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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
竜呑の詐欺師
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創街

 エスティナが現職復帰したらしい。らしいというのは、現職復帰する前の名前を名乗って。

「60年も経ってか。長かったな、坊主。」

歳的には坊主ではないのだろうが、僧侶など皆坊主で十分だ。“肉体の管理者”など、僧侶に似合う名前などではないだろうに、奴の魔法にはよく似合っていたのを覚えている。


「奴が帰ってきたのなら、今回勝利間違いなしじゃな。」

壁にスコップを突き立てつつ、真後ろまでやってきた兵士にそう言った。

「えっと、あの方は本当にエスティナ様なのですか?」

「もちろんじゃ。聖人会における、最強の死刑執行人。それがかつての奴じゃったよ。」

奴は笑いながら、敵を蹂躙したらしい。部下の方も聖人会の人間とは思えないほどに攻撃的で、あれを聖人会の仲間ともセーゲルの一員とも、認めたくないと何人かの兵士が零していた。

「そもそも刑を執行するものが弱いと考えものじゃからのう。」


セーゲルのような一地方の、こんな小さな戦いならばエスティナが出ることなどあまりない。だからこそ、“聖王”ではなく“治癒の聖人”としてここで活動していたのだから。

「中央の聖人会はあのような方が多いのですか?」

「いや、そうではないぞ。ここが少しばかり辺鄙な土地じゃから、こんなに偏っただけで、中央はもっときな臭い。」

なにしろ国政と絡んでくるゆえにのう、と呟きつつ、二―ディア聖王国の王都レイのことを思い出す。 


 キャッツが呼び出しを受けてあの場所へ足を運んだ時は、かなり息が詰まったと思い出している。あれからはや63年。もうセーゲルの街は、三人の創設者の手を離れていた。

「そもそも、先代“身代わりの天使”や“要塞の聖王”あたりの介入がなければ、この街はもっとまともだったろうしのう。」

キャッツがわしを追い出したわけではない。エスティナも、命令に逆らえなかっただけでわしを追放したかったわけではないだろう。追放したのは、エスティナが招きこんだ聖人会の上司たちだ。

「“聖王”や“天使”って何です?」


兵士はしばらく老人の話に付き合う気になったらしい。皆、ここで一人で土を掘ることの退屈さを身に染みて知っているからだろう。

 今の話の内容で食いつく部分があるとすれば、そこしかない。政治の話などされたところで、彼らに理解することなど到底できないからだ。

「中央では位の高い、あるいは能力の高い聖人に“聖王”や“天使”、あるいは“仙女”などと名付けるのだよ。“聖人”と“聖女”は比較的位の低いものに与えられるものゆえに。」

キャッツは別だ。あれは“身代わり”はたった一人しか使えるもののいない役職で、彼女は“仙女”の名前を名乗ることはできた。


「他の聖人たちとの区別をなくし、セーゲルを中央の聖人会から引き離すために彼女は自ら“身代わりの仙女”の名を捨てた。」

その時に、いくつかの聖人の名前を書き替えている。

「それは、その聖王や天使の皆様には止められなかったので?」

この兵士は意外と頭の回転が速いようだ。先代“要塞の聖王”や“身代わりの天使”がここに派遣された理由に、思い至っているのだろう。

「キャッツ自身が立てた街で、共に協力した“粛清の聖王”という味方があり、もう一人の創設者にしてキャッツの夫を政治から追放した。反対はしたろうが、分が悪化ったらしいのう。」

そして、その話の後に、エスティナが自身の願望のために“粛清の聖王”の権限を使った。


 奴は、わしに借りは十分に返しておったのに、罪悪感からわしと顔を合わせるのを避けた。セーゲルの政治は、キャッツたちと派遣された者たちの弟子が執ることになり。思想は、先代聖王の遺志を継ぎつつ、政治方針はキャッツとエスティナに従わざるを得なくなった。

