴の中に放り込む。
その穴に土を埋め込み、何度か踏みつけてしっかりと地盤を固めた。これできっと、ある程度縄を固定することはできただろう。
「では、行ってきます。」
ワデシャはそう言うと、縄を掴んでゆっくり体を持ち上げる。それからはスイスイと縄を伝って上へと登り、二十メートル登りきると、穴の中を覗き込んだ。
「アフィータは無事登って来れそうですね。ティキさんは何もしていませんが……。」
「ティキは飛びますから。大丈夫ですよ。」
シーヌと違って、ティキは飛行ができる。空を歩くのと飛べるのでは、自由度が段違いだ。その分とても繊細な想像力が必要になるのだが、ティキはそれならば可能であった。
「じゃ、行くよ。」
シーヌは言って駆け始める。目指すはガレットがいる本陣。ガレットと、クトリスと。あと何人の兵が彼のもとにいるのかが、シーヌにとっては重大な問題だった。
「報告します!北の城壁の兵、全滅しました!」
「全滅だと?なぜそうなった?」
超兵の隊長の一人が、ガレットの本陣で驚きの声をあげた。いきなり全滅するとは思っていなかったため、そうなった原因がわからないようだ。
「……お前、どこの所属だ?」
その隊長の驚きは綺麗に無視して、ガレットが兵士に問いかけた。彼が北の城壁を攻めていた兵士が全滅したと報告できると言うことは、そこから生還したという事でもある。彼は将として、どうしてその報告が出来るのか、その報告は信用に値するものなのかを聞かねばならなかった。
「ハッ、私はナリサ様の部隊であります。北の方の部隊の人間が宙に浮いているのを見て異常を察知したナリサ様が、私を斥候に出し、辿り着いたころには人がみないなかったのでございます。」
「そうか。そこに行くまでの過程で体は重くなったか?」
「え?いえ、そんなことはありませんでした。ただ、一度猛烈な強風が吹いたことがありましたが……。」
そこまで言うと、その斥候は沈黙した。これ以上の報告することは特になかったし、下がれと言われずに下がるのは無礼に当たるので動くことが出来ない。
「北の城門周りは、血が飛び散っていたのか?」
その質問を受けて、斥候は自らが言い忘れていた被害地の様子を思い出した。
「……ハッ。岩でも頭から落ちてきたかのように、体が押しつぶされ、血が飛び散っておりました。」
「わかった。すぐに自分の部隊に戻れ。」
必要な情報を統べて聞き終えると、ガレットはすぐに兵を下がらせた。そして振り返る。
「爺。“空を墜とした重力矢”は、連射可能か?」
「いえ、不可能でございます。あれほど大規模なものとなりますと、相当体に負担をかけますので。しかし、一日と待たずに次の矢は放てるものではないかと。」
彼一人の参戦が、ガレットたちに大きな作戦修正を強いる原因となった。その強弓を何度も引かれると、彼らにしてみればたまったものではないからだ。
「フェディット!この本陣にいる超兵の総勢を率いて、北門に攻め込め!勝てなくともよい、“空墜の弓兵”を殺してこい!」
「若!」
「構わん。クトリスと爺がいるなら負けることはありえん!」
その決断に対して、爺が懸念の声をあげるが、ガレットがその言は封印した。確かに、バグーリダさえ封印すれば、シーヌとワデシャは戦場を左右するほどの魔法はなく、ゆえに勝利はほぼ確定であると断言できた。ガレットにとっては、だが。
ざわざわと少し動いた後、本陣から兵士たちが動き出す。その数は七十。
馬にも乗らず、とんでもない速度で走り始めた彼らは、土煙を上げて北の城壁へと向かい。
「何人残っていますか、シーヌ?」
その煙が収まってから、アフィータはシーヌに聞いた。
「……兵が10人だけです。多分、超兵以外はあまり戦力にならないから、小間使いとして使っているのではないでしょうか?」
同じことを確認したティキが、十八番の魔法を展開する。たった十本の剣でいいなら、展開するのも気絶させるのも簡単でいいだろう。
「殺すよ、シーヌ。」
ティキが速攻で殺す決断をした。気絶でいいじゃない?と聞くシーヌに、ティキは言った。
