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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
竜呑の詐欺師
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治癒

 重症患者が運ばれてくる。矢でここまで怪我を負うものが多いのは、もう慣れ切っていた。

「エスティナ様。エーデロイセ様とアスレイ様の部隊の治療を終えました。」

私の部下が報告してくる。やはりというか、ナミサとカレスの部隊の負傷者はいないようだった。

「俺の隊は一人重症、一人死亡だ、エスティナ。」

カレスが救護室に入ってくる。この時間はまだ彼は兵の指揮を執っているべき時間だとは思ったが、振り返って彼の状態を見て、慌ててそのそばに駆け寄った。

「何をしたらこんな傷になるのですか!」

右脇の裂傷がひどい。これは自分がいなければ治せないだろうと、その傷口に手を当てて魔法概念を強く願う。


 魔法概念“信念”、冠された名は“身体調整”。それによって、カレスの傷はどんどん癒えていく。

「あなたが死ねばすべて終わりです。頼みますから、無茶はしすぎないでください。」

そう言うと、私は椅子を軽く引いた。

「あなたのことだ。指揮はちゃんと代わってきたのでしょう?でしたら、少し話しましょうか。」

今や最古参となっている私は、バグーリダを除くと最も従軍経験のある戦力だ。かつてはキャッツと、“犠牲”の地位を巡って争った間柄でもある。


 つまり、カレスのことは生まれたときから最もよく知っているのだ。だからこそ、世界でも上位には入れるかもしれない彼が傷を受けたことに驚いて、私は彼の前に座った。

「で、どうしたのです?いくら超兵と言えど、オオバが死んだ以上あなたの敵はそういないはずですよ。」

私は彼の向かいに座り込み、そう尋ねる。はるか昔、聖人会の僧侶がそうしていたように、一人の人間と向き合うことにして。


 カレスは少しだけ逡巡した後、ゆっくりと私の用意した椅子に腰かけた。

「勝負を急いだのだ、エスティナ。敵の士気を落として、自軍の士気を上げたかったからな。」

「それだけではありませんね?」

彼の目を見つめた私は、即座に言う。彼はすぐさま目を逸らした。

「おじさんと呼んでくれていたころから、私はあなたを知っているのですよ。」

隠し事は感心しないと、暗に伝える。それに、カレスの隠しごとは、私には通用しない。


キャッツ、バグーリダに続く、彼の理解者は私なのだから。

「一人の兵が、聖人会の呪縛を解いた。」

そっぽを向きながら、カレスが言った。そうか、ようやく、彼自身の一つの目標が叶ったのかと、聖人会としてはあるべからざることを考える。

「そうですか……それで、勝負を急いだということは……死んでしまったのですね?」

「怒らないのか?」

私の発言に違和感を覚えたのだろう。私が彼の目標を知っていたことか、それとも成功に対して文句をつけないことか。


「ええ。私はね、キャッツやバグーリダとともに、この街の建設をした人間です。もうあの時の仲間はバグーリダ以外残ってはいませんが、外とここの違いはよくわかっていますから。」

初めて聞いた、その事実に彼はあまり驚かなかった。そうだろう。この老人がいつまでも政治運営に関わっていることでも、あるいは幼いころから彼とよく遊んでいたことでも、この程度は推測できたことかもしれない。