「この街の矛盾は、創設以来のしがらみの多さ故じゃ。シーヌは、おそらく今知ったのじゃろうが。」

この土まみれの穴の中に入ってきたシーヌは、溜息とともに「そうですか」とだけ言った。




「で、進捗はどうです?」

「老人に何を期待しておるのじゃ。」

言いあいながらも、老兵は手を休めない。一堀ごとにスコップを使っているとは思えない量の土が崩れ、彼の支配下に落ちた土が少し後方に下がる。

「一時間で五メートルも掘っておいて、何を言いますか。」

「目標はあと最低50メートルじゃろう。」

敵の後方にシーヌたちが出られるように、穴を掘る。ルックワーツの超兵は五感が鋭いから、真下を掘っていると気がつかれないようにかなり深いところを掘る必要があった。


「もとはああいう人だったんですね?」

「うむ。ああいう奴じゃった。」

「強いのですか?」

「今でも、おぬしよりは強かろうよ。わしも遠間で弓を持てば、奴と互せるかも知れん。」

冒険者組合だった。彼の言い分を信じるなら、エスティナ=フィデートはガレット=ヒルデナ=アリリードよりも強い。


 さっきバグーリダと話をしていた兵士がこの穴から外に出た。それを感じ取りながら、バグーリダは再び口を開く。

「おぬし、ガレットが魔法を使わなかったと言ったか?」

「ええ。少なくとも私が逃げ始める瞬間までは、使いませんでした。」

ふむ、と一瞬だけ顎に手を当てて、老兵は呟いた。

「舐められておるの。」

「やはり、ですか?」


シーヌには思うところがあったのだろう。手を抜かれていたと言われて、怒りも何も浮かばなかった。

「“溶解の弓矢”と呼ばれていた。だからと言って、酸の魔法だけで赤竜は狩れぬ。」

「そもそも、酸の魔法は三念のものでしょうか?」

シーヌはそこに疑問を持った。当たり前だろう。溶かすことに三念を使う必要など、大してないのだから。

「いや、普通に矢が酸で出来ていると思うだけでよい。ルックワーツにおるのじゃ。奴の弓の技術の方が、注意すべきじゃろうよ。」

シーヌは矢で射られて一度死んだ。きっと撃ったのはガレットだろうと思う。


「クトリスはどうする?やつはきっと、あれは身近に置いておくと思うぞ?」

作戦の再確認をするわけではなかった。聖人たちが邪魔をして話せなかった部分を、話しているのだ。

「ティキとワデシャさんに任せます。アフィータさんにはワデシャさんを守ってもらって。」

「今のアフィータなら、まだ足手まといにしかならぬと思うぞ?」

穴の中でずっといるわけにはいかないだろう。この穴は、本陣と直接結びつけるわけではない。

「三人います。それに、ティキがいるなら大丈夫でしょう。」

「随分と高い信頼だな。」

シーヌが土の壁に手を当てた。バグーリダは手を止めて、彼の想念の流れから彼のやろうとしていることを読み解く。


「死ぬ前の僕なら、任せなかったでしょう。死ぬ前のティキなら、任せられなかったと思います。」

それは、シーヌがルックワーツから逃げるときに用いた、土同士の繋がりを脆くする魔法。少しずつ少しずつそれは先へと侵食し、十五メートル先で止まる。

「彼女は変わりました。僕の力と自慢するわけではないですが、僕は大きなきっかけでしょう。」

僕というより、僕の死がかもしれません、と自嘲気味に彼は言った。

 今回のように、命の借りを押し付けない限り、彼は自分で動き続けるだろう。それはティキを置いていく結果になっても躊躇しないという意味でもある。

「彼女が僕について来ようと必死になっているそれは薄々伝わりました。だからこそ、ついてこられるだけの実力がつくように算段はつけておきたい。」


「……言っては悪いがな。おぬし、そろそろ追いつかれかけておるぞ?」

その瞬間、彼の横顔にわかっているという笑みが浮かんだ。彼女の依存心は、もうシーヌの後を追い続けるに、もしかしたら追い越すに足るだけの想いになっていると、彼はもうわかっていた。

 その笑みが消えると同時に、徐々に壁の劣化が進み始めた。彼の意思では十五メートルが限界だったのが、少しずつ伸び始める。

「彼女の依存心は、もう僕の背中を見つけたのかもしれません。でも、そこで僕が待ってあげる気もないんですよ。」


復讐のためなら、何もかもを捨ててもいい。いや、もともと復讐心以外の何も持っていなかったのだ。元に戻るだけと言ってもいい。

「彼女たちを想った一瞬がありました。復讐心に邪念が混ざった一瞬がありました。だから、今回は失敗したのです。」

そう言ってさらに想念を流していく彼を見て、バグーリダは少し興味深そうな笑みを浮かべた。

 彼は、復讐を果たせば死ぬつもりだ。今の彼ではそもそもにして復讐を果たせるとは思えない。その程度の実力しかないのは確かだが、それでも彼はやろうとするだろう。


(彼は奇跡をもっとるじゃろうな。でなければ、まだドラッドは殺せまい。)

