開戦
剣の切っ先が宙を切り、同時に胸元に剣先がせまる。
城の中で命のやり取りになるとは思わず、外での戦闘で憂さ晴らしを続けてはや10年。
不満を夜にミニアにぶつけるようになって、もう7年。
最初は児戯に等しかった彼の剣も、ついにはほんの数瞬の命のやり取りが成立するほどになり始めた。
少年はセーゲルの剣術を、生き延びることに特化した剣と、評した。事実、その通りだと思う。
セーゲルの剣は、俺やその師匠のおかげで作り上げられた剣術と言ってもいい。当初俺たちは兵士たちに、自分達がやったのと同じように剣を教えた。
つまり、剣の握り方、構えのいくつかだけを教えて、彼らに見えるくらいの速度で斬りかかったのだ。
当然、逃げるし、反撃を返す。しかし、セーゲルの兵士たちは長年の聖人会の統治で腐っていた。
偶発的にでも人を殺した兵士は、うちにはいない。獣を殺せる兵士ですら、少ない。俺の剣を見切って逃げれる兵士は多いのに、回避できないと死ぬような斬擊を放ってこれるものは、いない。
口元が少し、笑みをかたどるのがわかった。シーヌがどうかは知らないが、俺は楽しくて楽しくて仕方がない。
この街は退屈だったのだ。父も母もいたし、今は妻もいるからこそ俺はここを守るが、そうでなければこんな街は捨て置いたかもしれなかった。
それくらい、逃げる根性が染み付いていた。どれだけ追いたてても、どれだけ叩いても、兵士たちは逃げ延びることに必死になる。
殺す術を持たずに勝利するなんてできない。戦争なら、確実に。しかしうちの兵士どもは、聖人会含めて誰もそれを理解していないのだ。
世界は広いと、王都に出て思った。自分は強くなどないと初めて知った。
「ぬん!」
振り下ろした剣に、少年が真っ向から切り結ぶ。押し返すことを目指して、身体強化をかけて。
王都では、それでも上から数えた方が早かったと思う。その程度には兵士として強かったと、誇りをもって答えられる。
しかし、“黒鉄の天使”には勝てなかった。その副官にも、勝てなかった。彼我の差がどれだけあるか、俺自身にもわからないほど、差があるように感じた。
クロウの敵討ちならば間違いなく、“黒鉄の天使”と戦うことになるのだろう。そして間違いなく、今の少年なら負けるだろう。
母が掬い上げた命をまた散らされては敵わないと、私の剣擊の速度を上げていく……。
最初の激突は、セーゲルからルックワーツを臨める場所で始まった。飛んでくる矢は、一本一本が人を致命傷に至らせうる。
“赤竜殺しの英雄”が名を上げるよりもずっと前から、ルックワーツは強弓で有名な都市だった。
「ぬん!」
左右別々の手で握った剣は、別々に飛来した矢を振り落とす。セーゲルの兵士は力をいなし、角度を変えて城に落とす。
もう慣れたものだった。抗争が本格化して、10年近い月日が流れて。それだけの時間があれば、これくらいの争いは容易くできる。
「弓を持ってこい!」
俺はルックワーツの超兵ではない。あれではないから、城壁を跳んで上るなんてことはできない。
壁の下にいる兵士どもに斬り込みたかったが、それは叶わない。帰る方法がなくなるからだ。
ここはヤドカリの家だと思う。家から出なければ安全に戦っていられるのだから、ヤドカリよりもむしろ、安全だ。
届いた弓の弦を張る。ルックワーツのやつほど強い矢は撃てないが、やつらはセーゲルの兵士より守りが下手だ。射殺すだけなら、簡単だろう。
ひゅっと、一矢を放った。いつもみたいにあいつが邪魔をしてこない。やはりライバルは少年がきっちり殺したらしい。
「将軍、危ない!」
背中から温かいものがかかった。それで後方に注意が行って、敵の剣を打ち払う。
「貴様がカレス=セーゲル=アリエステンか。オオバから話は聞いていたよ、俺と打ち合える化け物みたいなやつがいるとね。」