「その後は我が隊の兵たちは次々と呪いを解いたよ。なにせ、本気で超兵を殺そうとしていた。」

「それは喜ばしい。可能ならばセーゲルの聖人は、エーデロイセで最後にしたいものですからね。」

「アフィータではなく?」


「彼女の呪縛はもう解けています。彼女自身が認めていないだけですよ。」

シーヌ君を助けに行った時から、彼女はセーゲルの聖人会らしくない思想を持っていた。どう考えても、今の彼女は私たちと同種ではない。

 冒険者組合の存在が、そしてワデシャの存在が、彼女に変化をもたらしたのだろうと思う。

「……少し、眩しいですね。キャッツと同じ道に迷いこまないようにしなくては……。」

呟いた独り言は、カレスには無視された。そうだろう。母の歩んだ道が悪かったなどと、たとえ彼がそう思っていても聞きたいセリフではないだろうから。

「ところでエスティナ。ルックワーツの内情を知っていたのか?」


だからこそ話を逸らされるのは、呟いた瞬間から予想していた。しかし、そこを突かれたくはない部分だった。

「私とキャッツは、聖人会の中にあってまっとうな聖人ではないのですよ。今ではミニアとアフィータもですか?……聖人会の半数ですね。」

答えになっていない答えに、無言でカレスが続きを促す。彼は王都にまで出たにも関わらず、私やキャッツと他の聖人会の違いをよく理解できないようであった。


「そうですね、そろそろ頃合いかもしれません。」

カレスは答えない私に対して少し怒りを覚えたようだ。このあたりが、まだまだ未熟なところだろうと思う。

「知っていましたよ、私も、キャッツも、バグーリダも。もう一度言いますが、私はセーゲルの街創設の時からいる聖人なのです。」

よっ、と掛け声を上げて立ち上がる。“治癒の聖人”に見合う三念使いは、私の他にも何人もいる。私がこの年で“治癒の聖人”として扱われているのは、創始者のひとりであるからだ。


 キャッツと違い、私はたった一人の、替えの効かない聖人ではない。

「ガセアルートの元へ行きます。あなたは指揮に戻りなさい……誰に兵の指揮を任せたのですか?」

「シーヌとティキだ。戦えばいいだけならば、あの二人でも十二分と言えるからな。」

近接戦闘の技術ではあまり秀でていなくて、指揮能力もエーデロイセに劣るものに指揮を預けるその判断には賛同しかねるものがあった。だが、カレスの言うことはある意味において正しいのだ。

 あの二人が城壁を守るのであれば、下手な兵隊など足手まといにしかならないのだ。エーデロイセも、軍の指揮能力であればシーヌに勝ったが、戦争なら負けていたと自分でも口にしていた。


 あの“錯乱の聖女”が認めたのだ。それなら確かに、戦争なら、一人で勝つことが出来ていたのだろう。

「そうですか。しかし、彼らもやるべきことがあります。あまり頼りすぎないようにしてください。」

今の今まで彼を拘束していた私が言う事ではないが、一応忠告だけしておく。

「大丈夫だ。俺は、超兵を相手せねばいけない。」

何か自分に言い聞かせるように、彼は外へと飛び出した。

「どれだけ士気を高めようと、超兵を討てるのはあなただけで。わかっているなら問題ありません、カレス。」

呟く。もう彼の背中は見えない。だから、心配するほどでもないのはわかっていた。


「ティエニア!キクラ!しばらくこの場を預けます!私が帰ってくるまで、ここの機能を決して止めぬように!生命線ですよ、ここは!」

暗に帰ってこないこともあり得るのだと伝えて、私は救護室を出た。




「え、“治癒の聖人”、あなたが兵の指揮を執るのですか?」

私の言うことに驚いて、ガセアルートが声を荒げた。

「ええ。若者が戦い、キャッツ様がお隠れになった。そして、我が袂を別った友までが戦場に出る。戦わない理由が、もう失われました。」

私はガセアルートの執務室まで足を運んだ。

「救護室は……。」

「もう“治癒の聖人”になれるほどの三念の使い手は、掃き捨てるほどいます。うちが一番、わかりやすい“三念”ですからね。」


実際、“治療”“治癒”“回復”などの三念は、もう二十を超えるくらいの使い手がいるのだ。

「私が本気を出して戦えば、カレスやあるいは今の“空墜”と同じくらいは戦えるでしょう。部隊の指揮など言うに及ばずです。最終兵器として温存しているわけにもいきませんから。」

冒険者組合に甘えるだけではなく、自分たちの持つ牙をもっと使うべきだと、彼に言った。

「エスティナ様。」

私の覚悟が伝わったからか、彼は私の目を見て何かを伝えようとしてきた。何だ、と聞き返さなくても、彼は自分で話すだろう。

「必ず、帰ってきてください。キャッツ様の遺言に従い、結婚式を挙式するためにも。」


私に司祭をやらせるつもりだと知って苦笑した。確かに、この街で最も格式の高い結婚式は私が執り行うことが多いのだ。

「冒険者組合に、あなたがそこまですることを決意しますか。」

もちろん、詭弁だ。彼は、私に死に急がないようにするためだけにそれを言っている。まだやはり彼は聖人会らしい。人のことばかりを考えていられるのだから。

「大丈夫ですよ。この街で唯一の『実戦部隊』にいるのです。死ぬつもりなどありません。」

笑って言う。そもそも、ルックワーツの超兵?あれに殺される可能性など、ありえはしない。なぜなら私は、“治癒の聖人”なのだから。死ぬ前に、すべてを治してしまえるのだから。




