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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
竜呑の詐欺師
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転移

 今日が、決戦の日だ。初日に動員した“審判の騎兵隊”は、もう南の城壁に集まっている。

 “授与の聖人”ガセアルート=ペディウィット=アネイトは、西門の前で俺の部隊とともに集合していた。

 ガセアルートは今回、総隊長としてこの作戦を決行した。俺としては、馬鹿なことをというほかはない。

「本当に似やるんだな、ガセア?」

俺の気持ちを読んだのか、エーデロイセが彼に尋ねる。彼ら夫婦は何をするにしても息ぴったりなのだが、今回それも少しズレていた。

 それがこの攻めのさらなる枷にならなければいいが、と少し思う。それでも、万が一の場合は俺一人が犠牲になれば他の兵士も、この夫婦も救うことが出来るだろう。


 “要塞の聖女”ナミサ=ハイルは今回、“庇護の聖女”アフィータ=クシャータの部隊も率いて“空墜の弓兵”とともにこの城壁の防衛にあたる。これほどまでに兵の数を守りに割いておきながら、これから敵に攻撃しようというのだ。おかしいことこの上ない。

「数では圧倒的有利なのですよ、アスレイ=ミニット=クレイル。今までこうしなかったことの方が、おかしかった。」

エーデロイセの質問の答えが、そのまま俺に返ってきた。こういうところは“聖人会”の奴らはよく気がつく。誰が不満を持っているのか、あるいはどういう不安を抱えているのか。


 ガセアルートは指揮官になってから少し変わった。いや、変わらざるを得なかったのかもしれない。しかし、人のことをよく見ているのは変わらない。いや、前よりも少し深く見ているのかもしれないと、この三日間で感じた。


 ルックワーツが、今回のように大規模に攻めてくることなど初めてだった。今までなかったからこそ、そろそろ攻め込む部隊を作ろうというカレスの意見も通ったのだから。

 そのカレス将軍は、“調教の聖女”ミニア=クジャッタ=アリエステンとともに東門から特攻をかける。おそらく、最も混戦になるのがそこだろう。俺たちの部隊は、戦うまでもなく負けているのだから。


 士気が低く、どんよりした空気が部隊を覆っている。自分たちが戦うことに納得していないわけではなく、むしろそれが必要だと説明されて信じてはいる彼らだが、しかし皆一様に超兵の猛威は理解しているのだ。その身で何年も、恐怖を味わってきた。

(守ってさえいられれば、負けることは決してない)

セーゲルの聖人会とは、そういう場所だ。なのに戦おうとして、人の命を無駄に捨てさせようとしているのだ。


 怒りで沸騰しそうになる頭を、必死になだめた。出来る限り、死なないように味方を転移させ続けるしかない。自分は“自由の聖人”だ。人間に、生きるというその自由を与えるための聖人だ。

「滅私奉公が気持ち悪い?自分のためにしか動かないなんて傲慢に言われたくはない。」

誰にも聞こえないように、内に留め置けない激情を吐き出す。冒険者組合は、他人のために生きられない屑だから嫌いなのだ。


「総員、よく聞け!この戦いが、我らの行く末を左右する!」

ガセアルートが、総隊長らしく叫んだ。自分たちがどれだけの兵士を引き付けられるか。それが、この戦の勝敗を左右するのだ。

「殺せとは言わん!勝てとも言わん!ただ、生き延びろ!戦場の中で、生きてまた会おう!」

皆に話しているようで、最後の一分は俺に対してガセアルートは話した。俺が“救出”を使えば、すぐに城の中に転移できる。ガセアルートは今、俺にそれをするなと釘を刺したのだ。


(戦場の熱気にでも当てられてるのか?そもそも、人を兵隊として訓練するのすら俺は反対だったんだ。)

守りとしても、攻めとしても。それは、兵にした人間の自由を奪うということに他ならないから。

(ああくそ、こんな時にあのガキが言いやがったことが頭によぎる!)

怒りにさらに油を注ぐようなことを思い出した。昨日シーヌに言われたのだ。「自分を無視した他者への自由の押し付けはよくないよ」と。


 聖人会をさんざん否定したあの男にだけは言われたくない言葉だった。自分たちも彼をさんざん否定しているが、お互いが押し付けをしている以上、どちらにもそれを主張する権利はないと思っている。


 実際のところ、アスレイとシーヌの自由に関しては種類が違う。アスレイの主張する自由は、物理的、肉体的な自由。シーヌたちが主張する自由は精神的、思想的な自由だ。そしてそれは、両者ともに矛盾をはらんでいる。

 しがらみ、仕事、人間関係、過去、因縁。『聖人会』という組織に囚われた、肉体的自由を主張するアスレイと、復讐という因縁と妄執に囚われた、精神的自由を主張するシーヌ。第三者にしてみれば、どちらも滑稽だというほかはない。


 シーヌの方は、それもわかっていて主張しているのであり、自分は望んでその妄執に囚われているのだと宣言しているのではあるが、本気でそれを信じているのかは怪しいところだ。


 俺は不満たらたらだ。この作戦そのものにだ。

 シーヌをこの街から追い出したことには怒りを覚えた。当然だ。一人で特攻して、敵に被害を与えてくれる有用な人間がいなくなったのだから。

 シーヌにティキ、カレス。この三人が敵陣の中に特攻して、城壁の上から俯瞰している俺が死ぬ前に回収する。それを繰り返すだけで、勝てるはずだと思っていたからだ。


 実際、シーヌにセーゲルの危機のためなどで戦う気などなく、ガレットを殺し、クロウに攻め込んだ超兵を狩れれば満足するというただの復讐鬼だったわけで、彼の作戦と言えないような作戦が通用するわけもなかったのだろうが。

 どうしてこう、多くの兵を失う作戦を決行するのか。そしてガセアルートは、シーヌたちを裏切るくらいのことはしないのだろうか?