「どうせ生きていても、もう何も残っていないなら、殺してあげた方が救いだよ。」
どういう意味、と聞く前にティキは攻撃を放った。十人の血飛沫が舞う。
「多分、すぐにわかるよ。」
そういうと、彼女は本陣の垂れ幕を引きはがした。そこには堂々とした三つの強者。爺と呼ばれた執事然とした老人、弓に手をかけた大将らしい格好をしたガレット、そしてそれらを守るように構えた赤竜クトリス。
「シーヌ=アニャーラ。やはり来たか。」
「来ることは予想していたのですか?」
シーヌが今口を開くと、すぐさま戦闘が始まってしまう。そうすると、竜が吼えてさっき出て行った超兵たちが帰ってくるかもしれない。
だから、時間稼ぎも含めてワデシャが話すことにした。
「久しいな、我が不詳の弟子。師にその矢を向けるのか?」
「あなたが私にクトリスの姿を見せたその瞬間から、あなたは私の師ではありません。」
「青いな、随分と青い。もういい歳をしているだろうに、まだ正義を為すものに憧れているのか?」
「いいえ、憧れを平然と裏切ったあなたを嫌っているだけです。私も随分とスレましたよ。」
そう、ワデシャ=クロイサは“赤竜殺しの英雄”に憧れたのだ。その幻想に憧れて、彼のもとに弟子入りしたのだ。
決して、竜を殺さずに生け捕りにしたあげくに飼いならし、しかも弟子にその血を飲めと強要する男に弟子入りしたわけではない。
「シーヌ君が竜呑の詐欺師とあなたを呼んだときはつい納得しましたよ。」
そういいながらワデシャはアフィータの手にかすかに触れた。
「私はあなたを殺すのに最適だと思う人材を連れてきました。精一杯楽しんでください。」
あなたならいつもそうでしょう、という皮肉を込めてワデシャは呟く。ガレットの方はニヤリと笑んだあと、シーヌに顔を向けて言った。
「確実に頃したと思ったんだがな。キャッツ=ネメシア=セーゲルに救われたか。」
ティキがガレットの足元から極細の針を突き出した。上がってくるそれを、ガレットは踏みつけて押さえつける。
「貫けないことを疑問に思っているな、ティキ=アツーア。」
彼女は何も言わなかった。ただ全力で針に貫けと命じながら、シーヌを殺した男をにらみつけているだけだ。
「俺の生きようとする意志の方が強いようだな。その証拠にほら、まだ貫かれていない。」
ワデシャはティキの額に青筋が浮かんでいるのを幻視した。
「……一つ、聞く。今回のセーゲルへの攻撃、本当の目的はなんだ、ガレット。」
アフィータがその空気を読まないように発言した。彼女にとってセーゲルは生まれ育った街だ。どうしても、それを確認したかったのだろう。
「アニャーラから聞かなかったのか?ネスティア国王が俺たちを消そうとしたからだ。」
「それだけか、本当に?」
「……ほかにどんな理由があると思う?」
一瞬、ガレットは硬直した。それは別の理由があるといっているのとほとんど同義で。
「例えば、しがらみから抜け出したかったから、とか。」
とティキがボソリと口にした。
「ほう?」
爺の方が驚いてティキを見つめる。しがらみから抜け出したい、という想いは事実のようで。
「爺と俺の胸の内にしかないことだったのだが、どうしてわかった?」
「今ルックワーツの兵は皆ここにいる。超兵の圧倒的強さとあなた一人の怪物性に頼っていたルックワーツを守る兵は、きっともういないはず。」
ティキは怒りを外に噴出させるのをやめて、淡々と話していた。その発言は、国王がルックワーツを攻めるといった発言を鑑みると、どう考えてもおかしいことになる。
「ま、待て!ならあいつは、もしかしてルックワーツを!」
「見捨てたと思うよ。私がさっき兵士を殺した理由。多分ルックワーツは今、国王軍に攻め込まれるのを今か今かと待っている状態。」
「ならば、民は!」
「死ぬよ。多分、この男はルックワーツの住民にこう命じたと思う。国王軍が街に入ってきたら、家に火をつけて自害しろ。」
アフィータは絶句した。ワデシャも馬鹿なという表情で固まった。二人とも、そこまでするかという想いがあった。