「城門を開いてください!」

直接指揮する部隊に行った私は、城壁を護る兵にそう叫びます。前代未聞の言葉を聞いて、城壁の兵たちが戸惑いを露わにしていました。

「城門を開け!エーデロイセ、開門がばれないように“錯乱”せよ!」

後から追ってきたガセアルートが、大声で叫んでくれました。良いフォローですし、いいタイミングです。それを聞いて、私が発した言葉が幻聴ではないと確信したのでしょう。渋々ながら、兵たちが重い門を開き始めました。

「魔法使い部隊!氷槍用意!」

これは、キャッツと私が、味方を欺いてまで用意したセーゲルの戦闘部隊。セーゲルの街における唯一無二の、『命を奪うため』の部隊です。


「騎兵隊!突撃用意!」

前線四列、一列当たり二十五人の騎馬隊が槍を構えます。まだ、騎馬隊が通れるほどに門は開いていません。

 あと数秒で馬が通れる。そういうタイミングで、再び叫びます。

「魔法使い部隊!氷槍を放ちなさい!」

四十人の魔法使いが、真っすぐに魔法を撃つ。宙に浮かべた氷の槍は一人三本。合計百二十本もの魔法が、標的も定めずにまっすぐに城門の外へと吸い込まれていく。

「騎馬隊!突撃!」

遠慮などしなかった。魔法の結果を確かめることもしなかった。


 今までろくな反撃などしなかった我らセーゲルだ。今まで聖人たちに頼った圧倒的な護りで知られていたセーゲルだ。

「おおおぉぉぉぉ!」

この一回の突撃が意味することは、いくつもあります。まずは、カレス以外にも人がいるぞと伝えること。カレス以外にも、そっちに手を出せる兵を用意していたと、敵に教えて動揺を誘い、警戒させること。

「私は“肉体の管理者”エスティナ=フィデートです!私が指揮する部隊の名は“審判の騎兵隊”!さあ、セーゲルに手を出した、その裁きを受けるときです!」

 馬に乗り駆けながら、そう叫んだ。昔、セーゲルを立てるよりも、“空墜”や“護り”と旅をする以前の、私の名前。レイ聖人会の裁定者だったころの、若き私の黒歴史。


「くたばれ!」

槍の一撃が兵の首を落とした。ルックワーツの超兵が、慌てて混乱しながら逃げ惑う。

 それだけではない。きっと彼らは本来の実力の半分も出てはいない。私の魔法概念による、能力弱体だ。

 体が傷ついていれば、癒す。強すぎるなら、弱める。相手から力を奪い取り、奪い取ったものを味方に再分配する。

 私の魔法は、本来であれば“治癒の聖人”として扱うべきものではない。なぜなら、聖人会本部にいたならば“粛正の聖王”として扱われる魔法だからだ。

 理由があって“治癒の聖人”として活動していた。セーゲルを立ち上げたときに、聖人会を手引きしたのもこの私だ。それによって、バグーリダと袂を別った。彼をセーゲルの政治の中央からはじき出すことになったのも、もとはと言えば私のせいだ。


「私とて、この街に愛着があるのです!」

生命力の剣で敵を斬り裂いた。一人を斬れば、その一人から生命力を吸い取るので、この魔法の剣はどんどん強くなる。

 この戦いぶりを見て、かつての戦友はどう思うだろうか。そんなことを気にしながらも、私は戦場に返ってきたと、精いっぱいアピールする。

「とはいえ、超兵は十人もいませんでしたね……撤退します!」

ルックワーツの兵の亡骸が百ほど散らばった戦場から、私たち騎兵隊は撤退を始めた。

(シーヌ君。実力は、有事の時まで隠しておくものです。)

強者としてかつていた先輩からの教示を、後輩に残しながら。


何か矛盾や感想等ありましたら、教えてください。

いやぁ、伸び率悪いのに結構粘ってるな僕。

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