兵が一人、俺を庇って血まみれで倒れていた。俺の直属の兵士の一人だ。
「……将軍。」
言葉を、発した。まだ息があるらしい。
「ふん。聞いてやれ。ここの兵にしては勇敢だった。」
目の前の超兵が嘲笑と傲慢を隠さずに言う。信じてもいいかはわからない。いや、疑うべきだろう。
しかし、警戒だけは解かぬまま、その兵の話を聞くためにしゃがんだ。別段姿勢が悪いから殺されるほどやわな鍛え方はしていない。
「……あなたさえ、生きていれば、……勝てます、よね?……冒険者組合員の方が……生きるということを、昔、教えて、くれま……した……。」
とぎれとぎれに発する言葉が、耳に届いては染みる前に消えていく。他力本願で、そのために彼は命を落としたというのか、と嘆く暇すら与えない。
「母と……妻と、娘の命を……」
こと、切れた。しかし、兵士の言いたいことはわかった。
大事な人の命を守るために、それのために大切な私の命を救ったのだ。
「安心しろ、その願いは叶わねぇよ。」
「安心するといい。俺は、この街の将軍ぞ!勝利を獲らずして何を獲るのだ!」
立ち上がらず、地面すれすれからの振り上げ。その一閃を、その不意打ちの一閃を、超兵はかろうじて避けた。直後、俺の後ろから矢が放たれ、バランスを崩したその超兵の肩をかする。
「ちょ、セーゲルの兵士は攻撃しねえんじゃなかったのかよ?」
罵りつつ城壁から飛び降りようとして、何かにぶつかったように跳ね返ってきた。
「いてぇ!い、何?」
立ち上がりかけたところを、振りかぶった刃が狙いをつけ、俺の影でそれに気づいた兵が慌てて離れる。
「俺の隊、囲め!!決して逃がすな!!」
叫びつつ、振り下ろした剣の剣先を地面すれすれで滑らせるように走り、一閃。
回避される。予想はできていた。オオバというのが俺のライバルであるならば、こいつはそれとほぼ同格だ。この程度、避けてくれなければ、今までタメ張ってきたあいつの立つ瀬がないだろう。
「はっ、こえぇこえぇ、っと!」
慣性を無視して振り下ろされた剣に、向こうが余裕で合わせてくる。
シーヌと、近接戦闘の技量差はやはり違う。歴然としている。なにせ、こいつは地力で俺と打ち合っている。しかし、剣を振り下ろしている俺は、振り上げている奴よりも、重力が味方な分有利だ。
「落ちろ、下郎!」
叫んで叩き割ろうとして、いなされた。剣が再び宙を切り、その脇にぴったりと添えられた刃が跳ね上がる。必死の思いで体を反対側に逸らした。ちょうど脇で剣を挟めるような位置で、勢いよく剣身を潰しにかかる。
バキッという音と、燃えるような熱さと痛みが、その試みを成功させたことを語った。しかし、右手が使えなくなった。
「ふん、俺は剣を失って、てめぇは右腕が使えねぇ。俺の勝ちだな、カレス=セーゲル=アリエステン。」
どくどくと脇から流れる赤い血を見ながら、俺も勝ちを確信した。
奴は、若い兵士だった。おそらく、ルックワーツで格闘の訓練も受けたのだろう。その成績も一流なのだとすれば、確かにこの状況で喜ぶ余裕もあるだろう。
……もしも、こやつがセーゲルの攻めに出てきていたら、そんなあわれな考え方はしなかっただろうな、と嗤う。
「見つけたぞ、ルックワーツの弱点。」
蹴りが、兵士の脇腹を打った。呻き声を漏らしている間に、蹴りの勢いを殺さずもう反対の足が頭を蹴り抜く。
風が染みて脇腹が痛い。しかし、そんなことは気にしないように、左手で握りなおした剣を振り上げる。
奴の左腕が宙を舞った。その激痛にポカンと彼は口を開けて、固まって。
「実践経験不足が仇になったな。手の内を知らない相手と戦った経験がなかったのだろう?」
首を切り落としながら言った。シーヌとは違う意味での経験不足。