「シーヌにあなたについて話を聞いた。その性格だったら、きっとこうするだろうって思ったわ。どう、正解?」
聞くと、ガレットはひたすらに黙っていた。下を向いて、その表情はうかがい知れない。
と思ったとき、その肩が震えていることに、ワデシャは気がついた。遅れて、シーヌやティキ、アフィータも気がつく。
「ククク、ク、ハッハッハッハッハ!」
完璧な悪役に近い笑い方で、ガレットは爆笑する。何がおかしいのかワデシャとアフィータはわからずに首を傾げた。
「そんなに愉快か、ガレット!」
シーヌが怒声を上げた。いくらシーヌでも、彼ほど犠牲の多いやり方を積極的に取ろうとする姿勢は癇に障るものがあるらしい。
「愉快、愉快と言わずして何と言うのだ。ああそうさ!俺たちはルックワーツを出た直後、それを命じる立札をしっかり建ててきたとも!」
場の空気が一段と険悪になった。いや、険悪になったのはセーゲル陣営だけで、ルックワーツ陣営の方はそうでもない。
「では、まだ兵士に死んで来いとは言っていないのか。」
シーヌはボソリと言った。今の話の流れ、彼の目的とそのための手段。それを考えると、彼がそれを命じる可能性は高い。
「どうせ死ぬさ!俺さえ生きていれば、後はどうでもいい!もううんざりなんだよ、ルックワーツに縛られるのは!」
二十年前の『赤竜暴走事件』。それからずっと、ルックワーツ内で英雄としてあがめられてきた男は、その崇めてくる民や部下が邪魔で邪魔で仕方がなかった、そう叫んだ。
「ワデシャ!お前が一番うれしかったよ!クトリスを殺していなかったことに落胆し、俺を殺そうとしてきたお前が!一番!俺は嬉しかった!」
英雄として崇められた男は、離反した弟子がいたことをとても嬉しく思っていたという。
「歪んでいます……。」
アフィータは呟きながら、腰に下げた剣に手をかけた。
「あなたは!人の命を簡単に切り捨てられるあなたは!私は決して許さない!」
叫んで、抜剣した。彼女の戦う覚悟は、今最高潮に達していた。
「自分の命を安売りする聖人会が何を言うか!そんな奴に、人の命を売って怒られるいわれはないわ!」
叫んで答えた。まだガレットは戦闘態勢に入っていない。アフィータのことを、彼らは舐めきっていた。
「俺も。」
シーヌも、暗い口調で、いや重い口調で口を開く。
「命は金で買える。売ることに文句は言わない。言おうと思う方が間違っている。だがな!」
シーヌはナイフを抜いた。シキノ傭兵団だった男から盗んだ一品。そこそこの業物に想念を込めて、冷気を纏った剣を作る。
「安売りしすぎだ、ガレット=ヒルデナ=アリリード!」
グッと力を溜めて、駆けだそうとした。それが戦闘開始の合図となって、間に割って入ろうとしたクトリスが、ティキの作り出した風の大槌によって弾き飛ばされる。そこにワデシャが弓を射かけ、さらにクトリスをガレットのもとから引きはがした。
「シーヌ!こっちは任せて!」
叫んだティキは、そのままクトリスと戦闘を始めた。追随するようにアフィータとワデシャもそこから離れる。
ダッと走り出し、ガレットを狙う様に見せかけて、間に割って入るであろう爺を狙う。目の前に来たら空気でその身柄を拘束し、クトリスのいる反対側の方へと飛ばすつもりでいた。
実際、割って入った爺は思惑通りに飛ばされた。しかしその位置からでもシーヌを狙えると判断した爺は、腕に付けたショートボウをシーヌに向けて。
「チィ!」
城の方へと向けて引き放った。そっちから飛んできた一条の矢と、お互いにぶつかり合って空中で火花を散らす。
「やはりお前が邪魔をするか、バグーリダ!」
かつてお互いしのぎを削った、敵がいると確信して叫んだ。
「やっと、やっとだ、ガレット。お前と一対一の状況が完成した。」
シーヌはポツリと呟いた。
「俺はシーヌ=ヒンメル=ブラウだ!殺してやる、“竜呑の詐欺師”!」
シーヌの望んだ環境が整って。彼は復讐鬼としての自分自身を、思いのたけに解放した。