「私は指揮官ですからね、アスレイ。指揮官は、命を高値で売りさばくのが仕事らしいです。」

急場しのぎに読んだ戦術書の冒頭分にそう書いてあったらしい。感化されるのが早すぎると思った。

「門を開け!」

北以外の門がいっせいに開く。その音は、ずっと鎖国状態にあった俺たちの街が、外への門を、攻撃のために開いた。

「この街創設以来、一度もなかったことらしいぜ、アスレイ。」

エーデロイセが笑って言う。

「今まで二十年。ずっとルックワーツと抗争し続けたくせに、一度も攻めなかったんだぜ?この街、阿呆じゃねぇか?」

“錯乱の聖女”らしい言い草だ。先代“錯乱の聖女”も、とても好戦的だったなと思う。

「いいじゃねぇか、人生で一度くらい攻めてみてもよ。」

言い終わった瞬間、急に彼女の体が揺らいだ。俺の体も、何かが上からかかってくるように重くなった。

「“空墜の弓兵”の異名の元である魔法か……。」

北の城壁の上を仰ぎ見た。弓を構え、空を向いて引き絞っている姿が目に映る。


 背筋は老齢と思えないほどにシャンと伸び、弦を引く手にはわずかのブレもなく。

 ガシャンという音が鳴った。それは、城門が開ききった音。

「太鼓を叩け!」

後方で、兵が置かれていた太鼓を一度、叩いた。それに追従するかのように、二度の太鼓の音が鳴る。南門の開門の合図だ。少し遅れて、東門の方からかすかに三度、音が鳴った。

「突撃用意!“空を墜とした重力矢”が放たれると同時に行くぞ!」

ガセアルートが叫ぶ。普通に話すことなど、体が重すぎてもうできない。応、と答えることができなかった。この作戦に賛成していないからこそ、そんな気分でないことも原因である。

「「「「おぉぉぉう!」」」」

しかし、兵士たちはそうではなかった。これでもかという大声で叫びをあげる。

「な、あ?」

声にならない声がこぼれた。こんなことになるとは全く思っていなかったのだ。これでは、兵士たちがずっと反撃の機会を切望していたかのような、そんな叫びだ。


 バグーリダが弦から手を離した。その弓に、矢はつがえられていなかった。

 矢は向こう壁一帯の重力。それを収束して、矢として番えて、放つ。収束されたものから漏れ出た重力で、西門にいる自分たちの体を重くするほどの力があった。それを直接浴びせられた北の兵士たちは、いったいどんな悲惨な姿になっているのか。

 昔一度だけ、彼の戦場での記録に目を通したことがある。彼の一矢が、三百の兵力を一掃したと。彼は一矢で、中位の竜が生み出す地獄を再現したと。

「かかれぇぇぇ!」

「おおおぉぉぉぉ!!」

馬が走り出した。自分も跨った馬の腹を蹴る。

 もう戦闘は始まった。俺はそれに逆らわず、自分のなすべき命の救済を行わなければならない。

「やっとやり返せる!行くぞ!」

「今までやられ続けだった恨み、思い知れ!」

兵士たちが思い思いのことを口にしながら敵に突っ込んでいく。何人かの超兵が斬りだす目にも見えない斬撃を受け流そうとした兵士を、その超兵の真後ろに転移させた。

「やぁぁ!」

ザシュ、という音がその兵から聞こえた。斬れた。殺せた。セーゲルのただの一般兵が。

「ありがとうございます!アスレイ様!みんな、俺達でも超兵を殺せるぞ!」

人殺しができることを感謝できるとは思わなかった。礼を言われたことに驚きつつも、斬られそうな兵士たちを転移させ、命を救い続ける。

「オレたちは、我慢させすぎたみたいだな。ハッ、やられっぱなしじゃ嫌なのはみんな一緒か!そこ、壁が薄い!デイグ!五人連れて援護に行け!ゼニ!アスレイの右翼がやべえ、突撃しろ!」

エーデロイセの指揮ぶりは、いつも通り様になっている。攻撃の分野に関しては、彼女の指揮が一番うまい。


 彼女が自分の名前を声に出したことで、意識が戦場に帰ってきた。ここは戦場。そうだ、気を抜いている暇はないと気合を入れなおす。

「グリャ!ティッツ!フェーデ!お前たちの小隊をあれの背後に送る!頼むぞ!」

俺の救いの手が届かなくなるかもしれない決断をした。彼らが死にそうになっても、俺がそれを見ていなければ転移させることはできない。

 小の犠牲より、大の生存を大切にした。一人でも多く生き残させるには、一人でも多く殺せばいいのだ。そう自分に言い聞かせて、約九十名ほどを敵の後ろに送り届ける。

「俺も戦場の空気に空気に感化されたのかね?エナ!走れ!急に風景が変わっても走って、敵と出会ったら斬り捨てろ!」

やけくそになったかのように、俺は“転移”を攻撃にも使い始めた。


“錯乱”を前章で書いていて助かりました

次はワデシャです。彼、しばらく異名ないんですよね、次のタイトルどうしましょう?


技名っぽいのが出てますが、ただの通称です。別段正式名称とかではありません。

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