身内での対人訓練を繰り返していても、最強だとは言えないことを、彼は知らなかったのだ。
「井の中の蛙大海を知らず、かな?」
「そうだな、王都に一度でも行ってみれば別だったのかも知れんが……。」
一人の超兵の骸を眺めつつ、将来有望だったその戦闘技術に敬意を評して敬礼する。
「すまん、助かったぞ、シーヌ。」
彼が魔法でこの兵を阻んでくれたから、逃げられることはなかった。もしもここで彼を斬っていなかったら、向こうの兵は好き勝手侵入して、簡単に撤退できるという自信を得ることになっただろう。
「その方が利益になったからね。将軍、これで残りの超兵は398だよ。」
嫌がらせにしか感じねぇな、とポツリと呟いた。そうだろうな、ととりあえず答えておく。
まだだ。まだルックワーツに攻め込むための準備はできていない。
「幻想展開“氷山”。」
シーヌは兵士たちのど真ん中に、かつて登った北の霊峰を思い浮かべる。それが立派に姿を顕すと、あのときのように凍えるような冷たい風を吹き付けた。
未だに射かけてきていた矢が止まる。矢を射ないのではなく射かけても突風で凪ぎ払われるらしい。
「……どうして、超兵は攻めてこない?あれなら風くらい無視して矢を射れるだろ?」
「超兵の強さの秘訣は血を飲んだこと、ひいてはその体に竜の血が流れていることですよ。寒さで血の巡りが遅くなれば、同様に強さも落ちます。」
血が巡り始めたらまた強くなると思うが、これならしばらくは大丈夫だろうと確信する。
「皆のもの、此を見よ!」
先ほど斬り落とした首を掲げて、城壁で見守る兵士に見せた。
「ルックワーツの超兵は、我カレス=セーゲル=アリエステンが討ち取った!」
シンッと、一帯が静まり返った。壁の外側にも聞こえたようで、唐突な寒さに叫んでいた兵たちが皆、俺をじっと見ていた。
「ルックワーツの超兵は、斬れば死ぬのだ!決して怪物などではないのだ!」
いや、実力はどう考えても化け物だと、自分でも思った。彼らに簡単に勝てるわけがない。
「士気を上げよ!攻め手を強めよ!俺たちが勝つために!生き残るために!」
おおぉ!という歓声が聞こえた。これで、きっと今までの腰抜けた戦いから少しは改善されるだろうと信じたいと思った。
ミニアの訓練で、攻撃意思の育成は行われている。どう考えても遅いが、この街では仕方がなかったのだろう。
「流石だね、将軍。士気の重要性をよく知っているんだ?」
「これくらいはやらねばならない。俺は将軍だからな。」
多少ズレた会話だろうが、その意味はお互いにきちんと伝わる。つまり、できない聖人たちが将の器ではないのだと。
彼らは象徴である。将でも指揮官でもない。カレスは彼にそう言った。
「人手不足じゃん。」
「まあ、それは俺とミニアでなんとかする。父上もおるしな。」
そう言ってポンポンと背を叩く。まだ衝突を始めた初日だが、少年は3日目から動くと言っていた。
どう動くのかは聞いている。それが可能であるとは聞いているし、俺自身も手を貸し、兵士も多少は動員している。
「頼むぞ。超兵は俺が相手するから。」
こいつに、他の超兵を相手する余裕などないだろう。カレス一人が限界だろう。
だからこそ。今回の防衛戦で、セーゲル軍が重要な役割……超兵の引き付けを行う。
「それには兵士をちゃんと戦わせないと無理だけどね。」
「それも俺とミニアでなんとかする。任せろよ。」
俺は、大人だ。バカでも脳筋でも、大人だ。少年の前には立てなくても、後ろで子供の無謀の尻拭いをするのが、大人だ。
「よし!敵も混乱してることだし、飯でも食うか!」
さっき殺した男が、ルックワーツの隊長の一人であることは、少年が証言した。であれば向こうの士気も落ちただろうと、俺は動揺で騒ぐ超兵たちを見ながら思った。