三十メートル先で、再び土を脆くする魔法が止まった。それが見たとおりに事実なら、彼はこの一瞬で倍以上の意思力を得たことになる。

(いや、違う。意志力の発露の仕方をさらに覚えたといったところかもしれん。)

昔すぎて、バグーリダはもうこのころの魔法技能の上達方法など覚えてはいない。しかし、魔法技能の基礎二つ、想像力の育成と意志力の強化は、40代前半までは強化し得たはずだった。

「僕はまだ成長しますよ。だから、復讐を果たせないなどと考えるのは失礼です。」


そう言って、脆くなった土壁を蹴り飛ばした。人ひとりが通れる程度の穴に、かすかな土が崩れる音が響いた。

「すまぬ。」

その音が彼の静かな怒りを体現しているように思えて、バグーリダは頭を下げた。しかし潜在能力に関して言えば、間違いなくシーヌはティキに劣る。

 誤りはした。彼が“奇跡”をしっかり行使できるなら、復讐は叶うかもしれないと考えなおすことにもした。


(復讐をかなえた後のおぬしは、もし死ねなければ、冒険者組合にいられるほどの実力も残らないだろうがのう。)

魔法が自分の想像力と意志の体現である以上、復讐を失う、つまりすべてを失った彼は魔法能力など皆無に等しくなる。

(今気にすることでもあるまい。有力な復讐対象など、ガレットやドラッドクラスなら結構居るだろうしのう。)

バグーリダは彼の崩した土を浮き上がらせると、外に向かって放り投げる。


「爺と呼ばれておるものがおったらしいのう。」

「……いました。強いですよ、あれ。」

もしも、バグーリダの予想通りなら。もしも歳で死んでいないのならば。その思考がバグーリダの頭によぎった。

「おそらく、それもガレットのそばから離れまい。しかし、奴はわしがやる。」

「着いてくるのですか?」

着いていくわけないじゃろう。そう言いたいのをグッと堪えた。シーヌの作戦通りならば、わしは城壁から離れられないはずなのだから。

「壁から二キロ程度なら戦えるわい。わしは冒険者組合、“空墜の弓兵”ぞ。」


胸を張って笑う老人に、シーヌは呆れのため息を吐いた。ならばどうして自分が老人だと連呼するのであろうか。

「そんなもの、戦闘以外の面倒ごとはなるべく避けたいからに決まっておろう。ここは今は聖人会が支配しておるのじゃ。老人の部外者が出しゃばりたくないからのう。」

逃げたいだけだった。この性格なら、追放されたときも大して抗わずに追放されたのではないのだろうか、とシーヌは思う。

「さてと。ではわしはエスティナと仲直りでもしてくるかの。」

そう言ってシーヌに文句を言われる前に回れ右していく。


「ご老体。」

シーヌはそんな彼に、真剣な声音で声をかけた。

「よろしく、お願いします。」

一番の懸念事項を相手してくれる。妻の命を捨てさせたシーヌを、何も言わずに許した上で。

 妻の遺言があったとしても、彼の望みが一致しているとしても。シーヌにとって有利になることならば、シーヌは感謝しなければならない。

 キャッツ=ネメシア=セーゲル。彼女の命によってシーヌは救われたのだ。その命は、彼女が守った、彼女の作ったセーゲルのために、一度は使おうと、シーヌは思わなければならなかった。

「勝てよ、シーヌ。再び死ぬことは、許さんぞ。」

重い、重い口調でバグーリダが応じた。彼はこれから、兵の指揮を執るのだろう。


 カレス将軍が、彼用に1つ、部隊を作って予備戦力として周知させていたと聞いていた。

「意外と戦える人間自体はいるんじゃないか。」

表舞台に立たなかった兵士たちを、それを率いようとしている将たちに、シーヌは自分の手助けを願った。


久しぶりの連続投稿です。

明日もできるかもしれません。

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